尋問
うーらぎった うらぎった
うらぎり もーのが やってきた
いーつも いーつも みーている
オミネス マームは みーている
おまえの こーとも しっている
耳鳴りが酷い。《なんだろう、このおかしな歌は……》とディランはずっと考えていた。目隠しをされて部屋に連れてこられる間、この歌が大音量で流れていた。誰かが歌っているのではなくて、録音されたような声だった。
《……そうだ……ドリイはどうなったのだろう》彼は不意に思い出した。《あのロボットに部品を外されて、そのあと彼女はどうなってしまったのだろう》
心配で仕方がなかった彼は、体を動かしてみる。しかし椅子に拘束されているようで自由に動けないのであった。顔には照明が向けられており、眩しくて部屋の中がどうなっているのか、さっぱりわからなかった。
「目が覚めたか?」太い女の声が聞こえた。しかし顔は見えなかった。
「誰? 顔がよく見えないよ」ディランは目を凝らしてみたが、やはり何も見えなかった。
「質問はこちらからする。あなたに質問をする権利はない。あなたはただわたしの質問に答えればいい」
「えぇ……でも、ドリイは? ドリイはどうなったの?」
「質問はこちらからする。あなたに質問をする権利はない。あなたはただわたしの質問に答えればいい」女は同じ言葉を繰り返した。
「はい……」ディランはこのとき、話をしている相手が人間ではない、と思った。目を細めて暗闇の奥にかすかに見える影に目を凝らしたが、やはり相手の顔は見えなかった。
「よろしい。では質問をはじめる。貴様、マイクロチップはどうした? なぜ右手の甲についていない」
「マイクロチップ? なんのこと? そんなの見たことも、聞いたこともないよ」
「それは変だ。手の甲にマイクロチップをつけていない人間など存在しない」
「僕からしたら、マイクロチップを付けている人間の方が珍しいよ」
「余計なことを言うな」
「わかったよ。パパパパーン」
「余計なことを言うな」
「言ってないよ」ふてくされたようにディランは溜息をついた。
「嘘だ」
――バチン。照明が消えて真っ暗になった。
「ねぇ、消えちゃったよ! ねぇ、誰か! それと、もうちょっと柔らかい椅子ないの? これじゃあ痔になっちゃうよ!」しかし誰も彼の声には答えなかった。
沈黙がしばらく続き、暗闇が体を包み込んでいた。プロペラが回転しているような音だけが聞こえる。音はまったく反響せず、耳元で鳴っているようだった。空気の流れも感じられず、声を出してもまったく響かない。なにか特殊な仕掛けがされた部屋なのかもしれないとディランは飽きるまで奇声を発してみたりした。
いつしかプロペラの音も消え、ついに心臓と呼吸の音がうるさく感じられるほどになった。だいぶ疲れていたディランはいつの間にか深い眠りに落ちてしまうのだった。
海底に沈み、瑠璃色の空を眺めていた。日が昇るのか、はたまた沈むのか、どちらだろうか……鰯の群れが横切ると、彼はそれを目で追うのだった。視線の先には、珊瑚の山がいくつもあって、シャコ貝が大きく口を開けている。
ぼんやりと月の光が差していた。真っ白な月だった。位置からして、おそらく夜が明けているのだろう、と彼は思った。ふと、体が動かせることに気がついた彼は、海底を蹴って水面に上がってみた。あたりには大海原が広がっていて、ぷかぷかと浮かぶときに、ちゃぷん、ちゃぷん、と海水が体にあたる音だけが聞こえた。しばらくすると、日が一気に差し込んだ。
――バチン。照明がついた。
拘束されていたため、手で顔を覆うことができなかった。ディランは顔をゆがませ薄目を開けた。
「起きろ! 質問を続ける!」
聞こえた声は、男性の声だった。
「あれ?……さっきの女の人は?」
「余計なことを言うな」
「はい……」また照明を消されてはたまらぬと、ディランは素直に返事した。
「見たところ、貴様はマイクロチップをつけていない。つまり貴様は地底の人間ではないということだ。これは非常に重大なことだ。わかるかな、君?」
どうして彼は自分がマイクロチップをつけていないことをしっているのだろう、とディランは思った。彼はいつ自分の腕の甲を触って確かめたのか、自分が眠っている間に体を物色されたのかと思うと気味が悪かった。
「いいえ、わかりません」
「よろしい。では教えてやろう。いいか? 貴様という存在は、地底にあってはならないのだよ……なぜか? 地底こそが真の世界であり、それ以外は偽りの世界だからだ。地底以外に世界など存在しない」
「どういうこと?……地底があれば地上もあるでしょ?」
「いいや、ちがう」
「でも、僕は地底の外から来たんだよ?」
「いいや、ちがう。貴様は地底の外から来たのではない。地底にいながらにして、地底の人間ではないのだよ。では、貴様は動物なのだろうか?……いいや、それもちがう。なぜなら地底の動物はマイクロチップを埋め込まれているからだ。つまり貴様は動物以下の存在と言える。例えるなら――そうだねぇ」男は嘲笑まじりに言った。「石ころだ」
「ちがうよ! 僕は石ころなんかじゃない!」
「黙れ石ころ」
「笑うな!」
「おっと、この私に命令したな?」
「いや、ちょっと、待って! 今のはなしだよ!」
「駄目だ」
――バチン。照明が消えて真っ暗になった。
「そんな……」