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ドリイと楽園  作者: よた
第五章 孤独と自由
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狩猟


 魚をはじめて捕った日から三日が過ぎた頃、ドリイはひたすら同じことを考えるようになっていた。


《肉が……食べたい……》


 それは朝起きたとき、薪をくべているとき、井戸に水を取りに行ったとき、貝を拾っているとき、魚を捕っているとき、魚を食べているとき、木の実を取っているとき、木の実を食べているとき、炭で歯を磨いているとき、床に就いたとき……。


 贅沢を言える状況ではなかったが、食べたいものは食べたい。そう思ったドリイは翌日の朝、早めに起きた彼女は、小動物を捕まえるための罠を作りはじめた。島で見つけられた動物はウサギとネズミ、そして鳥。そのどれかが捕まえられれば肉が食える。


 罠と言っても、作れるのはせいぜい落とし穴ぐらいだ。しなる竹があればもっと良い罠が作れるが、ここにはなかった。


「だめだ、そんなこと考えちゃ、ないものはないんだ!」ドリイは自分に言い聞かせるように言った。


《でもあればもっといい》頭の中で『あの男』の声がした。《そうだな?》


「ちがう! ないものねだりしたって意味がない。落ち着け……落ち着け……」


 こういった発作は、程度は異なるが数時間に一回はやってくるのだった。しばらく誰とも喋っていないからストレスでおかしくなっているのだろう、と彼女は思っていた。思えば、まともな会話をしたのは『あの男』が最後だった。あんな気味の悪い人間――彼が人間と言えるのかは迷うが、とにかく彼は、ドリイにとって、いままでにない強烈な印象を持つ存在であったことには間違いなかった。彼の声が頭から離れない。別のことをして気を紛らわせなければ、この声に誘われ、いつの間にか地底に戻ってしまいそうな気がした。


《さっさとこんな島、出て行こう。そうしないと気がおかしくなりそうだ》ドリイはしゃがみ込んで小さく囁いた。《なにか捕まえて、干し肉をつくって、木の実もありったけ持っていこう。こんなところにいても助けなんて絶対にこない》


 ドリイは立ち上がると、罠をつくるのに丁度良さそうな場所を探しはじめた。狩場として選んだ場所は、井戸に行く途中にある廃墟の辺りだった。日が出ているうちは見えないが、夜になれば隠れている動物が動き出す。それを狙い、罠を仕掛けるのだ。


 ドリイは、はじめてここに来た時に見つけた四角い建物の前にしゃがみこみ、廃船から持ってきた壺の破片で地面を掘り起こした。地面は焦げた茶色をしていて、土偶が作れそうなくらい粘り気があった。彼女の腰よりも上ぐらいの高さまで穴を掘り終わると、穴の中に輪切りにしたタロイモと、木の実をいれ、ヤシの葉を被せ、さらにその上にも木の実を置いた。そして閉じ込めるために、編んだヤシの葉をつっかえ棒に寄り掛からせた。獲物が餌に食いついたら、穴に落ち、つっかえ棒が外れて蓋が締まるという寸法だ。


「よーし、完璧じゃないか!」ドリイは両手を腰に当てて、言った。額から垂れる汗を左腕で拭うと、泥が顔にかかった。


 それから彼女は小屋に戻り、いつも通り魚を獲りに出かけた。魚は以前よりも簡単に取れなくなっていた。さらに貝も日を追うごとに見つからなくなり、他にも、ヤシの実、アダンの実、タロイモ、ツルナなどといった食料も遠くへ行かないと見つかりづらくなってきていた。資源は有限。いつまでも同じような生活はできない。彼女はまた繰り返し思うのであった。磯で貝を拾いながら、遠くにある、蒼い水平線を眺めた。その上には雲が見え、ときどき稲妻がはしった。


《あの雲、こっちに来るかな…………》


 沖から生暖かい風が吹いてきた。早々にドリイは貝拾いを切り上げ、小屋に戻り、焚き木が消えない様に雨除けを確認した。それから幾分も立たぬうちに空が雲に覆われ、雨が降り出した。雨除けの下でドリイは、海水の入った壺で、貝の砂抜きをしながら、雨が止むのを待った。雨脚は強くなる一方だった。横なぶりの雨ではなかったが、地面に落ちた水滴が焚き木の中にはねてくるほどの勢いがあった。薪をいったん小屋の中に退避して、雨に濡れないようにした。もし火が消えてしまったら、今夜は寒さに耐えながらねむらなければならないし、せっかく拾ってきた貝も食べることができない。不安になりながら、彼女は空の様子をじっと眺めているのだった。それから雨はごーごーと音を立てて、一、二時間降り続けた。雲の隙間から日が差したかと思うと、雨はぴたっと止んで、陽光で熱せられた大地にから蒸気があがり、森の静けさが残った。


 小屋の外に出た彼女は、仕掛けた罠の様子が気になり、廃墟の村がある場所へと向かった。罠は思った通り、雨粒が当たって作動してしまったようだった。もう一度しかけを直すために、ドリイはしゃがみ込んで、穴に被さった葉をどかしてみた。すると、茶色い毛をし、丸々と太った一匹のウサギが穴の中にすっぽりとはまって身動きが取れなくなっていた。透かさずドリイは、ウサギの首もとに包丁を突き立てた。ウサギからはドロドロとした血が垂れ、まだ手足が小刻みに動いていた。ドリイは近くの枝にウサギの後ろ脚を引っ掛けてぶら下げ、しばらく血抜きをすると、首を切り落とし、皮を剥ぎ、内臓を取り出すのだった。かわいそうだとか、そういう感情はまったくドリイにはなかった。それはただ、食事をするために必要な作業でしかないのであった。


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