4- 初遭遇の魔法の戦闘力はたった5
その時の地上は大混乱だった。終末が訪れると逃げまどい、挙句の果てには馬車まで持ち出して何処とも知れぬ場所へ逃げまどうもの。家族と抱き合い、ひたすら泣くもの。両手を合わせ、救済を居るかもわからない神に祈るもの。冷静に、領主や王に使いを出そうとするもの。そんな中で一人の、銀髪の少女が空を、木の枝に座って眺めていた。銀のショートヘアに麻の服にロングスカート、木の靴。その様相は髪の色こそ特異なものの、何処にでもいそうな中世の民間人だった。
「人……じゃない、ドラゴン?」
分厚い雲のような煙を尾に引く火の玉を見て、少女がつぶやく。彼女には、その正体が見えているようだった。火の玉は、遥か頭上を越え、そのまま岩山の向こうに消えていった。その直後に襲い来るのは、地面に叩きつけるような激しい衝撃波。
「魔物の攻撃だー!」
「次が来るかもしれない! は、はやく屋内に逃げるんだ!」
「もしあれがまた魔物だったら……!」
粗末な木の窓が壊れ、あばら家が倒れる。ツボは転がり割れ、逃げようとしていた馬車が馬ごと横転する。彼女のいる木もその暴風に傾くが、彼女は落ちる様子をかけらも見せず、まるで涼しい風の中で木の枝に座っているかのようだった。村落はいまだ火の玉の正体はつかめていない。だが、それが良くないことである、ということを信じているようだった。少女だけは、蚊帳の外のようだが。
「……まーた、耄碌爺共が何か言ってくるんだろうなぁ」
ただでさえ、会うたびに盟約盟約うるさいのに。少女はその時のことを思い返すと深くため息をついた。混乱の極致にある村落で、彼女はそのまま何事もなかったかのように、木から降りた。
『Eシールド表面熱量低下。安全圏』
その表示を確認したら一度ウィンドウを閉じ、翼を開いた。先ほどまでは視界は真っ赤だったものの、今は通常通りの視界になっている。眼下には樹海が広がり、空が緑色なこと以外は、地球と何ら変わりのないように見える。
(大気環境は?)
『窒素が主成分。他、酸素が存在、未知の物質はその半分程度、他はアルゴン・二酸化炭素などです』
一応、ウィンドウが開いて視界の中に詳細が表示されるが……地球によく似ていた。居住可能惑星は大なり小なり違うものなんだがなぁ。これはこれで興味深いけど。
(違うのは……窒素濃度が減ってその分を未知の物質があることか)
この身体に影響とか、ないよなぁ? まだEシールドはつけているが、いくらドラゴン体でもずっと活動することは無理だし……。一応、分析にはかけてみる。
『判定……可。未知の物質についてのデータ不足。現在の身体では影響なしの可能性大』
可……か。かといってずっと空気遮断してるわけにはいかないんだよなぁ。吸っても大丈夫だろうけど……濾過すれば未知の物質だけ弾けるだろうか?
(……最悪はニューロ再転送でなんとかしよう。その場合、ドラゴン体を失うのが痛すぎるけど)
とりあえず、Eシールドに一定レベルの空気は通すように設定する。これで未知の物質に問題がない限りは食料と水さえあればいけるはずだ。降下地点は……森のそばにあるあの岩山がいいだろうか。
「リラ、降下場所は目視データの岩山、中腹部に設定」
『了解。コンテナ降下させます』
あとは……折角だ、少し樹海に降りてみよう。シールドを張ったまま、木々をなぎ倒し、着陸した。鉄球でも地面に落としたような音が響くとともに、辺りが少し揺れる。重力制御はしているので衝撃波もこなければ足のしびれもないが……4本の足から来る感覚は、完全には慣れていないせいかちょっとこそばゆい。
「――!(ドラゴン!?)」
「ん? 誰か居るのか?」
振り返ると……そこには腰を抜かした、現地の知的生命体が居た。あちゃー、まずいところに降りてきちゃったかなぁ。居たのは3人で、中世のような恰好をしている。一人は革の鎧に鉄の剣、腰を抜かした一人は木の弓を持っている。最後の一人は……杖にローブだろうか? いずれの人も……おそらくは麻製と思われる服を着ている。冒険者パーティ、といったところかな?
「――、――――! ーー(いや、擬態の見かけ倒しだ!『ファイアアロー!』」」
「―、――(お、おい、馬鹿!)」
『警告。未確認生命より言語認識によるプログラム起動を感知。未知の物質が反応中』
……言語認識によるプログラム!? あながち未開惑星でもないってか!? とすると……未知の技術を磨き上げている、のか? すぐさま戦闘モードを起動し、相手戦力と動作報告、それと武装を起動する。その直後、杖の先から火の玉ができて、そのままこちらに向かって飛んできた。
(さて、異文明の戦闘力はどれほどのものかな、と!)
先に攻撃してきた以上、ドラゴンの威光を示すのも是非じゃな――。そう意気込んだ直後、火の玉はEシールドに衝突するも、そのまま弾けて小さな火の玉になり、バラバラになって辺りに四散した。アレ?
「――、―――!(嘘だろ……欠片も通じてねぇ!)」
「――! ――、――!(当たり前だ! とっと逃げるぞ、馬鹿野郎!)」
データ上でさえ容赦なく『中世レベルの斥候二人、民間人一人。脅威度:微弱 未知の物質による戦力評価は不明』と酷評されていた。あまりにの軟弱さに呆然としている中、人間たちは何度か足を躓かせながら、なんとか逃げ去っていた。……まぁ、追う必要はないか。とりあえず、武装の展開を解く。言語認識によるプログラム起動、なんて高度な技術を使っているのには驚いたが、それだけだった。
「……すぐ弾ける火の玉を飛ばすだけ、とはなぁ」
温度も低かったし、あれならウロコで受けても怪我はしなかったかも。Eシールドなしだと生き物の範疇から出ないけどあれじゃ、なぁ。先ほどの冒険者が弱いのか、この星の実力が低いのか。判断がつかない。
(データリンク。リラ、先ほどの言語データの解析は?)
『現在進行中。船長の持っている音声データと相手の脳波観測データを要求。効率が62%上昇します』
当然すぐさま許可だ。言語が分からないじゃ、話にならない。何より……
「相手にわかるように、「我はドラゴンである」って言ってみたいからね!」
どんな伝説のドラゴンも、引き立て役がいないとドラゴンらしさを出しきれないのだ! 他が動物しかいないのなら、ただの強い生物止まりだ。巣を構え、テキトーに狩りでもしながら、巣にやってくる冒険者を撃退し続ける。……ふふふ、最高にドラゴンらしい。財宝は……どうしようかなぁ。
(あ、リラ。目の前の岩山より洞窟がどこか教えてくれ)
そうと決まれば、まずは住処探しだ。岩山だし、洞窟の一個くらい――。
『解なし。まだ地形データの調査中です、現在データでは存在を確認していません』
……まじか。貨物コンテナも降りてきてるようだし……最初の一歩は洞穴づくりから始めなくてはならないようだ。トホホ……ドラゴン生は前途多難のようだ。
『原因、船長が興奮しすぎて確認しないまま、降下地点を指示するからです』
ぐぅの音もでない。
次回更新は2月24日予定です。よしければ、感想・評価などお願いします。