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幻想少女四編《Quartette》  作者: 伊集院アケミ
第一章「タペストリーのプリンツ・オイゲン」
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第1話「全力さんと友人の悲劇」

 普段の僕は、一年の半分くらいの時間を、全力さんという名の三毛猫と共に過ごしている。本名は、デーモンコア・将門まさかどというのだが、デーモンコアさんじゃ呼びにくいので、僕が全力さんという仮の名前をつけたのだ。


 全力さんの本当の飼い主は、赤瀬川さんという。僕にとっては、親と言っても過言ではない人物である。彼は僕の師匠と組んで、昔はかなり『やんちゃ』なことをしていたのだが、師匠が死んでからはすっぱりと足を洗い、故郷の仙台に帰った。


 赤瀬川さんは、飼い主とは名ばかりで、猫の世話は何もしない。それは大抵、僕の仕事である。僕がいない時に、一体誰が世話をしてるのか、それはよく知らない。多分、僕みたいな昔の舎弟がやらされているんだろう。

 

 普段は、旅に出ている時期だけは猫の世話から解放されるのだが、今年からは通年営業となった。まあその話をする前に、もう少し猫についての考察を進めてみよう。


 諸君。ああ見えて猫は猛獣である。ネズミなどはやすやすと捕まえ、異国ではコブラと戦ってさえこれを征服するというではないか? 一日の大半を惰眠を貪ることに使い、取るに足らぬもののごとく自らを卑下しているが、元々奴らはトラやライオンの親戚である。何時なんどき怒り狂い、その本性を暴露するか、分かったものではない。


 世の多くの飼い主は、日々わずかのエサ与えているという理由だけで、この猛獣に心を許し、さながら家族の一員のごとく扱っている訳だが、これはとても恐ろしい事だ。三歳の孫をして、その猛獣の耳をぐいと引っぱらせて大笑いしている赤瀬川さんにいたっては、戦慄、眼をおおわざるを得ないのである。


 まあ、全力さんは全力で戦っても、コオロギと五分ごぶくらいのヘタレなので、そういう意味では安心なのだけれども。


 全力さんは、既に猫という概念を超えた何かである。はなはだデブい。デブすぎて、病院の先生からも、「毛かなー、お肉かなー、毛かなー、お肉かなー。うーん、お肉だねー」と呆れられたくらいである。


 鳥の羽のついたおもちゃを振ると、昔は必死になってそれに飛びついたものだが、最近はその遊びすら放棄して、直ぐに寝転んで腹を見せてしまう。飛び跳ねたり、駆けまわりたくはしたくないのである。まるで猪木・アリ状態だ。


 更に言うなら、全力さんは超が付くほどのメンヘラだった。気持ち良さそうに撫でられていたかと思いきや、突然、「シャー!」と鳴き叫んで噛みついてくるし(さっきまでのあの至福の表情は、一体なんだったのだ?)、起きてる時に仕事をしていると、100%に近い確率でキーボードの上に居座りに来るのだ。


 それでも仕事を止めないと、辺りかまわずおしっこをする。ひどい時には、ウンチまでする。故に人間様は、なんとか居眠りしてるタイミングを見計って自分の仕事を進めるか、近所のスパ銭に逃亡するしか手がなくなるのである。


 去年の秋口にも、僕の友人が一人、猫の軍門に下った。いたましい犠牲者である。友人の話によると、何もせずに近所をぶらぶらしていたところ、道端に子猫が捨てられていたそうだ。絵に描いたような、小さな箱に入ってである。友人は気にせず、猫の傍を通った。子猫はその時、いやな横目を使ったという。


 通りすぎた途端、子猫は突然ニャーニャーと泣き出し、彼の脚にすがり付いて来た。災難である。周囲の人々は、彼が子猫を捨てたものだと誤解し、彼を責めた。彼は悔しくて、涙が沸いて出たそうだ。「さもありなん」と、僕はやはり首肯している。そうなってしまったら、本当にもう、どうしようもないではないか。


 仕方なく、友人はその猫を拾い、病院へ連れて行った。それから三週間、彼は何度も病院通いをする羽目に陥った。猫エイズやら、最近流行の猫コロナみたいな、いまわしい病気に罹患しているかもしれぬという懸念から、血液検査や、その防毒の注射をしてもらわなければならぬのである。


 何やら、マイクロチップなるものも、体に埋め込まなければならないらしい。注射代などもけっして安いものではなく、失礼ながら友人にはそのような余分の貯えもないため、僕は彼に金を貸す羽目になった。とにかくこれは、ひどい災難である。大災難である。


 彼は苦労人で、ちゃんとできた人であるから、三週間、真面目に病院に通った。子猫に注射を受けさせて、いまは元気に立ち働いているが、もしこれが僕だったら、ずっと猫の傍に取りついているだろう。


 なにしろ僕は、人の三倍も四倍も復讐心の強い男なのだ。そして、誰も見てないと知ると、人の五倍も六倍も残忍性を発揮してしまうのである。子猫をひっくり返し、やわらかい腹を撫でまわし、眼玉の傍をグリグリと撫で、毛をグシャグシャに逆なでして、鼠のおもちゃで体力の尽きるまで遊ばせるに違いない。


 可愛がってるだけじゃないかって? いやいや諸君、バカなことを言ってはいけない。これは幼い頃から、主従関係を身に着けさせるための大切な作業である。どうあがこうと、この男には勝てないと、しっかりと記憶に定着させておくのだ。


 そもそも、こちらが捨てた訳でもないのに、突然ニャーニャーといって足に縋り付くとはなんという無礼、淫乱の極みであろう? いかに畜生といえども、許しがたい。畜生の不憫のゆえをもって、人はこれを甘やかしているからいけないのだ。猫の意向など気にすることなく、容赦なく酷刑かわいがるべきである。


 友人の災難を聞いて、僕の猫に対する日ごろの妄執は頂点に達した。青い焔が燃え上るほどの、思いつめたる妄執である。今の僕は、巨大なミジンコみたいな姿の全力さんしか触れないのに、僕から金を巻き上げた友人は、生後二か月の子猫を撫で放題である。ああ、羨ましい!


 そういう訳で、「たまには全力さん以外の猫も触りたい」と思った僕は仙台を離れ、ノラ猫が沢山いると噂の街に引っ越しをすることにした。そしてその町で、僕は友人と同じく、小さな災難に遭うことになる。


 次回は、その災難について語ることにしよう。


(続く)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 時折、漱石風の文体がになってて、ニヤリとする。 これまでのリメイクと言いつつも引き込まれます。
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