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五月五日 木曜日 (2)

 



 僕はさっきから頭がモヤモヤとしていました。パパの話は、何だかどこかで聞いたことのあるような内容だったからです。


「ひどいじゃないかっ……ひ、姫は、この僕と結婚するはずだったんだよ!? 幼い頃に『結婚しよう』って約束もしていたんだよ!? なのになぜ!?」


 王子様は突然ダイニングチェアから立ち上がると、うなだれるように頭を抱えていました。パパの話を聞き、ショックを受けたようです。『如月』という男に無理やり連れ去られたとばかり思い込んでいたようで、まさかママが自分から約束を捨てて、姿を消したなんて信じたくないようでした。


 ママも悲しそうな声で王子様に話しかけます。


「ごめんなさい。全て私が悪いの。パパのプロポーズを断ることだってできたはずなのに、それを選択しなかったのは私だから……」


 それを聞いて、僕のパパも謝りました。


「いや……僕が悪いんだ。結婚式当日だっていうのに、突然ママに求婚しちゃったから」


 お互いを庇おうとする姿を見て、王子様はムッとした表情になりました。さっきまでの愛嬌ある顔から一転して怖い目になって、僕のパパのことを睨みつけていたのです。

 それに気づいたママは、パパのそばへ行ってまた庇うように言いました。


「私はね、今も一番パパのことが好きなの。でもね、本当に自分勝手かもしれないけど、私は王子様とも出会えてよかったと思ってる。だって、『人見知りの国』にいた私がこんなに社交的な人物に変われたのは……優しい王子様と出会ったからなんですもの。王子様が、この引っ込み思案だった私をいつもそばで温かく見守ってくれたから、変われることができたのよ。それはとても感謝しているわ……。でもね、感謝はしているけれど、それは恋じゃなかった。そのことに気づいちゃったのよ。パパと最初に出逢ったときに……。私が本当に愛しているのは、パパだけなの……」


 ママは謝ってばかりいました。涙声で話していたのでときどき言葉が詰まります。


 すると、王子様は両手で耳を塞いでしまいました。これ以上ママの話を聞きたくなかったのかもしれません。苦しそうに顔を歪めています。そして何を思ったのか、王子様は突然、予想だにしない行動をとりました。自分の腰に差していた短剣を素早く抜いたかと思うと、その刃先をママとパパの方へ向けてきたのです。


「やめろっ!!」


 王子様を観察していた僕は、気づけば大声を上げていました。とても嫌な予感がしたのです。王子様の怖い顔を見て、大好きなママとパパが危険な目に遭うかもしれないと思ったのです。気づいたら僕は、短剣を手にする王子様の目の前へ両手を広げて飛び出していました。


 見上げるとすぐそこに王子様が立っていました。背の高い王子様は小さな僕のことを見下ろすと、迷惑そうに方眉を動かしました。そして躊躇いを見せることなく、王子様は短剣を高く振り上げたのです。背後で僕の名前を呼ぶパパの声と、悲鳴に似たようなママの声が聞こえてきます。


 その声を掻き消すように、王子様は短剣を持つ右手を勢いよく下ろしました。僕は咄嗟に目をつぶります。恐怖はあったけれど、大好きなママとパパを守れるのであれば後悔などありません。


 僕はただ硬直して立っているだけでしたが、数秒が経過しても特に何かが変わった感じはありませんでした。不思議に思って、ゆっくりと目を開けてみると、そこには王子様が先程と同じ表情で立っていました。けれど、一つだけ違う点がありました。それは短剣を握っていた王子様の右手が、力なく下ろされていたということです。


 王子様は感情をなくしてしまったような顔になっていました。そして、僕のことを再び見下ろしていました。


 僕の顔は、ママとパパの良いところを少しずつもらった顔立ちをしています。人形のような大きな目と透き通った色白の肌はママ譲りです。形の整った眉毛と赤い唇はパパ譲りです。


 王子様は何も言わず、ただこちら向いて立ち尽くしていました。


 そんなにじっと見つめられたら、僕はなんだか恥ずかしくなってきます。そのうち僕は王子様から目をそらして、居心地が悪いという感じで身体をモジモジと動かしました。誰かのことを観察するのは得意だけれど、自分の顔をまじまじと見られるのは苦手なんだとそのとき気づいたのです。


 そうしたら王子様は何を思ったのか、唇をギュッと固く結んで顔を横に向けました。近くにいた僕だけが見えていたけれど、その目には涙が浮かんでいて、それを隠すように王子様は顔を俯かせていました。


 そして王子様は、手にしていた短剣をそっと鞘にしまったのです。

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