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ドリイと楽園  作者: よた
第五章 孤独と自由
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帰還


 数日後、息子のお見舞いへと向かうために、父親は家を後にした。ピスカトレ村には市場へ魚を下ろすための馬車が何台かあったが、私用で使うのは気が引けたので、彼は歩いて向かうことにした。病院は隣り町にあって、歩きだと二時間ぐらいは必要だった。


 遭難者がディランであることに皆が気がついたのは、救助から一週間が過ぎたころだった。救助したその日のうちに意識は戻ったが、父親も、彼があまりにもやせ細ってしまっていて、自分の息子だとは気がつかなかったのである。それに加え、名前を聞くと、ディランは、自分のことをドリイだと答えたのだった。


 いったい息子になにがあったかを探るために、父親は息子にいろいろなことを尋ねてみた。するとディランは、自分のこと以外に、どこの誰かもしらない少女の話をしはじめるのであった。どうやらディランは、ずっとドリイという少女と行動をともにしていたらしい、という事までは父親も理解はできたが、なにせ、妄想と現実が入り混じった妙な内容だったので、どこまでが本当のことかまでは分からなかった。彼が言ったことをそのまま書きつねるとこうだった。


『地底に住んでいる人達がいて、その人たちの文明はとても栄えている。なにもかもが効率よく動いており、無駄が一切ない場所だった。でもその代わり、人間と機械の区別があいまいな人たちしかいなくて、自分の体を失っても何も感じない。むしろ、それは彼らにとって喜ばしいことだった』


 それを聞いたディランの父親は愕然とした。その様子を見たディランは、どこか安心したような表情になった。


 男は海岸が見える広い街道の脇を歩いて、街の病院に着くと、階段を登って息子がいる部屋へと向かった。息子の部屋は、小さい窓がひとつだけある狭い個室で、ベッドと花瓶、来訪者用の椅子だけが置いてあるだけのところだった。


 息子は父親が入って来るなり、目をきらきらと輝かせ、笑顔を見せた。彼はもうすっかり元気になっていた。この様子ならもう家に戻っても大丈夫そうだと思った父親は、手を小さくふって息子に笑顔を返し、椅子に座ると、話しはじめた。


「どうだ、調子は」男は言った。


「うん、もう平気だよ」ディランは答えると、続けた。「そういえば、今日は海行かないの?」


「今日は出ないことにしただけだ。いまは別に毎日海にでなきゃいけないってわけでもないからな」


「ふーん、そうなんだ……」ディランは不思議そう言った。


「そんなことよりおまえ、俺の舟を盗んだな」いじわるそうに男は言った。「元気になったら覚えておけよ。あの舟は俺が大金はたいて買ったものなんだからな」


「えっ……いまその話……」


「あったりめーだ!」男は強い口調で言った。「漁師にとって舟がどんなものかわかってんだろ、あれがなきゃ仕事にならねぇんだぞ! 代わりの舟が見つかったから良かったがよ、もし見つからなかったら今ごろ破産だ!」


「ごめんなさい……」


「おおう、もう二度とこんなことすんじゃねぇぞ」


「はい……」


 まさか急にお説教がはじまるなんて、ディランは思いもよらなかった。膝にかかった布団を両手でいじりながら、落ち込んでいると、父親の口調が徐々に涙声に代わった。


「ほんとによぉ……どれだけ心配したかわかってんのか……おまえは……舟がなかったら、おめー。破産だ……破産なんてことになったら……どうやって生きてけばいいんだ……舟がみつかってよかったがよ……それだけじゃだめだ……銛も網も……全部借りられたがよ……やっぱりだめだ……ぜんぜん面白くねぇ……何にも楽しくねぇ……何も楽しくねぇーんだよ……」


 父親が自分のことを心配していたのだ、と気がついたディランは目頭が熱くなった。


「もうしないよ、二度としないよ」


「あぁ、そうだな、ぜったいにやめてくれよ」落ち着き払った様子で男は言った。


「うん……」


 しばらく二人は部屋で黙っていた。そして昼どきになると、看護師が食事を運んできて、ディランのテーブルの上に置かれた。それを見た父親は、長居し過ぎたと思い、「それじゃあ」と言って病室を出て行くのであった。


 ディランは病室で一人になった。窓が開いた部屋には波の音がかすかに聞こえ、潮の香りがするのだった。


「ねぇ、ディラン」


「なに? ドリイ……」


「さっきの人は誰?」


「あれは僕のお父さんだよ」


「へぇ、そうなんだ。優しそうな人ね」


「うん、ちょっと厳しいけどね」


「厳しい? あれのどこが厳しいのよ」


「えぇ……そうかな」


「そうよ」


 ディランが一人で病室にいるとき、なぜか彼は一人で誰かと喋っているのだった。病院の看護師たちは、たまにそんな話声を耳にしては、きっと一人で寂しかったのだろう、と可哀そうになり、しばらく話し相手になってやったりした。しかし彼の独り言が止むことはなかった。


 次の日、ディランは退院し、家族のもとへ帰された。退院祝いに村では宴会が模様され、村中の人々がディランの回復を祝った。宴会には、ディランを海へと駆り立てた子供も参加していた。彼はディランを見つけると、震えあがって逃げていってしまうのであった。


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