アルバート星
ドーラセブンのバイロンは、自ら放った暗殺団が散々な目に遭って帰って来たのを見て愕然とした。そして、その戦いの詳細を聞いたことで、ジャスティンが完全に復活したことを悟った。
「もう一刻の猶予もならない」
既に上司のアントニーにも事態の緊急性は伝えている。
「なんとかしなければ……」
このままでは、ジャスティンは、想像もつかないことをしでかしかねない。そのせいで自身のキャリアも消し飛んでしまうのだ。
「とにかく軍部の支援を仰ごう」
そう考えたバイロンは、独自のつてを辿ってある星の軍の幹部に連絡を付けることに成功した。
「ほう、ある者によってジャスティンが解き放たれていると」
その軍幹部は興味深げにバイロンの訴えを聞いた。そして、そのジャスティンの解放者の名前に耳を疑った。
「シンディー・レナード……まさか」
送られてきた情報を見たその軍幹部は、シンディーの顔写真のデータを見て思わず目を細めた。
「シンディー、そうか、生きていたか」
その軍幹部は、ほくそ笑みつつ陰湿な目つきでそのシンディーの顔写真を眺めた。
「それにしてもうまく行ったな」
暗殺団を鮮やかに撃退したことにシンディーは機嫌をよくしている。何しろ軍の最高レベルの電子戦をジャスティンが一手に賄うのである。全ての手の内が明らかであれば、シンディー達にとって暗殺団など敵ではない。
そんなご機嫌のシンディーに対してジャスティンは、物静かだ。
「どうしたんだ。ジャスティン?」
尋ねるシンディーにジャスティンは、黙ったままだ。今、ジャスティンはこの銀河内で飛び交っている電子情報を取り込み解析している。既に自身が宇宙空間に解き放たれてしまったことは、ドーラセブンその他関係者によって知る所となっている。それが証拠に物凄い量の通信が関係者一同から飛び交っているのだ。その一つ一つの分析しながら、ジャスティンはふとある交信に目を止めた。
『シンディー、艦隊司令部からの打電だ』
ジャスティンからの報告を受けたシンディーは、思わず笑った。
「ついに軍部まで動き出しやがったか。おい、アルフ。連中、うちらに向けて艦隊を動かし出しやがったぜ」
アルフは、ゲンナリ気味だ。
「シンディー、このままじゃ、僕達は全銀河を相手に戦争を始めることにでもなりかねないぞ」
「そうはさせないさ」
「逃げるのか?」
「あぁ、鋭気を避けてその惰帰を撃つってな」
シンディーは、椅子にもたれ腕組みをして考えている。
ーーさて、どこへ逃げ込むか……
やがて、沈黙を破るようにシンディーは言った。
「アルバート星に行こう」
アルバート星、それは銀河の末端に位置する下級星域に属する。文化的にも後進的で治安も優れないそこは、中央政府の手の及ばない地域でもあり、まさに逃げ込むには絶好の場所だった。
アルバート星へ雲隠れしてから数日間、シンディーはひたすら機を伺っている。機を伺う、といえば聞こえはいいが、要するにやっていることといえば、宇宙港でアルフが宇宙船の補強に努める横で、ジャスティンを使って、サイバー空間一帯を探らせながら、自身は宇宙船の中で横になっているだけである。
「鋭気を避けてその惰帰を撃つ、今はひたすら死んだフリだ」
とは言いつつ、頭にある狙いは当然、テラジウムである。この次世代のコロニーのエネルギー源ともなりうる資源争奪戦にいかに食い込むかについて、シンディーは日夜、考え続けている。
いかにジャスティンを手中に収めているとはいえ、自分達だけで挑むにはあまりに徒手空拳である。だが、シンディーには確信があった。
「これだけ大きな利権だ。必ず何かが起こる」
その何かをシンディーは、ひたすら気長に待ち続けた。
その何かは、突然やって来た。テラジウムの開発拠点の一つであるK70星雲が突如、消滅したのだ。
「消滅?! どういうことだ?」
思わず身を起こして尋ねるシンディーにジャスティンも戸惑いを隠せない。
『とにかく開発拠点そのものが消えてしまったということらしい。関係者も全員、寝耳に水だったようだ』
サイバー空間を流れる様々な情報をもとにジャスティンは、そう述べた。こういうときにシンディーの反応は迅速だ。
「現地へ行こう」
それを聞いたアルフが驚いた。
「K70星雲へかい? 現地は今、危険だぞ」
「だから行くんだよ。現地でなにが起きているか、直接うちらで見に行くんだ。行くぜアルフ」
何事も自分の目で見なければ納得のいかないシンディーの現地現物主義は徹底している。エンジンのメンテナンスをしている最中のアルフを引っ張り出すとすぐさま宇宙船を動かさせた。