再利用
マスターキーを手に入れたドリイは、階段を地下五十階から一階まで登って、施設の外へと向かった。両側に扉がいくつもあって、一番奥に大きな両開きの扉が開いていた。襲い掛かってくる看守はもうおらず、最後には扉という扉が解放され、外へと誘導されたのであった。施設の連中でドリイを抑え込もうと考える者はもういない。ドリイは、扉が全部開いた施設はとても奇妙に感じ、何かの罠ではないかと疑ってもみたが、結局、なにもおこらなかった。
大きな扉を通り過ぎて施設を出た彼女は、まっすぐ地底の街へと向かった。コンクリートの街は静まり返っていた。ところどころ、廃墟と化した建物の中から視線を感じる。皆、ドリイが怖くて隠れているようだった。
そんな街の様子を眺めた彼女は、いままで自分を苦しめていたものが、こんなにもたやすく壊せるのかと思うと、失笑せずにはいられなかった。自分が右手を上げてみせると、コンクリートの建物から恐怖でおののく悲鳴が聞こえる。そして悲鳴を上げたアンドロイドが建物の中から窓を突き破って飛び出し、ドリイの目の前に倒れ込んだ。逃げようとするが足が棒のようになってしまい、動かせない。金属製の腕をアスファルトの地面にこすりながら、彼女から離れようとした。ドリイはそんなアンドロイドをじっと眺めながら不思議そうに言った。
「なんで怖がる必要があるの? あなたはもう人間じゃないのに」
「た、たすけて……」アンドロイドは地面を這って逃げる。
「そうじゃないわ。ちゃんと裏切り者って言わないといけないのよ」ドリイはアンドロイドの脚を捕まえて、自分の側へ引きずり戻した。
「う、うらぎり……もの……」
「そう! わたしは裏切り者! 裏切り者なのよ! だからもう全部ぶっ壊してやるの!」ドリイはお腹を抑え、笑ったかと思うと、急に止めて、言った。「あなたもね……」
そう言われた瞬間、どういう訳か、アンドロイドは自分で体のパーツを分解しはじめるのだった。部品が外れるたびに悲鳴をあげるが、誰も助けに来てくれない。周りから見ると、彼の意思で部品を取り外しているようにしか見えない。彼は重要な配線をいくつか引き抜いてしまい、喋れなくなってしまった。
「あ……はっ……か……か……」アンドロイドは喋ろうとしたが、何も言えなかった。
「大丈夫よ……安心して。あなたの代わりは他のアンドロイドがやるんだから……あなたがいなくても地底は成り立つ……ね? そうでしょ?」
胴体と右腕だけになったアンドロイドはぐったりして動かなくなった。ドリイが蹴り飛ばすと、ドラム缶のように転がりながら地面に小さな部品をまき散らし、壁にぶつかると動かなくなった。
ドリイが去ると、アンドロイドはブルドーザーのような形をした清掃員に回収され、施設へと送られた。まだすこしだけ意識があった彼は、きっと助けてもらえるのだと思って安心しきっていた。
《俺の代わりがいくらでもいるだって?……そんなことあるはずがない。俺は信用計数局の局長だぞ……俺が居なくなったら、信用計数の承認作業は誰がやるんだ》
清掃員は地面に削られていくアンドロイドを押しながら、施設の入り口の脇を通り過ぎ、ダストボックスの中に放り投げた。アンドロイドはさらに粉々になりながら下へ下へと落ちていった。角度が緩やかになってきたとき、胴体から一本だけ生えている右腕が壁に当たって、胴体が空中で回転しはじめた。そして、彼は硬いコンクリートの地面に体を打ち付けた。仰向けになると自分が落ちてきた通路にいくつか光の穴が見えた。あれはなんだろうか、と思った瞬間、彼は落ちてきた鉄くずやプラスチック、紙くずなどに埋もれていくのだった。
《大丈夫だ。ここは俺みたいなアンドロイドを一時的に保管しておく場所に決まっている。そうだよな。一日のうち何人も故障したりするんだからまとめて処理するんだろう。この俺が見捨てられるなんて、そんなわけないじゃないか……》
それから彼はそこで丸一日過ごすことになった。部屋がガタンッと揺れたとき、アンドロイドは、やっとこの退屈な場所とおさらばできると喜んだのもつかの間、両側の壁がゆっくりと迫ってきてアンドロイドはぺしゃんこにされてしまった。そのあとは小さくきざまれて、K2‐43D5‐9K38‐BB43という番号を採番され、またダクトを通って、ある部屋の中に落ちた。大きな扉が開くと、そこには自分より数十倍も体の大きい子供が自分を掴んで棚まで運んだ。
《いいや……そうじゃない。子供が大きいんじゃなくて、俺が小さいんだ……いったいどういうことだ》そしてアンドロイドは気がついた。《そうか……子供の頃に運んでいたものが何かわかった。……たしかこのあとは……新しい部品が……できて……それで……》
数時間後、彼は丸い形状をした鉄の塊となった。それからまたダクトに運ばれ、落ちていった。たどり着いた先は広々とした執務室で、自分と同じような鉄球たちが、机の上でコロコロと回転させられていた。彼はテーブルの上に乗せられた。物凄い勢いで回転がはじまった。だんだん考えることができなくなっていった。そして彼は意識を失った。