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幻想少女四編《Quartette》  作者: 伊集院アケミ
第二章「時空管理局の女」
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第22話「片隅に生きる人々」

 僕は飛び込むように家の中に入り、エサを大量に用意すると、全力さんを叩き起こした。


「全力さん、ご飯だよー!」


 全力さんは、眠たげな眼差しで僕を見つめる。


「なんと今日は、ちゅーるもあります! 超お得です!」

「!!」

 

 全力さんは、あっという間に目を覚まし、餌場にすっとんでいった。ここまでは予定通りだ。持っていくものは最小限でいい。財布、スマホ、パソコン、それに、学生の時からずっと肌身離さず持っていた『スティル・ライフ』のハードカバー。それだけで十分だ。


 布団や枕などの寝具や、下着やタオル等の最低限の日用品は、元から車に積んである。後は全力さんが食い飽きて、ウトウトしだすのを待つだけだ。

 

 ガツガツとエサを貪り食う全力さんの後姿を眺めながら、僕はこれから自分の身に降りかかる不幸について考えてみた。持ち株の暴落、僕に恨みを持つ者からの暴行、天変地異――可能性ならいくらだって考えられる。


 僕はふと、普段はまったく見ないテレビをつけてみようと思った。僕の不幸に関与するような大事件が、何か起こってるかもしれないと思ったからだ。だが、持ち株に影響のありそうな事件は何も起こってない。経済関連のニュースは特に入念にチェックしてみたが、気になるものは何もなかった。


「杞憂か……」とTVの電源を落とそうとした瞬間、一本の何気ないニュースが、僕の心を強烈に揺さぶった。それは、『もう一つの、片隅かたすみに』というアニメ映画の試写会に、天皇陛下がご家族で出席されたというニュースだった。


 映画を作ったK監督は、陛下と並んで映画を鑑賞し、上映後、直接お褒めの言葉を賜ったという。普通の人にとっては何ともない、ほほえましいニュースだ。このニュースを見て、こんな陰鬱な気持ちになってるのは、この世界で僕だけだろう。「よりによって、このタイミングかよ……」と、僕は独りごちた。


 その映画は、三年前に公開されて大ヒットした『片隅に生きる人々』の完全バージョンで、僕はその映画の絵コンテを、今でも持っている。何故なら僕は、その映画のロケハンと、プロモーション・フィルムの制作資金を提供し、監督と一緒に仕事をしていたことがあるからだ。


 そもそも、このアニメの原作である『片隅に生きる人々』の映画化を、最も強く支援していたのが僕だった。そしてそれを実現すべく、宮崎駿の愛弟子だったK監督と共に会社を立ち上げ、役員として出資もしていたのだ。


「大損するかも知れないが、将来必ず胸を張れる仕事になるはずだ」


 当時の僕はそう思い、映画化の実現に向けて本気で頑張っていた。相場を辞め、堅気に戻るなら、間違いなくあれが最後のチャンスだった。だが会社設立から半年もしないうちに、僕は身内のしでかした不始末で、師匠の仕事の片棒を担いでいた時にすら喰らわなかった強制捜査(ガサ)を、金融庁から喰らったのだ。


 僕は、ロッキード事件で自民党を離れた角栄のように、監督と共に起こした会社から離れざるを得なくなった。そして数年後、僕のいなくなった映画は大当たりをとった。僕は、僕がいない作品の大ヒットを複雑な気持ちで眺めていた。


 ただ金を失っただけならば、僕は自分の人生を儚んではいない。僕の師匠がそうだったように、お上に付け狙われるのは、相場師にとってはある意味で勲章だからだ。


 だが、名作を発掘し、身銭を切ってそれを支援した名誉と、堅気の人たちを信じ共に働こうという気持ちを、僕はあの事件のせいで完全に失った。それが悔しくてならなかった。


 強制捜査をきっかけに、それまで僕の近くにいた人はみんな離れていった。K監督に至っては、法廷で直接戦うことになった。僕は作家の才能を見抜く力はあっても、人間性を見抜く力はないのだなと、ほぞを噛んだ。


 裁判に負け、全ての財産を差し押さえられた僕は、それまでの過去を捨て、伊集院アケミとして、第二の人生を始めることになる。だが僕は、自身の復活を諦めた訳ではなかった。手のひらを返した人間とは、徹底的に距離を置く。それが僕の最後の意地だった。


 それでも僕は心のどこかで、僕を見限った連中を愛していた。もし逆の立場なら、自分だって同じことをしたかもしれない。だからいつか、『片隅に生きる人々』よりも素晴らしい作品を手掛け、「貴方のおかげで、ここまで来れました」と、一言だけ言いに行こう。それが誰も傷つけることのない、前向きな僕の【復讐】だと思って、これまでずっと頑張って来たのだ。


 その後僕は、強力な文才を持つ相方を得た。相場への復帰も果たし、もう一度作品を生み出せるかもしれないと期待を抱いた。だがその夢も、僕らのファンと称する人間が引き起こしたある事件のせいで、無残に打ち砕かれることになる。結果として僕はその相方を失い、モノを作る手立てを再び失ってしまった。


 数年前まで一緒に飯を食っていた監督が、陛下からお褒めの言葉を頂いていたその日に、僕は怪しい箱を掴んでしまって、明日の事すらどうなるかわからない。こんな理不尽があるものかと、僕は目の前が真っ暗になった。


 すると突然、物凄く大きな音で玄関のドアが叩かれ、僕は一気に現実に引き戻される。


「しまった」という気持ちが僕の心を支配した。やはり、テレビなんかつけずに直ぐに出発すべきだったのだ。外に待ち構えてる連中がどういう類の人たちか、その時の僕にはおおよそ察しがついていた。


 仕方なく扉を開けると、大勢の黒い服を着た人たちが玄関の前に立っていた。黒塗りの車が20台近く、ヤサの周りを厳重に取り囲んでいた。


「伊集院アケミこと、○○君だね。裁判所から、捜索差押許可状が出ています。被疑事実は以下の通りです」


 令状に書かれた言葉を金融庁の調査官が読み上げていく。罪状は勿論、相場操縦だ。そこに挙げられている銘柄を触った覚えはあるが、もう何年も昔の話で、なんで今更、あの相場に調査が入るのか分からなかった。


 そもそも僕は一度だって、自分の事を仕手だと思ったことがない。何しろ僕は、本物の仕手筋の片棒を担いでいた人間なのだ。何が大丈夫で何がアウトなのかは、僕の方がよっぽど知っている。僕自身がヘマなんてするはずがない。


 だとすれば、答えは一つだ。僕の知っている誰かが、保身のために僕を売った。あの時のK監督と同じように……。


 この世界じゃ、裏切りは日常茶飯事だ。伊集院アケミとして生きだしてから、僕は自分の相方を除いては、損得でしか他人と付き合ってない。お上は常に、自分らの描いたシナリオ通りに罪を作る。


「伊集院の指示でやったんだろう?」と言われれば、「そうです」と答える奴は、星の数ほどいるだろう。


「今度は誰が、俺を売ったのかな?」


 心の中でそう呟きながら、僕は頭を掻いた。


《続く》

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