洞窟
魚は油がたっぷりとのっており、焼いている間、その油がなんども焚き火へしたたり落ちた。湯気が天高くのぼると、魚の皮がだんだん乾燥していき、目玉も白く変色していった。香りがたちはじめると、ディランのおなかも音を立て始めた。思えば、昨日の昼からほとんどなにもたべていない。本当によく自分はこんなところへこれたものだと、これまでのことを振り返り、ディランは自分を褒めてやりたい気持ちになった。
魚を焼いている間、終始無言の時間が続いた。魚が焼けていくのをあきもせず、じっと見つめているドリイを見て、ディランは考えた。
《彼女は一体どうしてこんなところで野宿なんてしているのだろう?》
魚が焼けた。魚を突き刺した手頃な枝を地面から外して、ディランはドリイに渡した。
「ドリイ。熱いから気をつけてね」
「うん」ドリイは串にささった魚を受け取って、前歯だけ魚の腹に押し当ててみた。「あつ!」ドリイは驚いて思わず声をだした。
「ほら、もう言わんこっちゃない。大丈夫? やけどしてない?」ディランは心配そうになってドリイに聞いた。
「うん。大丈夫」
「はぁー。ちゃんと冷ましてね」
「わかった」
ディランも魚を手に取った。魚は油がたっぷりとのっており、もし今ここに塩があったらどんなによかっただろうかと想像してしまった。溜息をこぼしたあと彼は目を瞑り、食前のお祈りをはじめるのだった。このとき、ドリイは、彼がお祈りをしているのを、不思議そうに眺めているのだった。そして彼は、魚にかぶりついた。
「あっつ!」
「大丈夫?」ドリイが言った。
「うん」
「ちゃんと冷ましてね」
「わかったよ」ディランは答えたあと、ドリイにすこしだけ気になったことを聞いてみた。「ねぇ、ドリイはどうやってこの火をつけたの?」
「こすった」
「どれくらい?」
「丸一日」
「すごいね……」
「嘘よ」
「え……」
「昨日、天井がショートしだでしょ?」
「天井? ショート?……あぁ、雷のことね」独特な表現をする彼女にディランは驚いた。
「そしたら落ちてきたの」
「なるほど……雷で火をつけられたんだ……強運だね」
魚を食べ終わった後、ディランは、ドリイにどうしてここにいるのかを聞いた。すると彼女は隠すこともせず、答えてくれた。やはり、彼女は生贄の子供であった。ディランは思った。このままここにいて、誰かが助けに来るのをまっているよりも、地底に住んでいる人たちのところへ行くほうが良いと。島を出るための装備や帰り道の情報を手に入れることができれば、それにこしたことはないわけだ。
「僕、地底の人たちにあってこようかな」ディランは唐突に言った。
「行っちゃだめ!」ドリイは急に大きな声を出した。
「え だって……」
「どうしてもというなら、行き方は教えてあげられる」ドリイは考え込んでから言った。
「案内してくれるの?」
「うん。入り口まで……でも、それより先は危ない」
「ドリイ。ずいぶんとこの餓鬼が気に入ったようだな?」狼はドリイに言った。
「うん」ドリイはうなずいた。
「そうか、分かった」狼はドリイの表情を見て、なにかを確信したようであった。「それじゃ、俺も手伝ってやろうか? 借りがあるしな」
「本当に? それはとっても心強いよ。あ、でも、できるかぎりでいいからね。怪我が悪化しちゃまずいから」
「あぁ、そのつもりだ。それに、俺は洞窟のなかに入れないから、そこでなにかが起きても俺は助けられん。だから、そういうときは、外に逃げてくるんだ。そしたら助けてやろう。わかったか?」
「うん。わかったけど、入れないっていうのは?」ディランは首をかしげた。
「ま、見ればわかるさ。ついてこい」狼は鼻で行き先を示し、先に歩きだした。
「そうなんだ。わかったよ」
「ところで……」
「なんだ?」
「名前なんて言うの?」
「パオだ」
「パオ? 意外と可愛い名前だね」ディランは微笑んで言った。
「おまえ、本当に食われたいようだな……」パオはディランを睨み付けた。
「あ、嘘です! かっこいいと思います!」
「よし、それでいい」
ディランたちは腹を満たした後、地底の街へと続く洞窟を偵察しにいくことにした。洞窟はドリイのテントから数百メートル離れた岩場にひっそりとあった。洞窟は下に向かって伸びており、入り口の大きさは子供一人がやっと入れるぐらいの大きさで、岩肌は真っ黒でざらざらとしていた。
「なるほど……これじゃ、パオは入れないね」苦笑いのディラン。
「どれ、一応ためしてみよう」パオは洞窟の穴に顔を突っ込んだ。
「抜けなくなっちゃうよ!」驚いたようにディランはいって、パオを止めようとした。
「大丈夫だ。心配するな」
パオは本能に逆らうことができず、尻尾を楽しそうに振りながら、自分の頭をグイグイと洞窟の中に押し込んだ。しかし、すぐに動きが止まった。
「パオ……もしかして……」ディランは心配そうに言った。
「だ、大丈夫だ。なんのこれしき……」パオは、ちからいっぱい頭を引いたがびくともしない。「ぬぅ……」
「手伝おうか?」
「頼む……」パオの尻尾が下がった。
ディランはドリイと一緒にパオの肩の辺りをもって引っ張ってみるのだった。すると、すっぽりと洞窟から頭が抜けて、ディランとドリイは地面に尻餅をついた。
「こんどは僕が覗いてみるね」
「気をつけて」ドリイは言った。
「大丈夫だよ」ディランは身をかがめて、穴の中に左脚を先に入れた。次に、なかに十分な広さがあることを確認してからもう一方の足をなかにいれ、かがむようにして洞窟のなかにはいった。洞窟のなかは真っ暗であったが、外からの日差しで、多少、視界があった。洞窟は奥へ進むにつれて広くなっているようである。
「大丈夫、なかは結構広いね!」ディランは洞窟の外にむかって喋った。
「あぶないからすぐに帰ってきてね」ドリイは言った。
「あぶない?」
暗い洞窟の中から、なにかがうごめくような音が聞こえた。もしかしたらここは、野生動物や怪物の住処になっているかもしれないとディランは考えた。長居しないほうが良いと感じ、彼はすぐに洞窟を出ることにした。
洞窟を出ようとしたとき、出口の脇に小さな長方形の看板が二枚落ちていた。
そこにはこう書かれていた。
――ようこそ、楽園へ
そして、
――『オミネス・マム』はすべてを知っている。
「よいしょっと」ディランは洞窟から出てきて、立ち上がった。「いやー。なかは真っ暗だったよ。入るならちゃんと準備しないとだめそうだね。それにしても、本当にこんなところに人が住んでるの?」
「うん。住んでる。かなり前から」ドリイが言った。
「前って、どれくらい?」
「数百年……? いや、もっとかも……わからない」
「えぇ! じゃあ、一生外に出ないで過ごす人もいるってこと?」
「うん。私もそれが普通だと思ってた」
ディランは驚いて、くちをあんぐりとあけたまま固まっていた。でも、よく考えてみれば、自分があたりまえだと信じていることも、人によっては、こういった不可解なものに見えるのかもしれないと思うのだった。
「今日のところは戻ろうか」ディランは言った。「この穴に入るにはやっぱり装備がちゃんとしてないと駄目だよ」
「うん、わかった」
「まずは、松明だろ、長いロープと食料も三日間いや、もっとかな……」ディランは指を折りながら必要なものを数えていた。
ドリイはそんなディランを見て、非常に心強く感じていたが、同時に心配だった。
テントに戻ると、ディラン達は焚き火の前に座り込んだ。