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ドリイと楽園  作者: よた
第五章 孤独と自由
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不安


 貝を食べ終わり、床についたドリイは、仰向けになってぼんやりとしていた。すると、ふいに、いくつかのことを考えはじめた。それは三つほどあり、一つ目は救難信号だった。救難信号といっても軍隊がつかうような大したものではない。でも作る価値はあるだろう。具体的には、砂浜にいわゆる『SOS』を書いたりするのだ。しかしこの方法は飛行機が通らないと意味がない。しかも、こんな無人島の上を通るとしたら、プロペラで動く自家用の小型飛行機ぐらいだ。そんなものを持っている金持ちがわざわざ危険をおかして、どこの誰だか分からない汚い子供を、助けに来てくれるとは思えない。であれば、もう一つの方法が有効だ。その方法は非常にシンプルなものだ。なるべく太くて長い棒を海岸に三本並べる方法である。先っちょに旗がつけられれば尚よい。こうすると『ここは危険だ! 助けてくれ!』という意味になる。もちろん、受け手に知識があればの話だが、船に助けを求めるならこれが一番現実的だろう。


 二つ目は水だ。今朝の雨のおかげで二日分くらいは水を確保できたが、これは現時点の話である。水は蒸発してしまう。だから実質一日と言ってもいい、明日は何よりも先に水源を探さなければならない。


 そして最後に必要なのは食料だ。いまのところは、貝や木の実でしのげているが、日にちが経つにつれて栄養が足りなくなるのが目に見えていた。できれば魚を捕まえたい。ドリイはそう思うのだった。


 あれこれ考えていると、急に自分が惨めなような気がして、ドリイは泣き出してしまうのだった。自分にこれができるのだろうか、という不安に襲われたのだ。なにより辛いのは話し相手がおらず、孤独であるということだった。聞こえるのは風で草木が揺れる音、かすかに聞こえる波の音、弾ける焚き木の音だけだった。


《こんなことなら地底にいた方が良いんじゃないか?》ドリイの頭の中で誰かがささやいた。それは男の声で、自分ではない誰かであった。


「そんなことはない!」ドリイは急に声を張り上げた。「あんなところに戻ってたまるか! あんなところに……」


 声を出す度に冷静さがなくなっていくのを感じた。頭の神経が膨れ上がっていく。これ以上は危険だ、と彼女は思い、うつ伏せになって体を丸め、どうにか落ち着こうとした。


《何も考えてはいけない……何も考えてはいけない……》ドリイは息を吐きながら、ひたすらこう囁くのであった。


 次の日になると、彼女は壺に残った水を飲み干し、海水のはいったバケツに入れておいた貝を焼いて食べた。


 そのあとドリイは、島に川や湧水がないかどうか探してみることにした。そこら辺を掘って泥水をとってもいいが、できるかぎり綺麗な水がいい。それと貝以外の食料。貝はうまいが、食あたりしやすい。腹痛で平常心をなくし、死に至るのが、この状況で一番ありえる最悪のシナリオだった。


《水が必要だ。ひとつずつやるんだ。ひとつずつ……》ドリイは自分に言い聞かせるのだった。


 ドリイは森の中で見つけた集落跡を探索してみることにした。生活に使っていた用水路などがあってもおかしくないはずだ。ドリイはそう考えて昨日見つけた建物のあたりまで歩いた。


 集落跡は海岸へ向かう途中にあって、自分が踏みならした道からだいぶ離れていた。森の中は、いくら慣れていたとしても油断はできない。方位磁石すら手元にない今、頼れるのは右手に持っている包丁だけだった。刃物があればそこら中の幹に傷をつけて歩くことができる。振り返れば自分が通ってきた道がわかるのだ。


 ドリイは草むらの中に虫や蛇がいないかどうか注意深く観察してから、木々や草が鬱蒼と生い茂る森の中へ足を踏み入れた。包丁を振り回して邪魔な草を薙ぎ払うと、地面は思ったよりも平らなのがわかった。もともとはそれなりの道だったようだが、いまは見る影もない。


 日差しが強くなってきた。ヤシの葉の間から眩しい陽光が降り注いだ。


「あ……ヤシの実がある……」ドリイは思わず口に出して言った。ヤシの実が取れれば喉をうるおせる。狙わない理由がないと思ったのだ。彼女は、辺りを見渡し、右手に持っている包丁で切り倒せる木がないかどうか探した。すると、銛のように細長い一本の木を見つけるのだった。ドリイは力いっぱい幹に何度も包丁を振り下ろして、その細い木を切り倒した。いいや、切り倒したというよりかは、ある程度幹を金属で殴って、そのあと体重で押し倒したのだ。錆びた包丁の切れ味はそれほど良くはなかったので、刃が奥へ入っていかなかった。切り倒したころには、手の感覚がなくなって、しびれてしまっていた。木には、大きめの丸い葉に、ハマボウのような黄色い花がついていた。包丁で枝を切り落とし、一本の長い棒を作ると、背の低いところにある青いヤシの実を叩き落とした。


 ヤシの実はどすんと音をたてて地面に落ちた。彼女はそれを拾い上げ、横に置きなおし、枝がついているところよりも数センチ下のあたりに包丁を振り下ろした。実の皮が剥がれて白い部分が見えると、今度は縦に置いて、包丁の先で平らになった白い部分を慣れた手つきで切り取った。包丁を差し込んだときに、切れ目から汁が零れ落ちるほどヤシの実の中にはたくさんのジュースが入っていた。


 ドリイはヤシの実に口をつけて、ごくごくとジュースを飲み干した。中身がなくなると包丁で内側についた白い部分を掘ってなくなるまで食べた。ヤシの実を食べ終わった彼女は、森に入った目的がなんだったのか思い出し、殻を投げ捨てて先へと進むのだった。


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