エピローグ2「創作への道」
あれからしばらくたったが、ガサのニュースが新聞で報道されることはなかった。金融庁は面子を大事にするところだから、僕を取り逃した彼らが、マスコミに情報を流さなかったことは十分にあり得る。だが、あの日の出来事は確かに存在したはずだ。
何故なら、箱は今も僕の手元にあるし、爆弾の話も本当だったからだ。箱の中には一通の手紙と、爆発物の仕掛けられたノートパソコンが入れられていて、パソコンを起動すると起爆シークエンスが自動的に発動する仕掛けになっていた。一度起動すると解除は不可能で、起動から二分後に爆発すると、その手紙には書いてあった。
爆発物の入ったノートパソコンは赤瀬川さんに頼んで内々に処理して貰ったが、彼の身内すらドン引きするほどの、強力な殺傷能力を持つ爆弾だったそうだ。
あれから、全力さんがしゃべることは二度となかった。居眠りしてる時に、僕は何度も話しかけてみたが、全力さんが不機嫌な顔をして目を覚ますだけだった。今となっては、あの日の車内の会話は、逃亡に成功して興奮状態だった僕が見た、白日夢だったのかなと思ったりもする。
車は無事に金融流れのものを手に入れたが、口座は全部監視されてるだろうから、相場を張る気にはならなかった。僕は全力さんと共にあちこちをプラプラしながら、無為な日々を二週間ほど過ごした。
今のところ、僕の人生は特に何も変わらない。スマホとパソコンを失い、相場が張れなくなっただけだ。彼女の審査に合格した時、それは実際には仮合格だった訳だけど、僕はとても嬉しかった。彼女の最後の質問は、「僕がこの箱の所有者になって、一体何をしたいのか?」というものだったはずだ。僕は何と答えたんだっけ?
「もし、僕が箱の所有者となって、何か力を持つことが出来るのだとしたら、僕は僕の大切な人たちの存在を世に知らしめることに、その力を使いたいと思う。良い部分も悪い部分も含めて、それを出来るのは自分だけだと思うからね」
自分の言葉を思い出した僕は、自分のやるべきことをちゃんとやろうと思った。そして、二週間前の出来事を必死に思い出しながら、なるべく嘘をつかないように、この物語を書いた。
勿論、この物語はフィクションだし、演出過多な部分もあると思うが、本質としては何も嘘をついていない。この物語を読めば、僕がどんなものを美しいと思い、どんなことを表現したいと思って生きている人間であるか、ちゃんと伝わるはずだ。
箱の力が本物なら、この作品がきっと、僕の人生を少しだけ前に進めてくれるだろう。限られた時間の中で、今の僕が出来ることはすべてやりつくした。この物語を読む人間が、僕らみたいな相場師を色眼鏡で見ることなく、美しいモノをちゃんと美しいと判断できる人間であることを、今はただ祈るだけだ。
この物語をここまで書き上げた後、僕は全力さんを両手で抱え上げて、額にアゴ髭をグリグリとこすりつけながら、今もどこかで僕の事を見ているかもしれないユキさんに向かって、こう話しかけた。
「ねえユキさん。とりあえず、僕は最初の一歩を踏み出したよ。多分、これでいいんだよね」
「いいんじゃないですか?」
「へっ?」
「私はこう見えて結構忙しいんですよ。貴方が正しいと思う事を、これからもやり続けてください。貴方が道を誤った時には、貴方の心の中の師匠と同じく、ちゃんと叱りに行きますから」
《完》




