監視室
「ホウコク トウボウシャ ヒジョウ カイダン ニ トウタツ」
施設内のカメラは、ドリイを追跡していた。コンソールを確認しながら指示を出している看守長は、下っ端からの報告を受け、対応に当たっていた。
監視室は机と椅子が三つの島に別れ、それぞれの島に八名ずつの、計二十四名が常にカメラで施設を監視していた。看守長は、それがちょうど川の字に見える位置で、二十四時間三百六十五日、監視する看守たちを監視しているのであった。
彼女がいったいどうしたのか、説明できるものは看守の中には一人としていなかった。なにより優先すべきことは、怪物と化した彼女を施設の外に出さないようにすることであった。すでに右手のマイクロチップを介した、緊急停止コマンドは発行されており、通常であればその場でしゃがみ込んで、微動だにしなくなるはずであったが、原因不明の障害のためか、効果はないようである。
看守長は迅速な事態の収束のため、より強力な治安隊へ連絡を行った。サービスデスクへと回線を繋ぐと、治安部隊――通称、スモールビーンズ部隊の通信係が出た。
「カンシュチョウ ゴヨウケン ハ?」
「トウボウシャ トウボウシャ シキュウ タイオウ ネガウ」
「トウボウシャ ノ データ ハ?」
「イマ オクル……ピピピ……ピピピ……ガガガガガガガガ……」
「データ ジュシンチュウ データ ジュシンチュウ エ、エ、ブブブブブブブ……」
「ソウイウ コトダ」
「ナニガ ソウイウ コト ダ」
「ダカラ ソウイウ コト ダ」
「ワカッタ ソウイウ コトカ」
「ツウシン シュウリョウ」
――ブツンッ……。回線が切れた。
しばらくすると、治安部隊から、もうすぐ逃亡者と遭遇するとの報告が入った。すでに彼女がいる階層の出入口は閉鎖されており、まさに袋のネズミ。捕まるのも時間の問題だった。看守長は、もう彼女が捕まったものとして始末書を準備しはじめ、彼女にどのような罰を与えるべきかを考えていた。この仕事は他の監視業務と違って、創造性が求められるため、看守長にとっての生きがいとなっていた。
看守長がまず考えた罰が、密閉された部屋に水が一滴ずつ落ちてくる部屋に数か月閉じ込めるというものだった。ポツン、ポツンという音が、適度に収容者へ苦痛を与える上、効率的に思考力を奪うことができるのだ。お次は、学習装置の出番だ。通常、学習装置にはさまざまな学習カリキュラムがインストールされており、学習対象者の脳へ〈正しい〉知識を詰め込むのだが、これらの中身をすべて『オミネス・マム』に書き換えるのである。このカリキュラムを受けた者は、しばらくの間、『オミネス・マム』しか言えなくなる。眠りから覚めて、眠りにつくまで『オミネス・マム』。それと、寝言も『オミネス・マム』である。
「カンシュチョウ! シキュウ! シキュウ……ザザ、ザー――ブチンッ」回線はスモールビーンズ部隊の通信係からだった。
「カンシュチョウ カラ スモールビーンズ ノイズ ガ ヒドイ クリカエス カンシュチョウ カラ スモールビーンズ ノイズ ガ ヒドイ」
「カ……ザザ、ザー……オウエン……――ババババババババ――ブチンッ」
いったい向こうで何か起きているのかを確かめるため、看守長は、部隊がいるあたりの監視カメラへチャンネルを接続した。
「オカシイ ダレモ イナイ」
――バチン。看守室の照明が消えた。
看守長は急いで部隊の通信係に連絡を試みた。しかし、いくら待っても通信係は出なかった。任務中の部隊に通信係以外と直接連絡をとることは禁じられていたが、やむ負えず看守長は、スモールビーンズ部隊の隊長へ連絡をとることにした。回線がつながった。
「タイチョウ ニンムチュウ シツレイ ドコニ モ タイイン ガ」
「あなたはだあれ?」
聞き覚えのない声がした。看守長は回線を間違えるはずはない、と思いつつも、チャンネルを確認した。間違っていない。ではこの声が隊長の声?……そんなはずはないと看守長は混乱していた。
「カンシュチョウ ダ」看守長は答えた。「オマエ コソ ダレダ」
「わたし? わたしはドリイ」
「ドリイ? トウボウシャ カ…… ナゼ オマエ ガ デル」
「あなたがかけたんじゃない」
「ソンナ ハズハ ナイ」
「あら、そう?……」
「……ソチラ ニ スモールビーンズ ブタイ ガ イッタ。 モウ ニゲバ ハ ナイ トビラ モ ゼンブ アカナイ」
「扉? 簡単に開いたよ?」
「ナンダト…… ナゼダ……」看守長は彼女の言っている意味が理解できなかった。「マア ドチラ ニ シロ セイソウイン ノ カード キー デモ ナケレ バ シセツ ハ デレナイ ザンネン ダッタ ナ」
「清掃員さんがもってるやつ?」
「ソウダ」
――ブチン。看守長は回線を切断した。
きっと通信設備で障害が起きているのかもしれないと思った。妙な胸騒ぎを感じつつも、看守長はいつも通りの作業に戻ろうとした。そのとき、執務室の床にオイルが零れているのを発見した。このままでは床にシミができてしまう、と思い、看守長は清掃員に連絡した。
「オイソガシイ トコロ シツレイ ユカ ニ オイル ガ」
「あら、もしかしてまた看守長さん?」
「オマエ ハ ダレダ」
「わたし? わたしはドリイ」
「ドリイ? トウボウシャ カ…… ナゼ オマエ ガ デル」
「あなたがかけたんじゃない」
「ソンナ ハズハ ナイ」
「もう、頑固さんね。あ、そうだ。清掃員さんの鍵じゃあ開かない扉があるみたいなんだけど? なにか知ってる?」
「ソレハ キット マスターキー ガ ヒツヨウダ ザンネン ダッタナ ソレハ ワタシ ノ カギ ジャナイト アカナイ」
「そう……じゃあ、いまからそっちに行くね」
――ブチン。看守長は回線を切断した。
「ねぇ、ちょっと……まだ話は終わってないよ?」
回線はたしかに切断されていた。なのに声が聞こえる。
――バチン。看守室の照明が復旧した。
目の前にはドリイが立っていた。彼女の手には、へし折られた隊長と清掃員のアンテナが握られていた。
「マスターキー。もらうね」ドリイは目をギラギラさせて笑っていた。