五月三日 火曜日
五月三日 火曜日。
今日の天気は曇りのち晴れでした。雨もなく、風もなく、外へ出かけるにはちょうどいい天気だと思います。
だから僕は、自分の部屋で本を読みました。せっかくのゴールデンウィークなのにどこにも出かけようとしないので、ママは『あなたは本の虫ね』と笑っていました。まだ小学生の僕にはその意味がよくわからなかったので、曖昧に返事をしました。
本は昨日の続きです。
王子様はなんとかリスから逃げることに成功し、森を抜け出しました。ついた先は隣国でした。そこはお姫様の故郷です。この国にも来ればもしかしたら姫を連れ去った男の情報が何か得られるかもしれないと考え、王子様は一番最初に来ることにしたのです。
王子様は、お姫様を探しにまた歩き出します。
その国は長い長い一歩道がくねくねと続いており、人の気配がありませんでした。ところどころに民家は建ってありますが、歩いている人が少ないのです。そこは『人見知りの国』でした。その名の通り、人見知りの人が多く住んでいる場所のようです。たまに歩いている人を見かけて、王子様は声をかけますが、その国の者は逃げるようにして家の中へ隠れてしまいました。静かな風の音だけが王子様の耳に届いています。
王子様は歩きながら国の様子を窺ってみましたが、今のお姫様に関する情報がどこかにあるとは思えませんでした。困った王子様はどんどん道を進んでいくだけです。
それからずっと王子様は歩き続け、結局、色んな国を歩き回ることになりました。『お喋りの国』『難問クイズの国』『パイナップル食べ放題だけど物価が高い国』など、様々な国へ行き聞き込みをしましたが、残念なことにお姫様の情報は何一つ得られませんでした。
肉体的にも精神的にも王子様に限界が近づいていたとき、ついに一筋の光が差し込んできました。王子様が歩き続け行き着いたとある国で、お姫様に関する情報をついに聞くことができたのです。そこは、『くすぐられる国』でした。
王子様が行く方角も定めず道を進んでいたときに、遠くの方から一人の中年男性がゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが見えました。男性は平均身長よりもやや低めで、整髪料で黒髪が綺麗に整えられており、鼻の下にカールした立派なヒゲを生やしていました。
王子様は期待を込めてその男性に声をかけます。近くで見ると、その男性のヒゲは綺麗に両方向にカールされていて、着ている召し物から気品が漂っていることがわかりました。
「この写真に写っている姫を最近、見かけなかったか?」
王子様は自分のことを王子だと名乗らず、そのカールしたヒゲが印象的の男性に写真を見せて尋ねました。しかし写真を見た男性は口をへの字にさせて、カールしたヒゲを親指と人差し指で引っ張りながら首を傾げるだけです。お姫様の存在はどうやら知っていたようですが、自分の国の姫じゃないので顔と名前以外はよく知らなかったようです。
王子様は落胆し、その男性に礼を言ってまた歩き出そうとしましたが、そのとき、カールしたヒゲの男性が呼び止めました。
「あの~その姫を探しているのですか? だったら、長老のところに行くといいんじゃないかな。ここから東の方に住んでいる長老なら、もしかしたら、その姫の居場所がわかるかもしれない。なぜならその長老は昔から、この国で何でも言い当ててしまう占い師のような人で有名だからね」
カールしたヒゲの男性はたった今、妙案を思いついたかのように開いた両手をパンっと一回叩くと、王子様の目を真っ直ぐ見ていました。そして長老が暮らしているという家までの道筋の地図を、自分の持っていた紙とペンで丁寧に描いてくれたのです。
王子様はついにお姫様と会えるときが近づいているような気がしました。笑顔で男性に礼を言い、王子様は早速その地図を頼りに長老のもとへ向かうことに決めました。
僕が本を読んでいると、突然部屋に入ってきたママが言いました。
「あなた本ばかり読んでいないで、外へ遊びに行きましょう。ほら、もうすぐパパも仕事から帰ってくるし、夜ご飯はレストランかどこかで食べましょうか。だからほら、出かける準備してね」
ママは優しく微笑むと、鼻歌混じりに部屋を出ていきました。
僕のパパはゴールデンウィークでも働いています。忙しいのか、ここ数日間はいつも深夜に家に帰ってきます。でも、今日は早く仕事が終わるようで暗くなる前には家に着けそうだという連絡がママのところにきたようです。
僕は本を閉じて、お気に入りのチェック柄のシャツに着替えました。リビングへ行くと、ママもよそ行きの清楚なワンピース姿でした。
パパとママと三人で外へお出かけする予定ができたのは久しぶりのことです。僕はこれを機に、前々から欲しいと思っていたおもちゃを買ってもらおうと心の中で考えていました。けれど、そのときママから「今日はおもちゃは買わないからね」と先に注意されてしまいました。僕は開きかけていた口を静かに閉じて、ママの顔を見上げながら大人しく頷きました。
でもどうしてママは、何も言っていないのにも関わらず僕の考えていることがわかったのでしょう。




