表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想少女四編《Quartette》  作者: 伊集院アケミ
第一章「タペストリーのプリンツ・オイゲン」
12/61

第11話「豹変するシドヴィシャス」

「パンク・ユニフォームを着たステロタイプのパンクスになるな。たとえその人間が、自分を純度100%のパンクスだと自負してたとしても、その理念に取り憑かれ、表層的意味ばかり追うようになると、最終的にはパンク・フォロワーにしかなれない」


 ジョニー・ロットンはそう言って、何度も客を煽った。だから僕は、シドの真似をすっぱりと止めた。本当は寒くなってきたからである。頭はいまだに坊主だが、必ず帽子をかぶるようになった。やはり、寒いからである。君子は豹変にやぶさかではないのだ。


 半力さんも少しばかり堕落した。僕に付いてこようとはするのだが、少しばかり外の風に当たると、「マジですか? やめません?」という顔をする。やはり、寒いからである。


 仕方がないので、しばらくはケージに入れて運んでいたのだが、冷静に考えたら、半力さんをモバイルしなきゃいけない理由なんてどこにもない。バカらしくなった僕は、半力さんを赤瀬川さんの事務所に置いてゆくようになった。


 やっぱり黒トラはダメ猫である。飼うべきではない。三毛猫は優しいが、他の猫の五割増しの勢いで太る。やはり、避けた方が無難である。ちょっとばかり可愛いからって、出来心を起こしちゃいけない。


 朝、事務所に顔を出すと、半力さんは全力さんと溶け合い、謎のクリーチャーみたいになっている。朝飯を食い終わると、窓際で日向ぼっこをするか、箱の上で二人して丸くなって寝ている。全力さんは冬毛に生え変わり、ただでさえ短い脚が毛の中に埋もれてしまって、猫という概念がゲシュタルト崩壊していた。


 仙台に戻ってきてから既に五ヶ月が経過していた。作品はずいぶん溜まったが、どこからもお呼びはかからない。百名いた支援者も、猫で笑いをとる僕の芸風に飽きてきてしまって、「今年はお年玉銘柄やらないんですか? ボチボチ相場に復帰しましょうよ」などと、せっついてくる始末である。


「そろそろ、賞の一つでもとらないとヤバいかもしれない」と思いだした僕は、物凄くマイナーな出版社の新人賞用の作品を、こっそりと書き出していた。君子は豹変にやぶさかではないのだ。


「提督カッコ悪すぎー」


 玄関のプリンツが僕を責める。


「いやいや、これが売文業の悲哀と言うものですよ。自分の好き勝手書いてプロになろうなんて輩は、まだイチの鳥居もくぐっていないのです」

「そんなこといって、一次落ちばっかじゃん。やるならちゃんと、可愛い女の子を出しなよ。幻覚とか、猫とか、タペストリーとかじゃなくてさ!」

「この前出したよ。幻覚じゃない奴。初登場が三十話で、自分でもビビったけど」

「キカイいじりにしか興味のない、メガネっ娘整備士とかどこにニーズがあるのよ! おまけに全然、ラブでコメってないじゃん!」


 僕はジャンプ派だから、ラブコメは無理なのである。タ〇チとか、犬〇叉とか、何が面白いのかちっとも理解できないし。


「何がジャンプ派よ。友情・努力・勝利の欠片もない作品ばっか書いてるくせに、良く言うわね」


 プリンツは僕の妄想なので、こんな風に平気で突っ込んでくるのである。


「あーもう、理由なんかどうでもいいから、主人公に惚れさせなさいよ! 女の子同士で奪い合いとかさせなさいよ! あと主人公を、猫とか幻覚としゃべらせるの禁止!!」

「えー」

「えーじゃない!」

「奪い合いかー。寝取られモノなら大好物だけど、応募できる賞がほとんどないしなぁ……」

「……」


 プリンツは絶句してしまった。まあ、僕ぐらいの大魔導士になると、自分の妄想に呆れられるくらいの事は、お手の物である。恋愛経験皆無の僕に、恋愛ものを書けというのが、どだい無理な話なのだ。


 そこらの非リアは、「お母さんからしか、チョコレートを貰ったことない」とか言う自虐ネタで笑いを取ろうとするが、こちとら八歳で実の母から施設にぶち込まれた筋金入りである。物心ついてからというもの、「レシート要らないです」以外の会話を、女性とかわしたことがないのだ。


「提督は作家になる、ならない以前に、人格に問題があるんじゃないかなあ……」

「えっ? 人格に問題がある人だけが、作家になるんでしょ? 公民の教科書に書いてあったよ」

「どこの公民の教科書よ!」

「山〇とか、そういう奴じゃない? やっぱ名門だし」

「……提督、もうだいぶ人生投げてるでしょ?」

「これが投げずにいられるかよ! いつもなら、今の時期は沖縄でのんびり過ごしてるのに!!」

「動物を飛行機で運ぶの、結構高いしねえ……」

 

 そう、手荷物扱いのくせに、動物を飛行機で運ぶのは、結構お金かかるのだ。昔まだ僕がトリ派だったころ、ニワトリを三匹空輸したら、僕の航空運賃より遥かに高くて僕は呆れた。ケージに入れて、ニワトリを持っていった時のお姉さんの引き気味の笑顔を、僕は一生忘れないだろう。


 小説を書き出してからも、嗜む程度に相場は続けていたのだが、今年前半のコロナショックで、全部持っていかれてしまっていた。つまり、余計なお金は我が家にはない。


「そもそも白河より北に住んでる奴は、人間じゃないと思うんだよね。なんだってわざわざ、こんな寒いところに住むんだろう? 頭おかしいんじゃないかしら」

「あっ、とうとう、東北民までディスりだした。貧すれば鈍するを地で行ってるなあ……」


 家内プリンツは少し落ち込んでしまった。こう見えて僕は、家族を大事にする男である。僕はパソコン通信(2400bps)時代から培った検索スキルを駆使して、プリンツを勇気づけるネタを探し始めた。


「何を調べてるの、提督?」

「いや、女の子が出なくても参加できる公募がないか、探してみようと思って」

「そんな賞あるの? ラノベでしょ?」

「わかんないけど、もしあったら、この前ちょっと受けた『ちくねこだん。』を出してみようかなって思って」

「ちくねこって、提督がシド・ヴィシャスのコスプレして、ヘドバンしながら猫を追っ払う奴?」

「そうそう」

「あれ、受けたって言っても、『キチガイの書いたラノベ小説』っていう煽りで5chに晒されて、一瞬ランキングに入っただけじゃん。載っけてたのも、な〇〇とか、カ〇〇ムとかじゃなくて、すっげえマイナーな投稿サイトだし」

「ス〇〇〇〇〇イの事を悪く言うなあああああ!!」


 ス〇〇〇〇〇イとは、芥川賞に二度もノミネートされたN先生えらいが主催する小説投稿サイトの事である。僕みたいなキチガイの書く作品も、時折ピックアップに乗せてくれる素晴らしいサイトなのだ。


「一般文芸作品のみ」を売りにしており、中の人たちの目利きも確かなので、投稿されている作品のクオリティも非常に高い。だが、敷居が高すぎてあまりお客さんがいないので、PV数の話題だけは絶対に出してはいけないのだ。


「あった……」

「あったって何が?」

「ちくねこが出せそうな公募。ほら見てごらん」


 僕は自分のノートパソコンを、プリンツの前に差し出した。


「ハートウォーミング大賞?」

「うん。これならいけるんじゃない?」

「提督? ハートウォーミングって言葉の意味、本当にわかってる? ここに、親子の絆とか書いてあるよ」

「親子の絆あるじゃん(断ち切れてるけど)」

「友情を描いた物語は?」

「友情もあるだろ? 半力さんとの」

「どこの世界に、飼い猫を毒殺しようとするハートフル・ストーリーがあるんですかね?」

「いや、それはまあ、物語を盛り上げるための演出ってことで……。愛犬・愛猫との、笑いあり涙ありのストーリーってところは完璧だしな!」

「完璧かなあ……」


 壁のプリンツは浮かぬ顔していた。


「あっ!」

「どうしたの?」

「この公募、応募期限が過ぎてるよ。7月末だってー」

「じゃあ、どっちにしろ駄目じゃないか」

「そうだね。まあ、間に合ってても、どうせダメだったと思うけどね」

「せっかく、良いのが見つかったと思ったのになあ……」


(続く)


*この物語はフィクションです。現実の公募および、小説投稿サイトとは一切関係がありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ