ジャスティン
「間一髪だったな」
安全圏まで脱出したところでアルフとシンディーは、ため息をついた。
「何が廃棄コロニーだ。全く」
愚痴っぽく罵るシンディーには、アルフも同感だ。
「これは何かあるな」
そう感じたアルフは、シンディーが持ち帰って来たデータを調べてみることにした。
帰ったアジトでデータの分析に籠るアルフの部屋に、体のパーツのメンテナンスを終えたシンディーが入って来た。
「で、データはどうなんだアルフ? 金になりそうか?」
二人は宇宙のトレジャーハンターとして発掘品や盗品で生計を立てている。それだけにシンディーは、今回の発掘したデータの価値がなにより気になっていた。
だが、そんなシンディーにアルフは、表情を曇らせている。
「何だよアルフ?」
シンディーに肩をごつかれたアルフは、やがて、呟くように言った。
「これは、どうやらただの暗号資産ではなく、電子生命体のデータのようだ」
「電子生命体のデータ?」
「あぁ、それもかなり凶悪な」
そして、アルフはコーヒーを片手にディスプレイを眺めながら再び考え込んだ。
「ドーラセブンの連中は、どうやらこの電子生命体のデータを逃げるようにしてあの廃棄コロニーに封印した痕跡があるんだ……何か嫌な予感がするな」
アルフがディスプレイにその電子生命体のイメージデータを表示させた。それを見たシンディーは、はっと目を見開いた。
「うちは、この電子生命体を見たことがある」
そう話すシンディーにアルフは、思わず聞き返した。
「いつ? どこでだ?」
「軍隊にいた頃だ。場所はジュリアポリスの紛争地帯だ。確かこの電子生命体の名は、ジャスティン……」
それはシンディーにとって苦い記憶だった。突如、現れたこの謎の電子生命体ジャスティンをシンディーの部隊は、全く捕らえられずに散々な目に遭わされた続けたのだ。
「ふっ、まさかこんなところで再会するとはな」
シンディーは、陰湿な笑みを浮かべた。
「ジャスティンか、僕も名前は聞いたことがある。また厄介なものを拾ったな……」
アルフが溜息を吐き、ディスプレイを眺めていたとき、突如、変化が起きた。その電子生命体ジャスティンに反応が起き始めたのだ。
「どうしたんだ?」
尋ねるシンディーにアルフは、その反応に声をあげた。
「僕達に接触を求めているみたいだ」
「接触?」
「あぁ、この手の電子生命体は、電子機器や電子ネットワークに寄生することで活動する。その宿主を求めている」
「宿主、か……」
シンディーは、しばし考えこんだ。そして、思い切った様に自らのボディーをトンと叩き言った。
「よし、うちがその宿主になるぜ」
それを聞いたアルフは、驚いて反対した。
「シンディー、幾ら何でもそれは危険だ。あのドーラセブンがこれだけの処置を施して封印した電子生命体なんだ。それを一サイボーグに過ぎないシンディーがそのボディーで引き受けるのはあまりにリスクが高過ぎる」
「リスクが高い分だけ見返りもデカいって事だろう?」
シンディーは、ニンマリ笑っている。
「こいつには、うちは散々な目にあって来たが、どんな奴なのか間近で見てみたいと思っていたんだ」
人一倍好奇心があり、投機的で射幸心に富んだシンディーは、自らのボディーを差し出すようにアルフに迫った。
「アルフ、その電子生命体をうちのボディーに取り込んでくれ」
「シンディー! 無理だ。もし制御できなかったら……」
「その時はうちをボディーもろとも破壊して、うちのパーツは、そこらのジャンク屋で売り捌いてくれればいい」
そう笑うシンディーにアルフは、うなだれた。
「いいのか、シンディー?」
尋ねるアルフにシンディーは、快くうなずいた。
「それでもともとなんだ」
死んでもともとーー今まで何度も危険を冒して来たシンディーにとっては、自身のボディーもそして命すらも、その一瞬一瞬を駆け抜けるための道具に過ぎない。道具である以上、擦り切れるまでとことん使い切るという考え方なのだ。
ジャスティンの受け入れの際、拒絶反応が起こっても暴れれないようボディーを鎖で自ら縛り付け拘束するシンディーにアルフは、根負けしたように言った。
「分かったよ、シンディー」
アルフは、ジャスティンのデータが入った端末をシンディーのボディーに接続し始めた。
「じゃあ行くぞ」
「あぁ、いつでも始めてくれ」
シンディーは、ジャスティンを受け入れるべくボディーを開き、生命活動の中枢を握る部分を晒した。それを受け、アルフはジャスティンとシンディーをリンクしデータをシンクロさせた。
その瞬間、物凄い量のデータがシンディーのボディーに流れ込み、その凄まじい衝撃に打たれたシンディーは、ボディーを跳ね暴れさせた。
ギシギシと鎖が軋む中、シンディーは、必死にジャスティンとのシンクロに耐えている。自らのキャパシティーを遥かに超える受け入れを決意したシンディーにはシンディーなりの計算がある。これまで死と隣り合わせの中で、自ら体得し磨いて来た圧縮技術がその覚悟の裏打ちである。
特に他のボディーのパーツには、間に合わせを使っているものの、ジャスティンを受け入れようとしているこの中枢を宿る基幹部分のパーツについては、最高級品であり、筋金入りの本物なのだ。簡単に破壊されるものではない。そうなのだが、だがジャスティンのそれはシンディーの想像を超えていた。
その衝撃にシンディーは何度も気を失いそうになっては、その度に自らの意識を繋ぎ止め、歯を噛み締めて暴れまくるジャスティンを自らのボディーに納めて行った。
その切れるか切れないかのギリギリの切所をアルフも固唾を飲んで見守っている。
「シンディー、あと半分だ!」
残りのデータ量を叫ぶアルフの声にシンディーは、目に涙を浮かべ髪を振り乱し耐え忍んだ。既にジャスティンの注入を開始してから時間は一時間を経過している。普通ならば絶命していてもおかしくはない。だが、シンディーはもがき苦しみ、鎖の中でのたうちまわりながらも未だに耐え続けている。驚異的な粘りだ。
「あともう少しだ。シンディー!」
そう叫ぶアルフの声がシンディーの頭にこだました。だがそのあと少しがなかなか入らないのだ。シンディーは既に限界を超えており、その意識は朦朧としていた。
そして、遂にシンディーの意識が途切れてしまった。