14- 我が力をみよ!
『これしきで驚くとは、やはり矮小なる者どもは軟弱よの』
我は程なくして村にたどり着いていた。村はやはり、大混乱しているようだ。供物を出すとなれば、訪ねてもおかしくないものを。荷車に乗っている者共のほうがよほど肝が据わっておるわ。
『おい』
村人を呼び止めようとする。だが混乱のあまり逃げまどうばかりで誰も反応しようともしない。むぅ……仕方あるまい。
『おい、そこの者』
手直に居た村人の前に爪を振り下ろし、聞く。村人は声を出し、へたり込む。すぐには答えそうもないが、まぁ、気長にやるとしようか。
「トム……」
荷車にいる、銀髪の人族もどきがその村人を見て呟いたのが聞こえた。ふむ、この矮小なる者はトムというのか。トムは「あ……あ……」と声を出すばかりで何も返答がない。我とこの人族もどきを交互に見ているのが気になるが……とりあえず、一方的に聞くとしようか。
『トムとやら。この村の長は何処だ?』
トムは震えながら、村の中で一際大きな家のあるほうを指さす。ふむ、そこにいるのか。我は飛ぶことなく、堂々と歩く。荷車は尻尾でとりあえず引いているが、時折覗き見るに逃げ出そうとする素ぶりはないようだ。素直なのか、恐れているだけか。
(……恐れているようならドラゴンとしての本懐であるのだがな)
既に討伐団とやらを撃退しているのだ。あの時から覚悟したことだ。……我はそのまま大きな家の前に立った。大きな家といっても……村の中の家では大きいだけだ。当然、我の首の高さよりは低い。我は家の扉を見ながら咆哮する。
『出てくるがいい、この村の長よ!』
周りの者が全て耳を塞ぎ、辺りが震える。逃げ出す動物は……いないようだ。そもそもいないのだろうが。ほどなくして、村の長と思われるものが出てきた。
『お前が、この村の長か?』
「……如何にも」
我に物怖じした様子もない。白髪ではあるものの……足腰はしっかりしている。地球の人間で例えると60代~70代の老人だろうか。朝の服ではあるが、他は無地であるのに対し、この長だけは模様付きの服を着ている。目が悪いのか、右目には赤銅色のフレームのモノクルがついている。なるほど、それらしくはある。
『この者共の代わりを用意せよ。我は人肉は好かぬし――そういう対象にもならん』
上から目線で、見下すかのように命令を出す。村長は「しかし、この村にはもう差し出せるものがない」と声を出した。
『ほぅ? ならば我が支配を……やはり拒絶すると? 供物を出したのは臣従の証ではないのか?』
村長は「……この村にもう差し出せるものは他にありませぬ、お慈悲を。我が村にはドラゴン様に対抗する術も、力も持ちませぬ故」と片膝を立てて、座って我に許しを乞う。ふむ、周りの様相もそうだが……この辺りは地球の古代期、中世欧州に似ているな。今の様相はさしずめ、主に忠誠を誓う騎士といったところか。良いな、実にこういうのは……良い。
《注意。ドライグ様、公私は不明ながら、村の推定人口から算出した年間推定消費量を超えた物資の存在を確認。ここで要求レベルを下げるのは非推奨と提言します》
途端に視界の片隅に映像データでスキャンデータが表示される。……この者、我への貢物をケチろうとしておるのか? 牙を剥いてしまったのか、トムとやらが「ひぃ!」と声を上げる。
『……おだてた所て、意味はないぞ? 我を誰だと思うておる。それに……本当は後ろの巣穴にまだ出せるものがあるのだろう? 見え透いておるわ』
相手が息を呑む音が聞こえる。……物資データが目の前の大きな家に集中しているのが気にかかるが……貯蔵庫でもあるのか? 我が問いださそうとした瞬間、警告が飛ぶ。
《警告。村の東北東方向より、人族が一人接近中。その背後を現住動物およそ100程が追跡している模様》
我がその方向に首を向けると、全員の首がその東北東に向く。丁度森のある方向のためか、まだよくは見えない。だが、その森から頭一つ抜けた影が一つ見えるのはわかった。
『ほう、この大地には巨人種もいるのか』
「サイクロプスだ! Aランクの魔獣だぞ!」
村の誰かが言葉を発した。Aランク? 矮小なる者はアレにランクをつけているのか。だが、数値データ上は大したことないように見えるのだが……。
「そ、そうでしたわ! スタンピードが、スタンピードがこの村に……!」
金髪の少女が口を出す。スタンピードということは何かの暴走……この場合はあれの暴走行為か? というかこの少女はこれを知っていたのか? レールガンがある以上、あの程度では脅威にならぬと思うのだが……。だが、周りは人族モドキ以外は酷く慌てている様子だった。「ドラゴンに続いてスタンピードも……!」「もう駄目だ、おしまいだぁ」「おお、神よ……」とまともに対応できるものはほぼいないようだ。家に籠るもの。そのままスタンピードとは反対方向に逃げるもの。座り込むもの……実に多彩よの。人が多くないがために地球でありがちな集団パニック行動による被害はまだ起きてはおらぬようだが。
「……」
村の長は、我の目の前だから、ずっと黙っておるようだ。逃げるつもりはないらしい、歯は食いしばっておるようだが……。ならば――
「村に、騎士様はおられませんの?」
わたくしは思い出した惨状で、必死に声を出しましたわ。スタンピードは村はおろか、下手をすれば街さえ壊滅する……災害。しかも、Aランク……村の駐在騎士では対応できないレベル。わたくしの近衛騎士さえ居れば――
――姫、ここは我々が食い止めます。姫は領都へ!
――我々も程々に時間を稼いだら撤退します故、どうか!
スタンピードを足止めするために残った、5名の騎士。スタン、カイル、リックにベディ、アルフ……。けど、ここまでスタンピードが来ているとすれば、もう。よくない想像をしている間に村の長がたどたどしく、明後日の方向を向いたまま喋ります。
「……む、村には一人もおりません。急な任務があるとのことで、先日ゴラ村の方に出かけられ……そのまま、戻ってきておりませぬ」
村の長がそのまま、ドラゴンらしき魔物に目線を移しました。魔素はあんまり感じませんけど……とにかく大きいですわ。家よりも大きく、炎のような紅蓮の鱗。長い首に、前に伸びた顔。牙に、角。蒼い……縦割りの瞳。まさに、伝承に伝え聞いた通りの容姿。
(……人は食べないといいましたけど……)
魔物が人を助けるとは、考え辛いですわ。けど、逃げることも、できない……。なんせ、私はドラゴンへの生贄にされてしまったようですから。ですが――
(ひょっとしたら、その方がいいかもしれませんわね……)
胸元のペンダントに目がうつります。ドーリンゲン帝国の紋章。けど、わたくしの継承権は第6位……政略結婚の駒にしかなりませんわ。ならいっそのこと――、そう思った時でしたわ。
『ふむ。あまり大した相手ではないようだが、見せしめには丁度よかろう』
そう頭に響く声をあげると、その荷車にまた尻尾をからませました。え、見せしめって……。何をするつもりでしょうか、このドラゴンは。
『村の長も、他の者もついてくるがいい。逃げたら……どうなるかは自明の理だろう?』
ドラゴンはそう声を発し、右の前足で地面を強くたたきました。地震が起きたかのような揺れが起き、少し遠くの建物が倒壊します。
(叩いただけで……)
あの前足にはどれほどの力があるのでしょう。オーガ……いえ、下手するとあのサイクロプスと同じくらいに力があるのかしら。村長と呼ばれていた老人はそのまま無表情で、沈黙したまま後をついていくようです。トムと呼ばれたものは逃げようとしましたけれど、荷台の目の前から伸びた光の刃……でしょうか? それによって、逃げた先を刺されておりましたわ。……魔素を感じない魔法って、いったいなんですの……。
『逃げるな、といったであろう。次はない』
トムは動く様子はありません。腰を地面に落として震えているだけです。ドラゴンは鼻息をつくとそのまま前爪で器用に摘み上げ、そのままゴミでも捨てるかのように投げ飛ばしました。そのまま、黙って東北東の、村入り口につきます。まだ見えるのは、サイクロプスくらいです。巨人に類する魔物の中では、単眼かつ杉の木よりも大きいというのはアレしかいませんから。
「……」
「…………」
「うぅ……」
銀髪の村娘さんも、村長も、ただただ沈黙しておりました。トムは入り口近くにあった……農作業用でしょうか? 束にして積まれていた麦藁に突っ込み、体中藁だらけになりながら呻いております。ドラゴンはまっすぐ、地平線の向こうを見つめていました。
「……何もしないのかしら?」
隣に居た銀髪の子が喋ります。他の方と違って物怖じした様子がありません……肝が据わってるのか、それとも腕が立つのか。抑えてはいますけど途方もない魔素を感じますし……。
『矮小なる者共は、この距離では見えぬであろう。見える距離の方が都合が良い』
スタンピードを待つ……? 冗談でしょう? わたくしは唖然とそのドラゴンを見上げていました。それでも何かする様子もなく、誰かがしゃべるわけでもなく、時間が過ぎていきます。少しして、逃げる人の様子が見えました。サイクロプスはもちろん、様々な魔物が争うことなくまっすぐにこちらへ向かってきます。
(……考えうる限り、最悪のスタンピードですわね)
街でもこれは怪しいのではないでしょうか……? そうしたところでドラゴンに動きがありました。尾を荷車から外し、翼を開き、羽ばたかせて飛びます。時折翼で空を叩いているものの……まさに「浮かんでいる」といった方が正しいのでしょうか? 魔素は……やっぱり感じません。外に漏らさないほど制御しきっているのか、魔法ではないのか――。いずれにせよ、とても凄いことですわ。人智が及ばない、ほどに。
『矮小なるもの共よ。見るがいい――』
ドラゴンの顎が開かれ、それと同時に翼も輝きはじめます。これは……。
(ドラゴンブレスを使うつもりですの?)
ドラゴンブレスはドラゴンの代名詞といっていいほどの、竜にとっての最大の攻撃。それを、わたくしは間近で見ようとしています。それが一体どれほどの――。わたくしの思考はドラゴンの叫びと共に、中断されました。
『これが、我が力だ!』
ドラゴンの翼から、顎から眩いばかりの光が迸りました。まぶしい! わたくしはとっさに、目を瞑って手で顔を覆いました。その直後、耳が聞こえなくなるかと思うくらいな轟音。そして前から吹きすさぶ、熱風。いったい何をしましたの!? 目の前から熱を感じますから……ファイアブレス? ――耳が痛いながらも静かになり、光も収まってから、再び目を開いた時。わたくしは絶句しましたわ。
「嘘……でしょ……?」
銀髪の子が言葉を漏らします。ドラゴンブレスの跡は綺麗な真っすぐの道になっていました。スタンピードなど、欠片もありません。その部分だけ、削られていたかのように森すらもなく、地平線まで続いています。Aランク魔獣、単眼の脅威とされるサイクロプスの痕跡は……せいぜい、燃えているサイクロプスの巨大なこん棒があるくらいですわ。他に跡は見当たりません。周りにいた魔物も、ほぼ全てが倒れ、動きません。魔素も散り始めています、間違いなく、死んでいますわ。
『さて……村の長よ』
ドラゴン……いや、ドラゴン様が首をこちらに向けます。口から白い霧を漏らしながら、声を出しました。
『……選べ。代わりを探すか、いつ訪れるとも知れぬ恐怖を抱いたまま暮らすか』
わたくしには、その姿が恐ろしくも神々しく見えました。これが、伝説なのですわ。そう、信じられる程に。
次回更新は5月12日予定です。よしければ、感想・評価などお願いします。




