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ドリイと楽園  作者: よた
第三章 地底の生活
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異変


「ただいま……」ドリイは扉をあけて部屋に入った。


「おかえりー」ディランは玄関から入ってすぐのソファーに寝転がっていたが、体を起こして彼女の顔を見た。彼は真っ白なワンピースにもう慣れたようで、脚をしたに垂らすときは揃えて下ろし、その際スカートがめくれない様に手でおさえるのだった。


「おとなしくしていた?」彼に顔を近づけたドリイは相変わらずの無表情だったが、口角だけ上げて無理やり笑顔を作ったようだった。


「うん……」彼女の無表情で口角だけを上げた顔を見てディランは反応に困ったが、きっと彼女は笑っているのだろう、と気がついて、同じように笑って見せるのだった。


「このソファーはどうしたの?」ドリイは首をかしげて聞いた。


「ソファーが欲しいなって思ってたら、ピンポーンって鳴ってね! 凄かったよ! 変なロボットが運んできたんだ!」ディランは目を輝かせて言った。


「そう……でも節約は心がけてね。タダじゃないのよ」


「そうなの……ごめんなさい」


「いいわ」


「でも、お金は? いつ払ったの?」


「お金? お金って何?」ドリイは首を傾げた。


「だって、いま『タダじゃない』って言ったから――違うの?」


「えぇ、タダじゃないわ。このソファーを買ったのはあなたでしょ?」


「え……ちがうよ。それにいま『買う』って……」


「ほしいって思ったのよね?」


「うん。それが?……」


「ねぇ、お腹すいた?」


「まぁ、そりゃあ……」


「私もよ」



 ――ピンポーン。



 ドリイが喋るとチャイムが鳴った。彼女は玄関へ向かい、扉を開けた。


「00DD テラ ショクジ ノ ジカンダ」ロボットがドリイに話しかけると、彼女は両手を前に置いて言った。


「二人分お願いできる?」


「ワカッタ フタリブン…… フタリブン……」


 ドリイは夕食が乗った金属トレーを受け取ると、いったんリビングに戻ってそれを置き、もう一度玄関にもどって、またトレーを受け取った。


「ありがとう」


「シッカリ タベテ オオク…… オオクキ…… オオキク ナレ」


「はーい」ドリイは扉を閉めるともう一つのお盆を運びながらテーブルについた。


「どういうこと……ドリイ……」ディランはなんとなく彼女が言った意味を理解するのだった。「僕が思ったからソファーが来たの」


「その通りよ。常識じゃないの」


「常識……ちょっと待って、頭が……いろいろ混乱しててさ――」ディランは頭を抱えた。


「いいから、早く食べましょ」


「うん、わかった、わかったよ……」


 ディランはソファーから立ち上がってドリイの向かい側に座った。夕食のメニューは緑色が橙色に変わっただけで昼とほとんど変わらなかった。キッチン側の椅子に座っている彼女は無表情のままじっとしているのを見ると、彼は目を閉じ、両手を合わせ祈りはじめた。


「ねぇ、ひとつ聞きたいことがあるのだけど」ドリイは言った。


「なに?」ディランは両手をほどいて目を開けた。


「それにはなんの意味があるの?」


「なにって……いろいろだよ」


「いろいろって?」


「えーっと……感謝するため……かな?」


「感謝? どうして? 今日は〈感謝の日〉じゃないわよ。今日は〈労働の日〉よ」


「感謝の日?」ディランは首を傾げた。「〈感謝祭〉はだいぶさきじゃないかな……それに〈労働者の日〉は過ぎたばかりだよ?」


「え?……」話が嚙み合っていない木がした二人は、同時に首を傾げた。


「途中で止めてごめんなさい……さぁ、続けて」


「うん……」


 両手を合わせたディランは目を閉じて、もう一度、心の中でお祈りをはじめた。一語一語、丁寧に、ゆっくりと祈りの言葉を続けた。自分がお祈りをしている間の彼女の様子が気になった彼は、目を開けて彼女のことを見た。すると、やはり彼女はじっとこちらを見ているだけであった。都会に住んでいる人は、田舎のようにいちいち手を合わせてから食事をする習慣がない人もいると父親から聞いたことはあったが、実際に見たのははじめてだったので、《ほんとうのことだったのか》と彼は驚いたが、《まぁ、そんなものか》とも思うのだった。


 ただ、ディランは妙に気になった。先程の感謝祭のことと言い、話がかみ合わないのは、なぜだろう?……と思ったのだ。そして、彼はひとつの答えにたどり着くのであった。それは彼女が、いわゆる宗教というものと、まったくかかわりのない生活をしている可能性がある、ということだった。もちろんそれだけで彼女が無神論者だと決めつけるのは安易な発想だったが、たとえどのような宗教――もしくは昔からの慣習であっても、食事をとるという行為そのものに多少の罪悪を感ずるべきだという、似たような教えがあるはずだ。


 しかし、彼女にそれはまったく感じられなかった。彼女は目をそらしたりすることも、鬱陶しそうに眉をひそめることもなかった。彼女はただ純粋に、なにかが通り過ぎていくのを待つように、終わるのを待っているのだった。彼女はお祈りが終わるのをじっと待っている…………待っているが、意味は分からないのだ。彼には必要なことなのだと認識はしているが、それが何かは分からないのである。


 もう一度、彼女が言った家族という言葉を思い浮かべた。宗教的なつながりのない家族とは、いったいどのようなものなのだろうか……この場合、個人の自由を制限してまで、得られるものとはいったいなんだろう、とディランは考えずにはいられなかった。そしてディランは、彼女の言う家族は、家族などではなく、ただの依存のことではないかと思えてならなかった。


「おまたせ」ディランはお祈りが終わると、じっと見つめてくる彼女に言った。「さ、たべよ」


「ねぇ? わたしもそれ、やってみていい?」


「え?……いいけど」


「いいけど? だめ?」


「どうぞ……」


 ドリイは目を閉じてディランのようにしばらく手を合わせた。そしてお祈りが終わると、ディランが言った。


「あのさ……さっきから気になってるんだけど」


「なに?」


「右腕…………どうしたの」


「これ?」ドリイは右腕を持ち上げた。「アップデートしたのよ」


「アップデート……何言ってるの……意味が分からない」


「あぁ、ごめんね。わたしね。これくらいの――」ドリイは机の上に両手を置くと弘を描くように両手を動かした。「ボールを転がす仕事をしてるんだけど、うまくいかなくってね。だから回転数をよくするために取り換えてみたの」


「取り換えてみたって……自分の腕だよ! どうして!」


「どうしたの? わたしなにかおかしいこと言った?」


「おかしいよ…………自分の腕だよ。親からもらった大切な腕だよ!」


「親?……親……」無表情な彼女は首を傾げた。「わからない……あなたの言っていることが……」


「ごめん……ごめん……でもさ……」ディランはなぜか泣きはじめた。「おかしいって……普通こわいよ。腕を失うなんて……きみは……きみは、怖くなかったの?」


「怖い?…………なにを言ってるの?……わたしは嬉しいのよ」ドリイに表情はなかった。「これでもっと幸せになれる。これはあなたのためでもあるのよ」


「嬉しい?……ぼくのため……」呆気にとられたディランは言葉を失った。


「さぁ、早くたべてしまいましょう」


 彼女がスプーンを手に取ると、ディランも無言のまま食べはじめるのだった。


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