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五月四日 水曜日 (1)

 



 五月四日 水曜日。


 今日は朝から雨が降り続いています。

 そして一日中、ママの機嫌がよくありませんでした。なぜなら昨日パパが早く帰ってくるはずだったのに、結局、仕事が終わって家に着いたのは夜遅くで、三人で外出することは中止になっていたからです。昨日の夜、パパは何度も頭を下げて必死に弁明していたようですが、腕を組んだママの表情は絵本に出てくる鬼の数倍も恐ろしく口をへの字にさせたまま何も返事をしなかったそうです。


 僕は、キッチンで包丁を使い野菜を刻んでいたママから目をそらして、急いで自分の部屋へと戻りました。昨日の続きから本を読みたいと思います。




 王子様は、地図を頼りに長老の家の前まで辿り着きました。

 長老の家は、森の奥深くにポツンと建てられていた地味なお家でした。人が一人か二人住めるくらいの小さなお家で、森の中から拾ってきたような木や葉っぱでできたその住処は壁の部分が隙間だらけで簡単に中を覗けそうです。


「はぁ~やっと着いたぞ」


 王子様は歩き疲れていました。お姫様を探しに自国を出発してからかなりの時間が経っていました。お姫様はまだ無事でしょうか。休憩もほどほどにただひたすら歩き続けていた王子様の足はパンパンにむくんでいました。


 王子様は早速、長老の家の出入り口から声をかけようと口を開きます。


 するとそのとき、王子様の背後で何かが動くような物音がしました。それに気づいた王子様はパッと振り返ります。するといきなり何者かが、木の棒のようなものを使って、王子様に襲いかかってくるところでした。


「!」


 突然のことに驚きながらも上手く相手の攻撃をかわした王子様は、よく目を凝らして襲ってきた者の正体を確かめようとします。するとそこには、見覚えのある顔の男が一人立っていました。


 その襲ってきた者は、先程丁寧に道案内してくれたはずの紳士風の男でした。そう、鼻の下に綺麗なカールのヒゲを生やしたあの男です。


 カールのヒゲは先程と同様ですが、その頭はうって変わってぼさぼさに伸びた白髪で、着ているものはボロボロの布切れを継ぎ合わせたようなもので何日も洗濯していないのか薄汚れていました。第一印象とは違い別人のように見えます。


「ワッハハ! 簡単に罠に引っかかりよって! さっき、お前が声をかけたカールしたヒゲの男は、変装したこのワシだったのだよ。ちょっと別件で詐欺を働いていたからちょうど変装していてな。その帰り道に、偶然王子様と出くわして、このひとけのない森の中へ誘いこめるなんて、ワシにもまだ運が残っておるのぅ~♪」


 どうやらこの森の奥深くに住んでいたのは、この詐欺師の男のようでした。この国で何でも言い当ててしまうという占い師のような長老ではなかったのです。つまり、丁寧に道案内をしてくれたはずのカールのヒゲの男が先程言っていたことは全くの嘘であり、占い師のようなすごい長老なんて最初からこの国に存在していなかったのです。


 詐欺師の男は、たまたま自分が紳士風に変装していたのをいいことに、王子様を罠にかけようと悪知恵を思いついていたようでした。つまり、何か金目になるものなら何でも盗んでやろうと思っていたようです。自分の住処があるこの森の奥深くへの道の地図を描き、詐欺師の男は上手く王子様をひとけのないところへ導きました。王子様はまんまとその罠にはまってしまったというわけです。


「ワッハハ! 全身の格好が白一色で、そんなヒラヒラがいっぱいついたものを着ていたら、名前を言わなくてもすぐにあの国の王子だとわかるわい。召使いもおらず王子様一人で出歩くなんて不用心じゃのぅ~。賢い王子様だと噂には聞いておったが……ウホッ。そうでもないのぅ~。オッホホ!」


 王子様は唖然としていました。自分が裏切られたことに気づきショックを受けたようです。


「じゃ、じゃあ、姫の居場所がわかるかもしれないと言ったのも嘘だったのか!?」


 王子様は慌てていました。姫の情報が何も掴めないのだとすれば、自分は何のためにこんな森の奥深くまで歩いてきたのかわかりません。王子様は眉間に皺を寄せ、詐欺師の男を睨みつけました。


「いやいやいや。なんと、それは本当なんだな。確かにワシが占い師だというのは真っ赤な嘘だが、お前の大好きな姫の居場所は知っておるぞ。なぜなら、その姫を連れて行った男とワシはちょっとした知り合いだからな!」


 その詐欺師は、どこか楽しそうに王子様の顔を見て答えていました。それを聞いて王子様は反論します。先程あんな嘘をつかれて、簡単にその男を信じられるわけがありません。


「信じられるかっ」


 王子様は心の声をそのまま言葉にして言いました。すると、詐欺師はある言葉を口に出します。それは王子様がずっと憎しみ、探し続けていた者の名前でした。


「『如月』という男が姫を連れて行ったんじゃろ?」


 詐欺師は自信満々の表情で、鼻の下に生やしたカールしたヒゲを親指と人差し指で優しく引っ張りながら言いました。王子様はそれを聞いて目を開きます。


『如月』は、王子様の愛しいお姫様を連れ去った顔も素性もわからない男の名です。そういえば王子様はこの国に来てからその名前を一度も口に出していないはずなのに、なぜかカールしたヒゲの男は知っていました。もしかすると、姫の居場所を知っているというのは本当のことなのかもしれません。王子様が話の続きを詳しく聞こうとすると、その男は遮るようにこう言いました。


「でもな、タダで姫の居場所を教えるってわけにはいかんのぅ。ワシはフェアを好む男だからな。ん~じゃあ、こうしよう。このワシと戦って、もしお前が勝ったら、姫の居場所を教えてやってもいいぞ。ただし、このワシが勝ったら、今ある金目のものは全てよこすんだ。いいな、わかったか? そのキラキラ光っている白ベルトの腕時計なんて最高じゃないか。王子が使っていた腕時計なんてすごい価値が出そうじゃのぅ~。売ったら一体いくらになるんじゃろぅ~? ウホホっ♪ じゃあ、勝負だ! かかってこい!」


 詐欺師の男は、先程不意に王子様を襲おうとしたことを忘れているのか、正々堂々と勝負しろと挑んできました。


 王子様は少し迷いました。いくら自分が相手より若くて身体が大きいとはいえ、今はとても疲れていたのです。お姫様を探し続けて体力はあまり残っていません。それでも、王子様はよろよろとした足どりで詐欺師の男と向き合いました。戦うことを決めたようです。相手も準備ができていたようです。詐欺師の男は右手に木の棒を持って、王子様と対峙しています。足どりがフラフラしていたのを見逃さなかったようです。詐欺師の男はフンッと鼻で笑うと余裕の表情を見せていました。


 王子様は心の中で気合を入れます。どんなに疲れていても、お姫様のことを想えば、不思議といくらでも力が湧いてくるのです。


「やぁー!!」


 王子様は力を振り絞りました。戦いは長引くかと思いましたが、勝敗は意外とあっさり決まります。


 カールしたヒゲの男が地面の上に倒れていました。王子様が勝ったのです。詐欺師の男は自分から戦いを挑んできましたが、何も武器を手に持とうとしなかった王子様よりも圧倒的に弱かったのです。


 なぜなら、その男には弱点があったからです。王子様もそれに気がついていたのでしょう。


 王子様は、その詐欺師の男の身体を『コチョッ』と一回くすぐっていたのです。少し出っ張ったそのお腹にたった一回触っただけで、相手はいとも簡単にその場に倒れ転がっていたのでした。


「ヤメテ! ヤメテ! くすぐるなんて卑怯だぞ! はははっ♪ 降参する! 降参するからぁ~!」


 たった一度だけ身体をくすぐられた詐欺師は、思い切り笑いながら悔しそうに泣いていました。


 ひとまず王子様はピンチを切り抜けたようです。


「ひ、姫なら、ここから遠い遠い国に住んでいる『如月優輝』という男が連れて行ったようだよ。ワシは、如月とちょっと遠い親戚だから間違いない。如月本人から、あの『人見知りの国』の姫と結婚するのだと手紙が前に届いたからな。ほれ」


 詐欺師はそう言って、自分の服のポケットから一枚の便箋をとり出しました。クシャクシャにまるめられ油汚れのようなものが付着したその便箋には、確かに見覚えのある汚い字体で結婚を知らせる主旨のことが書かれてありました。


 手紙の差出人は『如月優輝』と記されており、結婚相手としてお姫様の名前も書かれていました。それを読んで王子様は再び悲しい気持ちになります。


 詐欺師の男はまだ身体のくすぐったさが残っているのかニコニコと笑いながら文句を呟いていました。


「身体をくすぐるなんてずるいぞ。この国に住む者の弱点なんだから」


 王子様はその言葉を聞きながら、考えていました。この詐欺師のことを完全に信用したわけではありませんが、もう一度だけこの男がくれた情報を信じてみることにしたようです。


 そして王子様は、その手紙をもとに『如月優輝』という男がいる国へ向かうことに決めたのでした。

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