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幻想少女四編《Quartette》  作者: 伊集院アケミ
第四章「古書店の尼僧」
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第52話「事件の顛末」

「最初は本当に、代金のご相談に上がるだけのつもりだったのです。流石に盗まれたまま、放っておけるシロモノではないですからね」


 そう言って、ヴァルダさんは今回の事件の顛末を語りだした。ヴァルダさんが言うには、中村教授の二番目の妻が浮気性であることは、学生の噂話などで、前々から小耳に挟んでいたらしい。


 相当な美人の様だし、歳の差が歳の差だから、十分にあり得る話だ。何か役に立つこともあるかもしれぬと、色々と準備をしていったら、いきなり現場に鉢合わせしたそうである。


 その現場を写真に収めてから、ヴァルダさんは今回の計画を立てた。教授は「何かお宝がないか」と毎日のように顔を出すし、僕は半分以上ヴァルダさん目当てでこの店に来てる。だから、雨降りの今日は、きっと鉢合わせするに違いないと、最初から思っていたそうだ。


「それでなんだか、最初からそわそわしていたのですね。熱心に棚の掃除なんかもしていたし」

「そうよ。あんまり雨が強いので、今日は教授が来ないんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたわ。貴方は何か話せっていうけれど、教授が来る前に祈祷書の話をする訳にもいかない。それで、シルレルの話をしたり、マクベスの話をしたりして繋いでいたの」


 という事は、僕が重度のアニメオタクだってことも、ヴァルダさんにはとっくにお見通しらしい。


「なるほど。ところで、あの企画書の話は本当ですか? 全く聞いたことのないシロモノなのですが……」

「本当の訳ないじゃない。貴方がメシマズな顔をしてたから、食いつきいてくれそうな話をでっち上げただけよ。あそこで帰られちゃ、計画もご破算ですからね」

「なるほど。それで、今日に限ってお金なんか取ったのか」

「そうよ。少しでも身銭を切らせれば、元を取るまでは帰らないと思ってね……」


 別にそんなことしなくても、僕は歓談中に他の客が来たりとか、ヴァルダさんに直接帰れと言われない限り、大抵店に居すわってるのだけど、念には念を入れたという事だろう。


「まあ、途中から何かおかしいなとは思ってたんです。急にユダヤの話なんか始めるし、そもそも島原の乱の頃に日本に辿り着いたって本に、ピョートル大帝の事が書いてある訳がないですからね」

「それくらいの世界史の知識はあるみたいね」


 島原の乱は一六三七年。ピョートルが帝位についたのは、一六八二年の話だ。アルという悪魔が実在したとしても、ピョートルの事が祈祷書に書かれている訳がない。


「でもその辺の事は、先生は全く気付いてなかったと思うわ。私、彼が中に入ってきた途端、話題を変えたでしょう?」

「そうでしたっけ?」

「ええ。本をすり替える手癖の悪い学生の話にね。貴方はずっと、こっちを向いてたから気づかなかったでしょうけど、先生はしっかり聞き耳を立ててました。まあ、そうでなくっちゃ困るんですけどね」

「それで、盗まれた祈祷書の話を始めたと……」

「そうよ。でもあの時点では、まだ嵌めるつもりはなかったの。直ぐに白状して下されば、シルレルの詩集は手放さずに済んだのにね」


 なんでも、あの中村とか言う教授は、ドイツ文学の目利きは確かだが、それ以外の分野はさっぱりらしい。だから、あの祈祷書にそれなりの価値がある事を理解させないと、金なんて払うわけないと思ったと、ヴァルダさんは僕にいった。


「手口はバレてることを話しても、彼は自分が盗んだ事実を言い出さなかった。むしろ、自分が犯人だと思われてないことに安心したはずよ。だから私、計画通りに先生を嵌めることにしたの」

「正札の三倍の話は、ちゃんとしてましたもんね」

「そうよ。私は嵌める時はフェアに嵌める。それも嘘ではなく、真実だけを使ってね。本当の事を、人は疑えないから」


 そういって、ヴァルダさんは口元に笑みを浮かべた。


「そうですね。悪魔の話も、長老の話も、まるでヴァルダさんがデュッコ本人じゃないかって思う位に真に迫ってましたよ」

「まあ、デュッコ・シュレッカーは、私が過去に仕えた伝承者の一人だしね。彼は私だけでなく、沢山の悪魔を使役して、長老たちの送り込む刺客と戦ってたの。なかなか面白い男だったわ」

「えっ?」

「いや、こっちの話。さて、アケミさん。今日のお話はご満足いただけたかしら?」


 普段は、『貴方』としか言わないヴァルダさんが、下の名前で僕を呼んだ。どうやら、自分の謀(はかりごと)が上手く行って、至極ご機嫌のようだ。


「ええ、勿論。とても楽しかったです」

「では、お代を」


 そういって、ヴァルダさんが差し出した請求書には、『金参千円也』と書かれてあった。


「えー、本当に取るんですか? 僕が居たお陰で、教授を嵌められたのに」

「それとこれとは話が別よ。こちらも商売ですからね」

「分かりましたよ。じゃあ、三千円」


 僕は懐から財布を取り出し、ヴァルダさんに三枚、千円札を手渡した。いつの間にか、あんなに強かった夕立の雨音も聞こえなくなっていた。


「もう雨も止んだようね。だいぶ明るくなって来たわ」

「そうですね」

「明日はお天気になりましょう。さて、今日は少し早じまいしようかしらね。取り合えず、百万円も入ったことだし」

「僕の三千円もね」

「そうね。毎度ありがとう存じます。これからもどうぞ、ご贔屓に」



 それからというもの、中村先生の手つきの悪さはなくなり、店に来る学生たちの態度の悪さも、目に見えて改善されたという。まさか生徒に指導した訳でもないのだろうが、店にとっては良い変化に違いない。


 オタバレした僕は、いっそ開き直ろうと、流行りの漫画やラノベをヴァルダさんに教え始めた。ヴァルダさんは中身には全く興味がないようだが、僕のアドバイスは素直に受け入れてくれて、『死者の書のしもべ』でも、その手の本を扱いだした。おかげで経営は順調のようだ。


 時折、「〇〇先生の新作はどうなの?」などと尋ねられたりもする。都合良く転がされてるだけかもしれないが、ヴァルダさんとの距離がほんの少し縮まった気がして、僕は素直に嬉しかった。


 僕の体の中には、名うての収集家だった爺ちゃんの血が流れている。ラノベや漫画については、それなりに目利きの力もあるつもりだ。大学を卒業したら、この店でヴァルダさんと一緒に働ければいいなと、僕は静かに夢想した――


 と、ここで終われば、普通に良い話なのであるが、現実と言うものはどうにも後味の悪いものらしい。それから二カ月ほどたったある日の事、僕は再び雨の日に、爺ちゃんの本を持って『死者の書のしもべ』に顔を出した。するとそこで、少しばかり意外な展開が待っていたのだ。


(続く)

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