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幻想少女四編《Quartette》  作者: 伊集院アケミ
第三章「黒衣の少女」
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第32話「壁の話」

 そこで今度は、快感の持つある種の繊細性を理解せず、かといって、直情行動型の人間のように、『壁』を乗り越えるほどの情熱もない、普通の人間—―つまり諸君らについて語りつづけるとしよう。


 諸君らは、僕らのような人間に会合すると、牡牛のごとく喉一杯に咆え散らかす。弱い人間には強く、強い人間には媚びへつらうのが、君たちの特質だからである。しかし、前述した『壁』にぶっつかると、諸君らはすぐにおとなしくなってしまうのだ。


 壁とは一体なんなのか? それは、これまで何度も述べてきた自然の法則であり、自然科学の結論であり、もっと単純言ってしまえば数学である。たとえば、「人間は猿から進化したのだ」と証明されたら、顔を赤らめて怒ったところで仕方ないから、それはそのまま頂戴しておかなければならない。


 こうした壁はまるで鎮静剤か何かのように、平和をもたらす一種の呪文のごとく、世間では考えられている。でもそれは、この壁が二×二が四であるという、ただそれだけの理由にすぎないのだ。では、僕の主張を分かりやすくするために、もっと極端な例を出そう。


『いわゆる、偉人と呼ばれる人の存在は、数万人の命を犠牲にしても守らねばならぬ。したがって、あらゆる善行も義務も、その他あらゆる偏見も世迷い言も、この結論を基礎として解決されるべきである』と、もし証明されたとしよう。


 それもやはり仕方がない。仮に自分が屠殺される側であろうと、それはそのまま、受け入れなければならない。なにしろそれは、二x二が四であり、数学なのだから。うっかり口答えでもしようものなら、それこそキチガイ扱いされる訳だ。


「自然は君の意見なんか聞きゃしないのです。君の希望がどうだろうと、自然の法則が君の気に入るまいと、そんなことには無関心なんです。君はそれをあるがままに受け容れるべきで、したがってその結果も、すべてありがたく頂戴しなければなりません」しかじか、云々。


「とんでもない!」と、僕は思いっきり叫びたいのだが、世間というものはそれを許してはくれない。


 諸君らは、これをおかしいと思わないだろうか? もし、おかしいと思うなら、「他人がどう思うか、常に考えながら書きましょう」というテーゼにも、同じく疑問を挟まなければならないのではないか? 無論、これは厳密にいえば科学ではないが、二x二が四と同じくらいに受け入れられているものであり、また、同じくらいつまらないものだからである。


 ええい、じれったい! 誰が何と言おうと、僕は何故かこのテーゼや、二x二が四が気にいらないのだ! 自然律だの数学だのに、僕の作品がなんの係わりがあるというのだ? こんなものを信じ、挙句の果てに頭をおかしくするなんて、なんという愚の骨頂だろう? 


 むろん、僕は自分の額でこの壁を打ち抜くことは出来ない。そんな力は、本当に持ち合わせがない。けれども僕は、けっしてこの壁と和睦だけはしやしない。何故かと言えば、僕の前に石の壁が突っ立っていて、しかも僕にそれを打ち抜く力がないという、ただそれだけの話だからだ。


 だからこそ僕は、あの直情行動派の人間たちに忌々しさを感じながらも、壁を破壊したり、無視したり、正面から乗り越えて新たな真実を打ち立てていく姿に、ある種の感動を覚えるのである。


(続く)



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