16- 大事の前の飯時
「ポールさん、下ごしらえ終わりました!」
「ならそのどでかい槍に刺してくれ! 今回は謝肉祭じゃねぇんだ、一回で済まねぇのは覚悟しな!」
目の前で、矮小なる者共が我に出す料理を作っている。目に見えるは、煙の中で焼かれていく巨大な皮を剥いだ猪。鼻腔をくすぐるのは、肉の焼ける匂い。耳に届くのは、組まれた木々が燃える音に、弾ける音。そして蒸気を上げるような音を響かせる肉。時折肉汁が零れるたびに、炎が舞い上がり、一瞬強い香りが辺りに立ち込める。
(確か、我が聞いたのは24世紀だったか、25世紀だったか。その時代の有名な料理人はこう言っておったようだな)
――料理を完全に楽しむなら、作るところからやることだ。それが難しいのであれば……作っているところを目の前で見ることだろう。待つのも……作る匂いを感じるのもまた最高のスパイスなのだから。
それを思い起こしながら、我が「……なるほど、一理あるな」と囁くような声で小さくつぶやいた。目の前では村人たちが串刺しにした「グランドボア」なる魔物に二つの綱をつけ、交互に引っ張っている。一回転したら、反対側が引っ張ってま反回転。効率が悪いように思うが、高さだけで3mはある動物だ。この大地の文明ではおそらくそこまでしないと回して焼けないのだろう。
(これでもちゃんと焼けておるようだしな)
最初は剥いだ豚をちょっと色黒くしたような、やや暗めの肌色をしていた。焼かれるにつれ、焼きムラはどうしてもあるものの、それが段々と濃い茶色……バーベキューで焼かれる肉のような色になっていく。
「……ふむ」
キャンプファイヤーのようなもので焼かれて行くグランドボア。網で引っ張っているせいか、グランドボアの丸焼き肉に一筋の網目模様の焼きムラがある。村人はこれを「綱引き丸焼き」といっていたか……。だが、程よく風もある今日は、より一層の香りが引き立つ。炭火が燃える香り……共に聞こえるのはジュゥという連続した音と共に、肉の焼ける匂い。それもただ焼けているのではなく、薄くではあるが……液体のようなものが塗されていて、それが匂いに適度な刺激を添える。言うなれば……。
(牛串にタレ、帰り道にカレーの匂いを嗅ぐ、のようなものか……)
発想がドラゴンらしくない気がするが……どうせ考えなど誰も読めぬのだ。かまうまい。
『分析しました。未知のデータを一部含みますが……ガーリックソースのようなもののようです。毒性は現状データではありません』
……リラよ、そういうのは現地生命を相手にしているときか、我自身で料理しているときにしてくれ。内心ため息を吐いている状態で料理は進む。一部が焦げているものの……おおよそ、地球で言う所のペキンダックのような状態になっている。中身までは推測不能だが……。程よく焼けているように思う。あの少し濃いめに焼いた、パリっとしてそうな表面を見るだけでも涎が出そうだな。
「そーっとだぞ。いいか、そうっと注げよ!」
もう一方では、巨大な木製の皿に、鍋の中身を次々と注いでいる様子が見える。巨大なさらはおよそ高さ1m、広さにして3.5平方メールくらいか。こちらからも匂いがする。前見たスープとは違い、少し濁っているようだ……。匂いからして、キノコ系がメインのスープだろうか?
(あのスープと同じように、色味が添えられているな)
バジルか何かのような、細かい緑色の葉。それに混じる、野菜。皮は剥かれているが……我に配慮したのか、ほぼそのままの形に見える。そして、やや黒いながらも焼き色のついたパンが浮かんでいる。クルトン、のようなものだろうか? こちらも角切りなどではなく、そのまま投入されている。
(流石に30世紀の味には勝てぬだろうが……それでも、楽しみよな)
時折リラの空気を読まぬ解説が入るものの、我は匂いのデュエット……さしずめ、スープたるピアノの伴奏と、メインのコントラバスといったところだろうか。コントラバスはメインを張るような楽器ではないのだが……重厚そうな肉だからそっちのが合ってるだろう。腹を空かせながら、我はその光景を延々と眺めていた。
「……ドラゴン様、お待たせしました」
狩人生活10年、折角だからと料理にも凝って5年。オレはまさかドラゴンに料理を出す羽目になるなんて思いもしなかった。原因がオレの家にあった、山鳥ベースのスープなのだから致し方ないのだが……。
「……丹精込めて、作らせていただきましたのでどうかご賞味ください」
同僚のエリックがそう言う辺りで、他の村人が本来は謝肉祭用の巨大皿……メインの丸焼きが乗った奴をドラゴンの前に台車ごと引っ張ってきた。グランドボアの丸焼き……帝都にいた時でさえ、貴族ご用達という料理屋でしか見かけなかった高級肉を丸焼きにするとは想像もしなかった。確かにこの大きさの肉を焼くことはあっても……実はせいぜいCかD。草食の魔物を焼くにとどまっていた。道具もそのためのものだ。
(できる限りはしたつもりだが……)
なんせ、香辛料も何もない。だから、森で採取したものをベースに作ったソースをかけた……庶民風の味付けにならざるを得なかったのがいたたまれる。……いや、料理など食べたこともないドラゴンにとっては貴族風だろうと、庶民風だろうと区別はつかないか。
「……」
まるで「抜かりはないだろうな?」と言わんばかりの目で村長が俺を見てくる。……勘弁してくれ、祭りの用意をしたことはあってもドラゴンは初なんだ。出来る限りはしても、これ以上は無理だ。むしろこれと今焼いてる奴で秘蔵のタレを使い切っちまったんだからしばらく出せん。……次要求されたらどうするかな。
『うむ。では――』
不意にドラゴンが後ろ脚日本で立ち上がる。そして爪を振り上げたアレ? オレ粗相したっけ? ……だが、ドラゴンはその爪を何度か振るい、土を払い落としただけのようだった。軽く白色に光っていた気がするが……見間違いか?
『――頂こう』
そして、後ろ足で立った、奇天烈な姿のまま、一度料理に向かって手を合わせる。なんだ、アレ? さっきの行動もよくわからないし、ドラゴンの習慣か何かだろうか。
「……」
心なしか銀髪の子……ドーレだったか? 村人ではあるが生贄なのもある関係でのけ者にされているが……荷車に乗せられたまま、ドラゴンを酷いものをみるような目で見ている気がする。放置されているからだろうか?
「「……」」
ドラゴンが右の前足で皿を掴み、そのまま啜るように飲む。獣みたいに頭から突っ込むかと思ったが……意外と綺麗に食べようとするんだな。
『……キノコで出汁をとった感じか? ……いや、それだけではないな』
……何でわかるんだ。ちなみにスープは干したキノコをベースとして、木の実を加えてある。アク取りは大変であるが……そこは皆で頑張った。本来は謝肉祭用の贅沢な奴……とはいえ、たまにこっそり作って何度か改良はしている。
『……さっぱりとはしているが……いい味付けをしているな。肉との付け合わせにはもってこいか』
独り言多いな……しかし、今のところは悪くなさそうだ。オレは内心ほっとする。料理人ではないが……狩人料理には少し自信があったからそれが通じるようで何よりではある。
『さて、メインを頂こうか』
ドラゴンの目がいよいよ、目の前のでかい肉にうつる。思わず、息を呑む。肉はおそらくドラゴンにとっても主食。料理するしかなかったとはいえ、口に合うかどうかは正直賭けだ。お気に召さなければ、村ごとあの光を放つ魔法の餌食になってもおかしくはないからだ。緊張した雰囲気のまま、ドラゴンが小屋ほどある猪の丸焼きにかぶりついた。
『ただ肉を焼いたかと思えば……変わった味付けがしてあるな。こちらも濃いめのようだが……いい風味になっておる』
乱雑に食べるに、一噛み一噛み味わって食べているようだ。正直言って、違和感が拭えない。やっぱり、魔物なのに食べ方が綺麗すぎるのが。俺達にとっては切り分けないと食べれない猪の丸焼きも、ドラゴンにとっては骨付き肉の感覚なようだが。
『……匂いがきついのは少し避け気味だったが……こういうきつさは、癖になるな』
食べる部位が腹の辺りから足に移る。今回は小口だ。……まさか、部位ごとに味わってるとか、ないよな? 後ろ足で立ったまま、静かに食事が進む。食べる部位は毎回変わっているが。そして、ドラゴンが顎を開いた。
『……人の料理も悪くはないな。美事である』
その瞬間、口から安堵の息が零れた。ドラゴンにも通じたようだ、少なくとも最悪の事態は避けられた……と信じたい。
『折角だ。同伴に預かる名誉をやろう。他にも肉はあったであろう? そっちを食べることを許す。ある程度は我が持ち帰るが……全てではないのでな』
村長が何かに感心した……いや、あれは企んでる顔だな。その顔で「よろしいのですか?」と端的に聞いていた。ランクが高い……最初いたサイクロプスのはなかったが、それでもBランク何かも混じってるはずだが。
『構わぬ』
何でもないことのように、ドラゴンは返答した。村長は「では、お言葉に甘えまして」と皆に指示を出す。……やべぇ、忙しくなるぞこりゃ。
「ポール、エリック。それに、他のものも。やることは……わかるな?」
俺は否応なく「応」としか言えなかった。解体に料理に……ある意味謝肉祭だが、楽しむ余裕もあるかなぁ。
『あ、そうだ。忘れておった』
ドラゴンが肉を食べながら言葉を紡いだ。何か? 魔物の指定でもあるのか?
『我が下に入った以上言っておく。数日滞在させる分には構わぬが……逃げてきた矮小なる者は受け入れるな。あれは隣村の――おそらくは八首の蛇の回し者なのでな』
は? 今なんて言った? 村長が途端に震えながら、言葉を出した。聞き違いなら――
『あの者は八首の回し者だ。受け入れるな』
……聞き違いじゃなかったぁ! しかも八首の蛇って……あれしか居ねぇじゃねぇか! その言葉のあと、準備もへったくれもなく、村は静まり返っていた。響く音は、ドラゴンの咀嚼音と、火が燃え、燃えた気が立てる何かがはじけるような音だけだった。
繁忙期に入ったため、執筆時間及び推敲時間が取りずらい関係で更新ペースを隔週にします。
次回更新は6月9日予定です。よろしければ、感想・評価などお願いします。




