第19話「政治家と相場師の関係」
「そもそもなんで、剣乃さんが小沢と繋がってるんですか?」
僕は自分の興奮を気取られぬように、努めて冷静にそう尋ねた。
「そりゃあ剣乃さんが、田中派の金庫番と通じてたからに決まってるだろ? 解散の噂が出る度に、クソ株が吹き上がる。その動きの大半に、あの人は絡んでる。いつも見る光景だ」
「選挙資金をねん出してるのが、剣乃さんってことですか?」
「そうだ。選挙に勝つには大量の金が要る。おまけに解散は、いつあるか分からない。この国で手っ取り早く、合法的に金を増やそうと思ったら仕手株に張るのが一番だ。もっとも、その舵を取る人間がボンクラじゃひどい目にあうがね」
そう言って中野さんは、煙草に一本火をつけた。僕はその一本が終わるのを静かに待ち、頃合いを見計らってこう尋ねた。
「でも、中野さん。政権与党の、しかも主流派の人たちが、裏社会の人間なんかと付き合うなんて、僕には思えませんよ」
「剣乃さんは別にヤクザじゃないよ。前科だってない。もっとも、相場を作るのにヤクザの金はしこたま使ってるがね」
中野さんは笑いながら、そう答えた。
「過去に何度も相場操縦や脱税の嫌疑で上げられそうになったが、全部角栄が揉みつぶした。もっとも、周りの政治家もそれで何も言わない。あの人の名簿が世に出たら、首が飛ぶのは自分たちも同じだからな」
「蛇の道は蛇ってことですか」
「その通りだ」
「でも、金の受け渡しはどうやってやるんです? いくら株で儲けたって、金が渡せなきゃ意味ないでしょう?」
「おいおい。そんなモノ、一度、市場を通せばいいだけだろ? 元が裏金だろうと、それで全部綺麗な金になる。株で儲けた分の税金はちゃんと払うんだからな」
そういって、中野さんは再びタバコに火をつけた。しばらく煙をくゆらせた後に、彼はこう続けた。
「剣乃さんは勿論のこと、政治家もヤクザも、俺らみたいな末端の業界人すら、誰も損しない。損をするのは売り方と、借金で仕手株を買うボンクラだけさ。下っ端も、そいつらの追い込みで潤うしね」
「それって結局、『仕掛けの情報』のみを共有するってことですよね?」
「そうだ。剣乃さんが絵図を書き、政治家の関係者やヤクザが資金を投入して、実際に株価は上がる。上がってる限り誰も損しない。何も知らない売り屋以外はね」
そういって、中野さんはニヤリと笑った。既にホールドアップしてしまった彼が、嘘を言っているようには僕には思えなかった。
「なるほど。その後、マスコミや、中野さんみたいなニッパチ屋を使って、高値で素人に嵌め込むと……」
「オイオイ、嵌め込みというのは聞き捨てならないな。実際に、奴らの資金は入って株価は上がってるんだ。何も嘘は言っちゃいない」
「そりゃあ、まあそうですけど……」
「俺たちが嵌め屋だというなら、空売りでも何でもすればいいのさ。まあ剣乃さんは、それを踏ませて、相場を【仕上げる】んだけどね。あの人の作る相場は芸術品だよ。俺たちは、それに魅せられちまったんだ」
「芸術品……」
僕には全くピンと来ない話だったが、彼のその言葉には何故か真実味が感じられた。
「まあ俺たちは、株を買いたいって奴に情報を流し、金を貸すだけさ。最も最近は、殆ど呑んじまうがね」
中野さんはそういって、自嘲気味に笑った。僕は、ほんの一時間まで憎たらしくて仕方なかったこの男に、好意を感じている自分に気づいた。どんな人間でも、出来ることなら良い事をして生きていきたいと思ってる。だが、環境とか才覚とかが、それを許さない。それだけの話だ。
もう少し彼の話を聞きたいと思ったが、早く帰らなきゃ、僕自身の信用にも関わる。ここらでそろそろ切り上げよう。
「ところで、中野さん。土佐波さんがここに人を連れてくるまで、あと四五分しかありません。帰りは歩きですから、二十分はかかる。急いだ方が良いと思いますよ」
「返すのは金利だけでいいんだな?」
中野さんは、急に現実的な顔に戻った。それでいい。彼にシンパシーを感じすぎるのは、多分良くないことだ。
「手数料は、どこに頼んでも一緒ですからね。そこは負けときます。そこまで踏み倒すほど、僕はアコギじゃないです」
「計算書を一回こっちによこせ!」
中野さんはプンプンしながら、計算書を持って、事務所の奥へと消えていった。そして一分もしないうちに、もう一通の封書を抱えて戻ってくる。
「ほらよ、金利分だ。金を持ってさっさと帰れ!」
「あれ? 一千万以上の大金なのに、受取書にサインしなくて構わないんですか? 剣乃さんなら、『俺は貰ってねえ!』とか言いだしかねませんよ」
「あっ……」
「まあ、中野さんが帰れって言うなら帰ろうかなー」
そういって、僕は笑った。お金さえ返してもらえれば、喧嘩を続ける理由は僕の方にはない。
「お……俺が悪かった。待って、ちょっと待って!」
僕はそのまま出口の方に向かった。勿論、本気で帰るつもりはないが、これくらいの復讐はさせてもらってもバチは当たらないだろう。
この中野さんとの出会いが、僕の煽りの能力を開花させるきっかけとなった。それまで真面目一辺倒だった僕は、どうやったらボンクラが金を出すかを彼から学び、師匠の側近としての仕事の傍ら、CCCキャピタルの怪文書執筆者として、アジテートの腕を磨いたのだ。
怪文書は手紙やFAXから、掲示板やメールになり、最終的にはTwitterに行きついたが、やることは特に変わらなかった。一次情報を貰う立場から、流す立場に変わっただけである。
中野さんは、一獲千金を狙う連中に夢を見せてやる代わりに、ちゃっかりお代は頂いていた。そして僕らの関係は、中野さんがニッパチ屋の看板を投資顧問会社に掛け替えて、その会社を売り飛ばして堅気になるまで、ずっと続いたのである。
師匠は志なかばで死に、赤瀬川さんは極道の世界から引退した。最終的な勝利者は、案外、一番トレードと縁が遠かった、中野さんだったのかもしれない。
《続く》




