再会
三人は、同じ部屋に通された。相変わらず何もないセメントの壁と天井は、懐かしささえ感じなかったが、再会できたことを、ドリイは心から喜ぶのであった。
ドリイは目を覚ましてから時間がたっていないためか、舌をかんだり、舌足らずになったりと、自分でもひどいとおもえるしゃべりかたをしていた。動かすことはできるのだが、電流がはしったように唇が痙攣してしまってうまく発音できないのだ。よだれが垂れそうになると、ドリイは両手でそれをかくし、はずかしそうにするのだった。
あのあと、ケイティもマックスも同じようなことを体験したそうだ。なにもない部屋に通されたと思ったら、しだいに思考がまとまらなくなってきて、気づいたら『オミネス・マム』のことだけしか考えられなくなってしまったのだという。
最初に連れて行かれたマックスは、三人の中で一番はやく目覚めたようだった。どれくらい前なのかまではわからなかったが、彼はZ班の子供たちを何人か見送ったということだったので、ずいぶん前から看守として働いているようだった。
次に連れて行かれたケイティも同様に、何もない部屋に通された。彼女は目を覚ましたとき、記憶がほとんどなかったという。はじめは言葉も不自由で、「あー」とか「うー」しか言えなかったそうだ。いまのところは平気だが、ときどき症状がでるそうだ。しかし、前に患っていた喘息と比べれば、ましなほうだと言った。ちなみに、彼女は、自分が目覚めてどれだけ時間が経ったか数えてもこなかったし、数えようとも思わなかったそうだ。なぜなら、彼女はずっと広い檻にとじこめられており、そこでは起床や就寝を告げるサイレンの音も聞こえなかったためだ。
ドリイは二人の話をきいて、不思議な気持ちになった。三人とも同い年であるはずなのに、ケイティもマックスも、だいぶ大人びて見えたのである。
そのあと、博士は三人を部屋から連れ出し、施設の外へ案内した。
《外だ……外だ! わたし、施設の外にいるよ……》ドリイは、突然の喜ばしい出来事に胸を躍らせた。彼女が最後に外を見たのは、施設に入る前だったから、三歳か四歳ぐらいのときだった。それから一度も、外の空気すら吸ったことがなかったのだ。彼女は、前を走っているキャタピラのついた博士を追い越し、懐かしい景色を目に焼き付けたい衝動に駆られたが、そんなことをすれば直ぐに施設のなかに戻されて、こんどこそ一生を施設で終えることになりかねなかったので、感情を抑えた。しかし、彼女は、表情まで抑えることはできなかった。
彼女を横目に、ケイティとマックスは無感情な様子で、下ばかり眺めていた。ケイティは、ドリイのことを見て、なにか羨ましそうな表情で微笑したが、マックスの方は相変わらず冷たい表情のままであった。
そんな二人をみて、ドリイは思った。ケイティは自分と同じように五体満足で生還することができたが、マックスはちがうのではないかと……。もしかしたら、顔を動かすことができないのか、こころがないのではと疑うほど彼は一点を見つめていた。ためしに、ドリイがわき腹をつねってちょっかいを出してみた。すると、彼はこっちをむいたが、やはり無表情のままだった。一見、怒っているようにも見えなくもなかったが、やはり、彼の表情に感情はなかった。
施設は地底の街を見渡せる場所に建っていた。施設の門に近づくにつれて、徐々に街の様子がドリイの目に映った。ドリイの知っている地底の街は、きれいとは程遠い場所ではあったが、そこではみんなが幸せにくらしているのだと、彼女は信じていた。自分がつらい目に遭えば遭うほど、街のみんなは幸せに暮らすことができるのだと、本気で信じているのである。
しかし、ドリイが見たものは、それとまったく異なるものだった。
門を出ると、街の大通りに繋がる下りの大階段がある。そこからは街の様子がみえるのだが、ドリイが見たのは街ではなかった。そこにあるのはただの廃墟だったのである。
「なに……これ……」ドリイは目を疑った。みんな幸せに暮らしているとばかり思っていたのに、それは間違いであったのだ。「なによ! これ! なんなの!」ドリイは博士に叫んで、キャタピラの泥除け部分に乗っかった。
「ドリイ! やめて! ドリイ!」ケイティは、ドリイの背中を掴んで下ろそうとした。「そんなことしたら、だめなんだよ! 外に出されちゃう! 廃棄されちゃうんだよ!」
「廃棄?」ドリイが振り返ろうとした瞬間、彼女の背中に凄まじい衝撃が走った。そのあと、彼女の視界に一筋の白線が現れたかと思ったら、それが一瞬にして何本にも増え、すべてが真っ白になっていくのであった。
そして、ドリイは気を失った。