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ドリイと楽園  作者: よた
第三章 地底の生活
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職場


 DDは職場のビルの前に到着した。円形の広場に、大きな長方形が立っていて、窓は一つもない。広場には、絵の具のチューブを模したような座りづらいベンチが等間隔で置かれていた。入り口はふたつ並ぶようにあって、なかは二重扉になっていた。二重扉の中は、もう片方の入り口と繋がった部屋になっており、どちらの入口からはいっても、たいした違いはなかった。


 ロビーに入るとまず正面に看守が立っていて、看守の後ろからふたつの大きな部屋に分かれていた。部屋は傷ひとつない硝子で仕切られ、向かって右側が奇数階、左側が偶数階へ向かうためのエレベータがあった。


 さらに、ロビーの脇にはテラたちがいつでもどこでも利用できる店――パラダイ・ストア――があった。DDは仕事場へ向かう前に必ずこの店に立ち寄る。そこで一番人気のカーファを購入するのが習慣だ。カーファとは疲労回復、精神安定など、アップデートされていない人間にとってたいへん良い作用が期待できる素晴らしい飲み物である。しかも、副作用はほとんどないため、毎日飲むことができる。


 店の前に立つと、同志が長いホースを持って立っていたので、DDは上を向いて口を開けるのだった。カーファが数滴舌の上に落ちると、普段はポーカーフェイスな彼女の顔が激しくゆがんだ。強い苦味が口の中に広がったのである。しかし、それでも彼女はカーファを飲まずにはいられない。カーファを飲まなかった場合、二十四時間以内に頭痛がはじまり、それが次にカーファを飲むまで続いてしまうためだ。DDはカーファを摂取し終わると、灰色の天井に埋め込まれた照明を眺めるのを止め、同志には声もかけずに奇数階のエレベータへと向かった。


 二平方メートル程度の広さのエレベータには同志たちがすし詰め状態になるまで押し込められた。DDはこのエレベータが嫌だった。なぜならば、皆の洋服は白くて薄っぺらな生地であったため、体同士がくっつくと、くっついた同志の体の輪郭までがはっきりとわかってしまうためだ。それに全員がカーファ愛飲者であったため、エレベータのドアが閉まると、そこら中にカーファの匂いが充満するのだった。カーファそのものの匂いというよりかは、体内から排出された息と混ざったような匂いが神経を刺激するのだ。


 そのため、ごくたまにエレベータの中で声を張り上げて発狂する者がいる。そうなった場合は、エレベータの通気口からソーマガスが流し込まれ、そのエレベータに乗っている全員にかかったストレスを、思考力を奪うことで軽減するのである。ソーマガスを吸った人間は、ぼんやりとして、しばらくなにも考えることができなくなる。その代わりに、涙を流すほど嬉しそうな顔をして、心は幸福感に満たされるのだ。


 扉が閉まると、エレベータは止まることなく、下へ下へと下がっていった。DDの職場は地下三十六階にあったため、しばらくのあいだ我慢しなければならなかった。目を瞑ってひたすら時が経つのを待ち続けて、ようやく扉の上にある液晶画面のカウンタの数字が三十を超えると、ブレーキがかかりはじめて、脚に強い負荷が掛かるのであった。


 地下三十六階に到着すると、エレベータの扉が開いた。同志たちが、延々と続く直線の廊下をぞろぞろと歩いて行った。左右には大きな硝子の扉があって、やはり重たい鉄の二重扉だった。


 DDは自分の仕事机がある執務室に到着すると、ドアノブに寄り掛かって、重たい鉄の扉を開けた。この扉はセキュリティの観点から友連れ(複数人が扉を閉めず、同時に出入りすること)を禁止しているため、さらにもう一度、彼女は、顔を真っ赤にして扉をあけて執務室に入らなければならなかった。


 執務室は非常に広く、向かい側の壁が薄っすらとしか見えなかった。DDの席は部屋にはいってすぐのところであった。一席ずつセパレートで区切られているため、仕事中に同志と話すことはできないが、開始の鐘が鳴るまでは雑談が許された。DDは鐘が鳴るまで自席の椅子の後ろに立って、同志たちの話をきいていた。


 同志たちの話の内容はどれもつまらないものばかりであった。たとえば、カロリーブロックを今日は六つもたいらげたとか、昨日は遅くまで働いてふらふらだが寝ていないだとか、遠回りして五千歩もあるいただとか、大体そんなようなことを毎日しゃべっているのである。


 またこの仕事場の上下関係は厳しく、目上の同志が言ったことはすべて正しいことであると受け止めなければならないのだ。もし意見があったとしても、それは目上の者に譲るのがここでは美徳とされている。ちなみに、ここでいう目上の同志とは、体をアップデートした同志のことである。そう呼ぶためには、少なくとも体の六割以上はアップデートされていなければならない。


 DDの席は一番端にあって、周りには、ZB、GR、TMという同志たちがいた。このなかで、ZBは脳みそ以外すべて機械といれかわっている。完全なアンドロイドの場合、ほとんど見た目に個性は感じられないのだが、ZBは違った。理由は、口をアップデートした際に誤って、さかさまに装着されてしまったため、上手く喋ることができないのだ。


 GRは下半身がなく、代わりにホバークラフトのような機会が装着されていた。ただ、前回ファームウェアを誤って自動アップデートしてしまい、不具合で浮くことができなくなってしまっていた。だから今は仕方なく手で歩いている。上半身の運動量が多くなったせいか、胸筋が異常に膨れ上がり、顔はげっそりと痩せてしまっていた。


 TMはご飯をたくさん食べられるように肝臓と胃袋が強化されている。とても神経質な性格をしており、特に、カロリーブロックの配給が一ミリグラムでも少なければ文句を言って量を調整させる徹底ぶりであった。


 ――キーンコーンカーンコーン……。昼休憩終了のチャイムがなった。


 DDや他の同志たちはいっせいに席につくと、目の前のスクリーンを見て、くぼみにはまったツルツルのボールを手で撫でるように転がすのだった。今日のDDの目標はボールを二万回まわすことだった。午前中に一万五千回はまわしておいたので、定時のチャイムには十分に間に合いそうだった。


 仕事が終わったのはだいぶ遅い時間だった。几帳面なTMがボールの回転角度が良くないと指摘してきたのだ。おかげで午前中に稼いだ回転数はすべて無駄になってしまい、はじめからもう一度、二万回ボールを回したのだった。


 仕事が終わり、建物を出たドリイはしばらく立ち止まり、留守番をしている彼のことを思い出した。


《そういえば、彼はわたしのことをドリイと呼んでいたっけ……》


 DDは、ドリイと呼ばれると不思議な気分になった。悪い気はせず、どちらかと言えば良い気持だった。だから彼女は彼の前では、ドリイでいようと思うのだった。


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