プロローグ4『死者の書のしもべ』
僕にはいきつけの古書店がある。いわゆる古本屋ではなく、希少本のみを取り扱っているガチの古書店だ。マンガは貸本レベルの古書なら数点取り扱っているが、基本的には商っていない。
店の名前は『死者の書のしもべ』。店長は台場さんという名の、二十代半ばくらいの女性だ。見た目はまあ、美人と言っても差し支えはないだろう。台場さんはいつも真っ黒な尼僧の格好をしていて、「ヴァルダ」と呼ばないと返事をしてくれない。いわゆる、中二病を拗らせたタイプだった。
僕は正直、希少本にはそれほど興味がない。でも、この台場さんの話が面白くて、時々実家の蔵から死んだ爺ちゃんの蔵書を持ち出し、彼女の店に遊びに行くのだ。
爺ちゃんは中々の目利きだったらしく、持ち出した本に値が付かない事は、ほとんどない。それどころか、結構な小遣いになることもある。だから僕にとって、台場さんの店に本を持って行くのは、一石二鳥の良い娯楽だった。死んだ爺ちゃんに感謝である。
「いらっしゃい。こんな雨の中、ここに来るなんて貴方も物好きね。こう出し抜けに降り出されちゃ、商売あがったりだわ。ところで今日は、どんな本を持ってきたの?」
「なんだか古そうな初版本を持ってきました。こんな日の方が、僕は台場さんといっぱいお話しができるので、嬉しいんです」
「ヴァルダって呼んでって言ってるでしょ? 査定額下げるわよ」
「すみません、ヴァルダさん」
と、ここまではお約束のやり取りだ。査定額が高いのか安いのか、僕にはさっぱり分からないけれど、本は綺麗にクリーニングされた後、買い取り額の二倍から三倍の値で店に出されてる。数日のうちには棚から消えているから、きっと買い手にとっては良心的な店なんだろう。
勿論、ネットで売ったり、神保町の古書店に持ってったりすれば、もっと実入りが良くなるんだろうけど、もしこの店が潰れたら、台場さんとお話しするという僕の娯楽がなくなってしまうので、別に幾らだってかまわないのだ。
「まぁ、おかけなさいよ」
「はい」
「で、今日の本は何?」
「太宰治の『晩年』の初版本です。なんか、有名な初版本だって聞いたので……」
ヴァルダさんは、僕の手から本を受け取り、即答でこう言った。
「これは戦後に養徳叢書から出た再販本ね。状態は良いけれど、部数も二万部ほど出てるし、あまり価値はないわ。本人の署名なんかがあれば別だけど、何かある?」
「いや、そういうのは、とくには見つからなかったですね」
「じゃあ、千五百円ってところかしら。売値も倍がいい所ね」
「なあんだ。期待したのになあ……」
「昭和十一年に、砂子屋書房から出たものだったら、相応の価値があったでしょうけどね。初版・五百部だし、戦火のせいで現存数も少ないと思うわ」
「それだと、いくらくらいになるんですか?」
「そうね。『晩年』は頁が切れてない「アンカット本」なんだけど、まったく手を付けてない美品であれば、数百万円は下らないでしょうね」
「はあ……。そんな不良品みたいな本に、そんな値段が付くんですねえ」
「昔は自分の好みに合わせて製本して、蔵書に加えるのが一般的だったのよ。太宰はプルーストの訳本まで持ってきて、わざとそうさせたらしいわ。どうする? 売る?」
「お願いします」
まあ、無駄足になるよりいいさ。
《続く》




