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幻想少女四編《Quartette》  作者: 伊集院アケミ
第三章「黒衣の少女」
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第27話「性癖」

 僕は叩きには慣れていた。むしろ、それは喜びですらあった。人は、どうでもいいモノには、反感を示さない生き物だからだ。


 だが、たまに褒められた時にはちょっと困った。勿論、僕だって褒められたくて書いているのだが、いざ実際にそうなってみると、恥ずかしくて、顔から火が出るほど苦しんだ。体じゅう、痙攣で慄えるほどの苦しみだった。


「僕は君たちを騙している!」


 どうしても、そういう気持ちに苛まれてしまうのだ。しかし諸君、いま僕は何かを後悔して、諸君らに許しを乞うためにこの手記を書いている訳ではない。きっとそう思われるに違いないのだが、誓って言うが、僕は諸君らに、【いい人】だと思われたくて、これを書いている訳ではないのだ。


 僕は結局、何者にもなれなかった。悪人にも、善人にも、卑劣漢にも、正直者にも、英雄にも、虫けらすらなれなかった。だが、とても残念なことに、僕は、自身は凡人であるにもかかわらず、本物を見抜く目だけはあったのだ。


「本当に賢い人間は、本気で何かになることなんて出来ない。実直なバカだけが、運よく何かになれるのだ」


 僕はこんな何の役にも立たない気休めで自分を慰めながら、日々を送っていた。僕は一回り以上年下の、キラキラした商業作家たちを憎んで憎んで憎みぬきながら、彼らの新作が更新される時間を、毎日毎日、犬のように待ち続けてきたのだ。


 僕は今、四十だ。四十歳といえば、何かを成すにはもう遅すぎる大変な高齢である。そもそも、プライドが高いだけで何の役にも立たぬ人間が、四十年以上も生き延びるのは無作法だ。一体誰が、何事も成さぬまま、女性の肌も知ることなく、四十年以上も生きていられるだろう?


 正直に、誠実に答えてみたまえ。答えたくないというなら、僕が代わりに答えよう。プライドの高い、引きこもりのオタクだけが、四十年以上も生きて大魔導士にジョブチェンジするのだ。


 僕は、この世の全ての売文業者どもに、面とむかってそう言ってやる。ワナビの尊敬を受けている、異界転生チートモノをばかりを書いている商業作家ろうじんどもに言ってやる! 僕はまだ、その権利だけはちゃんと持っているのだ。


 何故なら僕は、僕にしか面白いと思えない作品を書きながら、六十までも生き延びるからだ。いや、もし僕の脳ミソの欠陥が誰の目にも明らかになれば、八十までも生きつづけるからだ! 施設の人に言わせれば、僕は診察さえ受ければ、障害者年金を確実に受けられるそうである……いや、ちょっと待ってくれたまえ! まずは息をつがせてもらおう。


 僕はずっと相場で食ってきた。それだけは本当の話だ。僕は、僕の大嫌いなお上の援助で命を繋ぐのだけは嫌だった。だから僕は、僕の育った施設の人間がどんなに受診を進めようと、精神科にだけはかからないと決めたのだ。無論、僕はおかしくなってはいるのだろうが、脳ミソの異常を他人に決め付けられたうえ、嫌いな相手の慈悲で生きていくなんて、そんなひどいことがあるものか!


 諸君! おそらく諸君らは、僕が諸君らを笑わすつもりでこんなこと書いていると思っておられるだろう。とんでもない間違いだ。僕は諸君の考えておられるような暢気千万な男でも、或いは一部の読者がガチで信じ込んでいるような、闇社会の人間でもない。


 もっとも、こんな饒舌に癇癪を起こした僕を、「また、いつものが始まったな」と笑いながら見ている古参のファンたちに対して、少し苦言を呈したいとは思っている。


 もし彼らに、「次は一体何をやらかす気ですか?」と尋ねられたなら、「僕はこれから、一個の底辺作家として生きるのだ」とお答えしよう。


 今年の春、僕はコロナショックの煽りを受けて、殆ど全財産を失った。それで僕は食わんがために(ただそれのみのために)、PIXIV・FANBOXをこの四月から始めた。そこで支援してくれた三十八人は、「まあ彼も大概オワコンだけど、昔は楽しませてくれたしな」と、お情けで僕を支援してくれたのだ。


 その日一日の飯にも事欠くようになった僕は、「どうせ頭を下げるなら、国に下げるより古参のフォロワーたちに下げた方がマシだ」と思って、売文業者への道を歩み始めたのだ。


 東京のヤサは、既に借金取りにマークされている。だから今の僕は、スーパー銭湯や知人の家を転々としながら、彼らの支援金を取り崩しつつ暮らす毎日である。およそ、まっとうな人間の生活ではない。だが僕はそれでも、自分が作家になることを諦められずにいるのだ。


 相場師に復帰することだって、決して諦めてはいない。僕が相場を捨てる訳には……ええい! 僕が相場に復帰しようとしまいと、そんなことはこれを読む人間には、まったくどうでもいい事ではないか!


 言うまでもないことだが、僕がこれまで書いてきたことは、ほとんどすべてデタラメである。実際の僕はスパ銭どころか、もう何年も、部屋の外にすら出ていない。


 僕が笑いながら書いているこの手記を、君らがあんまりが「面白くない」と叩くものだから、ここは一つ嘘をついて、諸君らを笑わせようと試みただけの事だ。だが僕は、脳ミソの回路がおかしいから、きっとそれにも失敗していることだろう。


 それにしても、真っ当な人間が心から、満足しながら話すことができる話題というのは、一体なんだろう? 


 答——自分自身のこと。


 では、僕もひとつ自分の話をしよう。今度は、本当の本当に。


(続く)

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