食事
ワンピースを着たディランがリビングに戻ると、ドリイは傷口を見せるように言った。彼が恥ずかしそうに椅子に座ると、彼女がなにやら小さな木箱をもってきて、蓋をあけた。なかには軟膏が入った瓶、ガーゼ、包帯などがあり、どれもディランには高価そうな医療品に見えた。ドリイは小瓶に入った軟膏をガーゼにとった。擦りむいた膝に軽く押し当てると、包帯を巻いて小さな金具で取れないように止めるのであった。
「ありがとう」ディランが手当をしてくれた彼女に礼を言うと、彼女は彼の顔を見て微笑するのだった。
――ピンポーン。
そのとき、部屋の中に変な音が響いた。いったい何だろうかとディランが、音の響いた天井を見上げていると、ドリイが玄関に近づいて扉を開けた。
「00DD テラ ショクジ ノ ジカンダ」なにかがドリイに話しかけると、彼女は両手を前に置いて言った。
「二人分お願いできる?」
「ワカッタ フタリブン…… フタリブン……」
「ありがとう」ドリイは二人分の金属トレーを器用に受け取った。
「シッカリ タベテ オオク…… オオクキ…… オオキク ナレ」
「はーい」ドリイは扉が閉まると、二人分のトレーをテーブルに置いて、椅子に座った。
テーブルに置かれた金属トレーの中身を、ディランは眺めた。まず目を引いたのがオートミールのようだがオートミールではないドロドロの固まりだった。恐る恐る手のひらを振って匂いを鼻に近づけてみると、魚や貝を小さく刻んで煮込んだような匂いがした。お次に、緑色の粘土と長方形のレンガを見た。これは見当もつかなかったが、おそらく食べ物でできているらしかった。そして、小さなカプセル……。
《君は謎の物体Xと名付けよう……というか、これって食べ物なの?……》
彼が手を付けられそうなものは、隅に置かれた小さなコップに入った水だけだった。
「なに?……これ……」
「ご飯よ」
「こ、これ……食べるの?」
「そうよ……どうしたの?」
「僕はちょっと……」
「だめよ、好き嫌いは」
「でも…………たとえばさ、これってなにでできてるの?」ディランは長方形のレンガを指さして言った。
「さぁ、知らないわ」ドリイは首を横に振った。「食べ物よ」
「じゃあ、この緑色のは?」
「食べ物」
「このドロドロのやつ……」
「食べ物」
「こ、これ……」
「食べ物」
「この入れ物みたいのに、なにが入ってるの?」
「知らないわ」
「そうなんだ……」
これ以上聞いても無駄であることを悟った彼は覚悟を決めた。それに、こんなものでもタダではないのだろうと思ったのだ。自分は遭難してこの島に流れ着いた分際であり、好き嫌いを言っている場合ではない。食事にありつけるだけでも幸福なのだと、自分に言い聞かせるのだった。
ディランは目を瞑り、両手を合わせて食前のお祈りをはじめた。そのあいだ、ドリイは不思議そうに、ぼんやりとその様子を眺めているのだった。
はじめに彼が手に取ったのは長方形のレンガだった。これなら母親が焼いてくれるクッキーにも見えなくもなかったからだ。違うのは丸ではなく四角いことと、あきらかに愛情がこもっていないことだった。せめてチョコレートがかかっていればよかったのだが、そんな贅沢は許されなかった。彼はレンガを半分に折ってみて、中身に何か入っていないか確認した。
《なにも入ってない……っていうか中身もレンガみたいだ……》
そうこうしている間、目の前のドリイは味わう様子もなく、無表情でぼりぼりと音を立ててレンガを食べていた。彼女はディランのことを飽きもせずじっと見つめているのだった。
ディランはやっとレンガを口の中にいれた。歯でかんでみるとレンガは音を立てて崩れてゆき、口の中でほんのりと甘く溶けていった。
《うん……まずくはない。小麦とバター、あと砂糖……》
次に彼が手を付けたのは、緑色の粘土だった。粘土からは湯気があがっていた。トレーに乗っていたスプーンで突っつくと、砂で作った城のように、簡単に崩れてしまった。そのあと、すくって匂いを嗅いだ。匂いは芋や豆に近いものだった。これなら食べられそうだと、ディランは口へと運ぶのだった。
「うげっ……空豆が入ってる。苦手なんだよな……」
「好き嫌いはだめよ」表情がこわばった彼の表情を見て、ドリイは言った。
「えぇ……でも……」
「だめ」冷たく厳しい声でドリイは言った。
「はい……」ディランはスプーンに乗った緑色の物体をじっと見つめ、食べるのであった。しかし、ひとくち目で相当おいしくないのがわかっていたので、隣にあった貝と魚でできたドロドロの固まりと混ぜて、食べるのだった。このおかげで、貝と魚の味がうまく空豆の風味をかき消した。
「おいしい?」
「うん……」
「よかったわ」ドリイは無表情で言った。
そして、最後に残ったのは謎の物体Xであった。ディランは中指と親指でそれをつまむと、口に運び、奥歯でかんだ。すると、物凄く苦い粉が口の中に広がった。
「ぐぅ……苦い……」
「それは水で飲むのよ。ほら、こうやって――」ドリイは手のひらに乗せた物体Xを口の中にいれると、コップを手に取って、水と一緒に飲み込んだ。
「おいしいの?」
「わからないわ」
「だよね」
結局、ディランはトレーの上にある得体の知れない食べ物をたいらげた。お腹が空いていたこともあり、トレーの上にあった食べ物はすぐになくなった。