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ドリイと楽園  作者: よた
第四章 自己の喪失
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記憶


 暗闇の中。彼は考えごとをせずにはいられなかった。


《まず、あの鏡。僕はあのとき混乱してたから、見間違えたのかもしれない。もしくは実は鏡のほうに仕掛けがあって、ドリイの姿を映しただけだろう。つぎに、あのゾンビ。あれは自分の姿に似せたロボットか何かであろう……そうに違いない》


 彼はまた深い眠りに落ちた。今度は暗い森の中だった。鬱蒼と生い茂る木々や草むらの中を裸足で走っていた。なぜ走らなければならないのか、そんなことを考えることもできないくらい、心臓が激しく鼓動していた。なぜか涙が止まらなかった。恐怖。それだけが心を支配していた。木の根や小石があたって足の裏が痛くても、血がどんなに出ていようとも、関係なかった。


 背後から子供のような声が、いくつも聞こえた。散らばって追いかけてきているというより、おなじ場所で集団行動をしているといった感じだった。


「逃げても無駄」「すぐに追いつく」「食べよう」「食べちゃおう」「おいしいよ」「きっと」「おいしい子供だ」「さっきのまずかった」「そのあとのもまずかった」「でも、こんどは大丈夫」「お腹すいた」「早く食おうよ」「弱ってからにしよう」「いや、いまにしようか」「どうせ逃げられない」「そう、どうせどこにもいけない」


 いったい何人に追いかけられているのだろうと後ろを振り返ってみた。すると後ろから追いかけてきている声の正体が分かった。声の正体は、地底に落ちる前に出くわしたあの気味の悪い怪物だった。人間の体が粘土のように混ざり合い、それぞれの顔が、さまざまなことを言っていた。


 恐怖した彼は、怪物からできるだけ離れたかったが、ついに息切れしはじめ、歩けなくなるほど疲れ切ってしまった。すると怪物の体が粘土のようにちぎれて、彼を取り囲んだ。逃げ場はなかった。気を失いかけたとき、後ろで何かが引っかかった。慌てて振り返ると怪物の歯が見えた。


《はぁ、どうしてこんなことになっちゃったんだろう?》抵抗も虚しく、彼は怪物たちに引きずられていく。痛みを感じる間もなかった。意識が遠のく間、耳鳴りがし、視界の中で火花がパチパチと輝いたかと思うと、ぞわぞわと暗闇が覆いかぶさって、最後には溶けてなくなっていくのだった。その光は、もう二度と輝きを取り戻すことはないのであった。彼は暗闇の中、ただただ、『オミネス・マム』に許しを請うのであった。


《……なんだ、『オミネス・マム』って》


 彼のまぶたの裏をいくつもの光が通り過ぎた。走馬灯。誰かの記憶。


 次の瞬間、彼は…………いや彼女は、すべてを思い出した。


「そうだった……忘れてた。……ケイティ、マックス。二人は?……」ドリイは涙を流しながら目を覚ました。


 ――バチン。照明がついた。


 ――パチ……パチ……パチ……パチ……パチ。誰かがけだるそうに拍手している。


「いやー。すばらしい。やっと戻ってきましたね。ドリイ……」


「どういうこと……」


「ドリイ、君は自分のことをディランという架空の人物だと思い込んでいたんだよ」


「そうだったの……」


「あぁ、そうか。それなら病室のベッドで休むといい」男は手を叩いて、看守たちに言った。「拘束を解いてやりなさい、治療はおわりだ」


 看守たちがやってくると、ドリイは解放された。眼球すら動かせないほど厳重な拘束だったため、本当に石ころになってしまったのではないかと思えた。


「ありがとうございました」ドリイは部屋を去ろうとする男に言った。「拘束を解いてくれて……」


「礼には及ばないよ。……いいや、ちがう」胸騒ぎを感じた男は、振り返った。すると看守たちが天井の器具にぶら下がって停止しているのが見えた。彼女は消えていた。「し、しまった!」


「ふふふ……」男の耳元でドリイは囁いた。「おやすみなさい」


 背中にあったバッテリーが抜かれると、男は静かに地面へと倒れ込んだ。


 尋問室から廊下に出たドリイは、一人でゲラゲラと笑っていた。こんなに簡単に騙されてしまう機械に、自分はいままで恐怖していたのか、と思うと可笑しくてしかたなかったのだった。


 ドリイは手に持っていた男のバッテリーを灰色の廊下に思いっきり叩きつけた。潰れたバッテリーからは火花が飛び散って、液が漏れ出していた。


 しばらくすると、騒ぎを聞きつけた看守たちが廊下の奥からやってきた。捕まえるために電気ショックを与える鉄棒を伸ばしてやってくるが、彼女に近づく前に、電源がプツン……と切れて他の看守たちの行く先をふさいでしまうのだった。看守たちは、停止した同志たちをレールから外してコンクリートの床に放り投げ、次々と襲い掛かるが歯が立たない。


 ドリイは地面に落ちていた、電源の落ちていない看守をズルズルと引きずって出口を目指した。


「ねぇ、出口はどっち?」看守を持ち上げてドリイは言った。


「シ……シラナイ……シラナイ」


「嘘よ」ドリイは看守のアームを引きちぎった。引きちぎった瞬間、看守のスクリーンにノイズがはしった。「もう一度きくね。出口はどこ?」


 看守はブルブルと震えだしたが、結局、なにも答えなかった。その様子をじっと眺めながらドリイはもう一方のアームを引きちぎって、亀裂の入った胴体を引き裂いた。いくつも交差している配線が中から、適当に何本か引っこ抜いて、看守をコンクリートの床に打ち付けた。バリンッ、とガラスを割ったような音が鳴った。その音は、ドリイを更に興奮させた。楽しくもない。嬉しくもない。なのに、笑ってしまうのだ。お腹を抑えながら彼女はひたすら歩く。廊下には彼女の笑い声だけが響いていた。


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