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ドリイと楽園  作者: よた
第六章 理想的な生活
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巻き網漁


 食事の後、ディランとペーチャは食堂を出ていき、漁のお手伝いをするために作業場へと向かった。朝一番のお手伝いは、絡まってしまった網をほどく作業だった。それが終わると子供達みんなで海へ出て、日が落ちるまで巻き網漁を続けるのである。


 ディランとペーチャは同じ舟に乗り込み、網を引きながら沖へと向かった。ディランは上半身裸で日焼けなど気にもしない様子だった。一方、ペーチャは薄い麻のシャツを着て、唾の広い麦わら帽子をかぶっていた。


 波は穏やかで、それほど高くなかった。ある程度沖にでたら、十隻近くの小舟で網を広げ、皆で少しずつ持ち上げていった。すると、網の中心にたくさんの鰯が集まっていくのであった。


「おー、すっげー! 大漁じゃん! これなら父さんたちにも負けないよ」ディランは網を引っ張りながら、興奮気味に言った。


「ディラン! あんまり身を乗り出さないで! バランスが取れないよ!」ペーチャは舟のへりに寄り掛かって言った。


「あ、ごめん」ディランは体制を立て直した。「これで大丈夫?」


「もー、危ないなー」


「えへへへへー」


 網を持ち上げると、魚を舟の中に乗せて港へ戻った。鰯は勢いよく飛び跳ねて、何匹か海へ逃げていった。


 港に到着すると人が大勢集まっていた。魚は籠に入れられると、すぐに商人たちのもとへ運ばれた。鐘が木づちで殴られ、カーン、カーンという天を切り裂くような音が響いた。すると、怒号にも近い凄まじい声が港にわっと広がり、競りがはじまるのであった。商人たちは持ってきたハンカチで手を隠し、競り人にだけ見えるようにもう一方の手でピースサインを作ったり、手を握ったり開いたりしていた。


 あまりの殺到ぶりに、ディランとペーチャはあっけにとられ固まってしまっていた。


「おい、もたもたすんな次だ! 魚が腐っちまう!」競り人の男が、ぼうっと突っ立っていたディランとペーチャに叫んだ。


 二人は、まるで狼狽でもしたかのようにはっとして、魚を籠に詰めはじめた。魚はまだ元気いっぱいで、掴む腕がぶるぶると振動した。


 舟の上にいる魚をさばききった彼らは、籠を返すとまた数隻でグループをつくって海へ出て行った。同行する舟は四隻で、そのなかにはあのロベルトもいた。ロベルトは体が大きいこともあり、舟には一人で乗っていた。


 沖へと向かう途中、急に高い波が押し寄せた。一行は姿勢を低くして、舟から投げ出されないように踏ん張った。そして、二回、三回と波が続いた。


《なんだろう……嵐も来てないのに……》ディランは沖に見える水平線をじっと見つめて考えた。


「おい! ディラン!」一番近くにいた舟から声がした。この声はロベルトだった。「いったん帰ろう! 様子がおかしい!」


「うん! わかった!」ディランは答えると、ペーチャと顔を合わせた。


「おまえらもだ! 帰るぞ!」ロベルトは力強く舟を漕いで、別の舟にも声をかけた。


 ディランとペーチャは岸へ向かって舟を漕ぎはじめた。波はいっこうに落ち着かず、ついには渦を巻きはじめるのであった。なにもない場所で急に渦潮ができるのを見たのは、二人ともはじめてだった。


 二人とも、一生懸命オールを動かし岸へと向かおうとした。しかし、渦の勢いは増すばかりで、舟は思うように前へ進まなかった。ペーチャの小指の付け根にはまめができてしまい、オールの持ち手に当たる度、手に電流のような痛みがはしるのだった。それでも彼は、汗が噴き出るディランの背中をじっと眺めながら、必死になって漕ぎ続けるのだった。


 しばらくすると、ディランがぴたっと漕ぐのを止めた。ペーチャは、どうしたのだろう、と顔をあげた。ディランは渦潮がある方向をぼんやりと眺めているのだった。


「ロベルト!……」ディランは叫んだ。「もっと漕いで!」


 ペーチャもディランと同じ方向を見てみると、ディランが叫んだ理由を理解した。ロベルトが逃げ遅れてしまい、渦潮に飲み込まれそうになっているのであった。


「あ、あぶない!」ペーチャは青ざめて言った。


 ロベルトの舟は渦の中にあった。一人で必死にバランスをとり、落ちないように堪えているようであったが、時間の問題であった。それはもう、誰がどうみても絶体絶命だった。しかし、二人やその周囲にいる子供たちはなすすべもなく、ただ事が終わるのを見守ることしかできないのであった。


「どうしよう……あのままじゃ――」と、ペーチャが言いかけたとき、ディランが舟にいないことに気がついた。「え……噓でしょ……」ペーチャは急いで舟の周りを見渡した。そして叫ぶのだった。「ディランが舟から落ちた! 誰か!」


 周りの子供たちも、血相を変えて辺りを見渡したが、ディランは見つからなかった。一方、ロベルトと言えば、相変わらずバランスを取りながら渦の中から抜け出そうと必死になって舟を漕いでいた。


 次の瞬間、ロベルトの舟の下から黒い影が浮上してきた。はじめペーチャはディランかと思ったが、その影はみるみると大きくなって、遂には舟を持ち上げた。すると舟は渦の外へ押し出され、ロベルトはこの期を逃すわけにはいかない、とでも言うようにオールを力いっぱい海水の中へ押し込んだ。


 ペーチャがその光景に呆気に取られていると、息を切らしたディランが舟のヘリに手をかけた。


「どこ行ってたんだよ! 危ないじゃないか!」ペーチャはディランを叱った。


「あぁ……その……ごめんなさい……」ディランは珍しく、しょんぼりした表情であやまった。ペーチャはこのとき、ディランの声が普段より高いような気がしたが、それについては深く考えなかった。


「はぁー……無事でよかったけどさ……」ペーチャは一安心してこう言い、続けた。「ちゃんと捕まってるんだよ。岸に戻るから」


「はーい……」ディランは返事した。


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