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ドリイと楽園  作者: よた
第六章 理想的な生活
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集落


 退院したディランはもうすっかりよくなっていた。漁師の子供たちと砂浜を走って仲間と追いかけっこをしたり、砂遊びをしたり、魚を獲ってみたり――変わらぬ日々が戻ろうとしていた。


 宴会の翌日、ディランは鬼ごっこで鬼をして、黄色がかった麻の服を着た男の子、ペーチャを追いかけていた。ペーチャはディランのような褐色の肌ではなく、色白で、日差しの強い海岸に長居すると肌が真っ赤に腫れあがってしまうような子供だった。髪の毛は猫の毛のように柔らかく、赤色をし、透き通るような青い目をしていた。


 ペーチャはディランの親友だった。何かといつも一緒にいて、まさに親分と子分といった雰囲気だった。二人の主な活動は、よく食べ、遊ぶことだった。海女たちが獲ってきた貝や魚をじっと眺め、物欲しそうな顔をして恵んでもらったり、漁師が餌として獲ってきた小ぶりな魚をもらって食べたりするのだ。


 海女たちはそんな自由奔放な彼らの姿を見ては、『ほら、子犬ちゃん達がきたよ』と噂し、彼らのために、傷があり売り物にならない貝を七論とともに用意してやるのだった。鬼ごっこのあと、彼らは港の作業場にある貝の水槽を眺め、朝食の準備が終わるのを待っていた。


「あのさ、ディラン」ペーチャが言った。「その……海へ出てった後、何があったか聞いてもいいかな?」


「うん、いいけど。なんでそんなに申し訳なさそうにするの?」


「いいやほら、まだ回復してちょっとしかたってないし――嫌なことを思い出させるのも悪いなと思ってね……でも、やっぱり、どうだったのかなって」ペーチャはディランの様子を伺いながら言った。


「もう大丈夫だよ。ありがとう」


「うん……」


「話してもいいけどペーチャ。信じてくれる? あまりにもおかしな話だからさ。――最初に話したお父さんは、半信半疑って感じでね」


「信じるよ! だってディラン。ぼくたち親友じゃないか。もしディランが空を飛んだって言っても信じる」


「それは大袈裟だよ」飼い主に忠誠を誓った子犬のようなペーチャに、ディランは思わず微笑した。


「あぁあ、ごめん」


「ディラン! ペーチャ! ご飯の時間よ!」早朝の仕事終えた海女の一人が二人に声をかけた。


「はーい! いま行きまーす」ペーチャは返事した。そしてディランの方をむいた。「さ、行こう――もうお腹ぺこぺこだよ」


 ディランは頷くと、ペーチャと一緒に食堂へと向かうのだった。食堂は、解体場や海女たちの作業場とは別の建物にあった。錆びかかったトタンの壁からかまどの煙が漏れて、薪の匂いに混じって貝の香りが辺りに漂っていた。


「カッチュコかな?」匂いをかいだペーチャが、興奮気味に言った。「昨日宴会だったし、お酒があまったんじゃない?」


 それを聞いたディランの目も輝いた。ただ、あまり期待しすぎると、違っていた場合のショックが大きくなるため、なるべく控えめに答えるのであった。


「さぁどうかな、また貝と海藻のスープかもよ」


「ぜったいにカッチュコだよ、香りがちがうもん」


 ディランとは違い、ペーチャは期待に胸を膨らませていた。カッチュコは彼の大好物だった。二人は食堂に入ると、肩で風を切り、重たそうに体を動かしながら歩いている食堂のおばちゃんに挨拶した。おばちゃんは二人を見ると、満面の笑みを浮かべた。


「おばちゃん、おはよう!」元気よくペーチャが言った。


「おはようペーチャ。また朝早くから皆と遊んでたのかい?」


「うん!」


「元気だね。ディラン、もう大丈夫なのかい?」


「うん、大丈夫だよ」ディランが答えた。


「あんまりお父さんを心配させるんじゃないよ」


「はーい」


「さー、おぼんをもって並びなさい、今日の朝ご飯は豪華よ」


「わーい! カッチュコだ!」ペーチャが両手を上げて喜んだ。


「あらまぁ? よくわかったわね」


「だって匂いがいつもと違うんだもん」


《まるで子犬みたいだわ》と食堂のおばちゃんはペーチャを見て思った。


 ペーチャはディランを置いてさっさと行ってしまった。


「おばちゃん、じゃあね」ディランが言った。


「じゃあね、いっぱい食べるんだよ」


「はーい」


 ディランは棚へと向かい、一枚ずつ縦に並べられた木製のおぼんをとって、配膳台の前へ歩いて行った。配膳台の前には子供たちが列になってならび、落ち着きのない様子で、おぼんでパタパタと扇いだり、足踏みしたりしていた。みんなお腹を空かせているようだった。ディランも列の一番後ろにならび、順番を待った。


 大きな皿に具だくさんのスープがよそられると、アサリ、ホタテ、イカ、鱈などの魚介類や、トマト、ニンニク、たまねぎ、ニンジンなどの香りが鼻の奥へと入って行った。すると、ディランのお腹が鳴った。彼は恥ずかしそうに、スープをよそってくれたおばちゃんを上目遣いで見ると、おばちゃんは微笑しながら、おぼんの上にパンを一切れ乗せてくれた。


 ディランは食事をおぼんに乗せながら、先に行ったペーチャを探した。ペーチャは窓際の海がよく見える四人席を陣取ってくれていた。ディランはペーチャの元へ向かうと、テーブルの向かい側に座った。ペーチャはディランがやってくると、手を合わせて食前のお祈りをはじめるのであった。ディランも同じく、手を合わせ、お祈りをはじめるのであった。


 お祈りが終わり、二人がエビの殻むきに夢中になっていると、横から眉間にしわをよせたガラの悪そうな子供がやってきて、なぜか、わざわざ二人の脇を通り過ぎるのだった。それを見たペーチャは小さく縮こまって下を見て、さらに皮むきに没頭するのだった。


「どうかしたの?」ディランがペーチャに言った。


「ロベルトだよ。ぼく、彼が苦手なんだ」


「どうして?」


「だって怖いんだもん……」ペーチャはディランの目を見て言った。「なんできみはあんなのと喧嘩できるの?」


「喧嘩してるわけじゃないよ」ディランは表情ひとつ変えずに言った。「ただ意見が合わないだけだよ。それで向こうが無理やり自分の意見を通そうとするから、僕が――ちがうよ――って教えてあげてるのさ。ただそれだけ――」


「それを喧嘩してるって言うんじゃないのかな……」ペーチャは苦笑いした。「それに、きみがいつも正しいとは限らないだろ」


「まぁ、そうだね。でも、この前の父さんへの陰口はやっぱり赦せなかったよ」


「うん……まぁ……それは確かに赦せないけど……。でもディラン、この前のはやっぱりやり過ぎだったよ。あのあと、彼は全然元気がないんだ。それと、ディランが生きて帰ってきたって聞いたとたん、青ざめて家に帰っちゃってさ」


「へぇー、獲って来いって言ったのは自分なのにね」落ち着き払った様子でディランは言った。


「ディラン……やっぱりロベルトの話はやめよう」


「僕は別にいいけど?」


「きみじゃないよ。ぼくが耐えられないんだ」ペーチャは先ほどからロベルトの視線を気にしていた。


 ディランは口をもぐもぐとさせながら、ゆっくりと首を傾げるのであった。


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