9- どうあがいても――
『どうした、その程度か! 矮小なるものたちよ!』
俺はドラゴンを前にして、身動きがとれなくなっていた。このドラゴンは戦意をなくした者までは攻撃しないようだが――
(こんなん、人間が勝てるわけねぇだろ……!)
ドラゴンの目の前には、動かなくなった奴らが散らばっていた。突撃したものの、爪の下敷きになって乗騎と混ぜられ、見分けがつかなくなってしまった奴。尻尾で薙ぎ払われて、上下別れてしまった奴。雷を浴びて、刺青を刻まれて動かなくなった奴。……いずれも死んでる。
「陣形を立て直せ! 雷神弓の時間を稼げ!」
伯爵様が命令を飛ばす。なおも槍が投げられ、第二陣がランスチャージを行う。もうドラゴンはそれを避けようともしない。同僚が、勝てないと思っていた上司達が、これから戦功を立てるんだと意気込んでいた後輩達が。皆……等しく弾き飛ばされ、叩きつけられ、切り伏せられた。何人死んだか、もう数えることもままならない。今でも味方の攻撃がドラゴンの魔法障壁に当たったような光が見えるが……欠片も通じちゃいねぇ。
(――なんで、こんなことに……)
重騎兵隊は名誉職だったはずだ。戦いとなれば初手を任され、蹂躙し、思うままの名声を手にする。俺だって、任命された時にはそれを誇りに思った……それがどうだ。最初に突っ込み、やられ……殺される。これでは罪人兵ではないか。重騎兵隊第一陣に所属していた俺は、胸に違和感を感じ、土にまみれて逃げる中で戦いの初め……『恐怖』を思い起こした。
「攻撃、開始」
伯爵様の掛け声とともに放たれたのは、矢の嵐と投げ槍だった。数百の矢と、数十の魔鉄の槍がドラゴンを襲う。
『この程度、手ぬるいわ!』
ドラゴンが爪を振るう。いくつもの槍が叩き落され、風圧だけで矢が明後日の方向に向かう。だが、それでも当たる槍や矢のほうが多いのだが……静電気の走るような小さい音を無数に立て、矢や槍がドラゴンの表面から跳ねて地面に落ちる。
「『解析』……ダメです、HPもMPも損害なし!」
「攻撃続行! 魔術師団、詠唱開始! 第一陣重騎兵隊、突撃用意!」
俺は意気揚々とランスを構え、同僚に並んだ。身体強化の乗った馬と、魔鉄のランスの威力は同じく魔鉄のゴーレムさえ貫く威力がある。ドラゴンのウロコや魔法障壁など、紙にも等しい! この時の俺は、そう思っていた。
「突撃!」
魔術師の魔法を合図に馬を蹴り、走らせる。ランスを持っていない手で馬を強くたたくと、訓練通りに身体強化を使用し、よりスピードが増す。風の音が、周りの音を押し流す。
「うぉおおおぉおおぉおお!」
突撃は、何より快感だった。丁度魔法が衝撃にぶつかり、砕けるのが見えるがそれではこちらへの対応が遅い! ……そう思っていたのは俺だけだった。
『うっとおしいわ、愚か者たちめ!』
耳にではなく、頭に声が響く。俺はとっさに、馬をジャンプさせた。運が良かったのか、悪かったのか。十何名かは同じようにジャンプさせ、ドラゴンにランスを突き立てようと迫る。そして、残りは――。
「えっ……なっ!?」
尻尾の薙ぎ払いで、文字通り『全滅』した。馬の首元辺りを光る何かが通り過ぎ、騎手ごと二つに裂いた。そして突き立てようとしたランスは、電撃魔法でも食らったかのような音を立て、馬事弾かれた! 落馬する中でとっさに受け身をとれたのは、奇跡だろう。
(魔鉄のランスによる突撃だぞ!?)
人なら下手すると勢いで真っ二つ。鎧を着てようがおかまいなしに。それが、無傷。
「ひっ!」
自分の鎧に液体が飛び散った。真っ赤な視界に移るのは、巨大な前足。鼻に強くつく、鉄の匂い。意味するのは、たった一つだった。
(に、に、逃げなきゃ……)
鎧が重い。歪んで、動きにくい。馬はもう動かない。……立ち上がることがままならないながら……それでも、這いつくばるように、俺は地面の雑草にまみれながら逃げた。
――そして、その絶望的な状況は今逃げている重騎士隊だけではなく、陣地後方の魔術師団も、同様だった。
「な、なんですか、あれは……」
私は目の前の惨情を見て、あぜんとしていた。我ら魔術師団が援護し、無敵無敗を誇る……重騎士団。それが――
『どうした、その程度か! 矮小なるものたちよ!』
爪を、尻尾を動かしながらドラゴンが吠える。仲間の魔導士が「メ……『メテオファイア!』」と、言い淀みながらも5人がかりで杖を合わせて、極大魔法を放つ。なのに、その家ほどもある巨大な火の玉が矢の如きスピードで当たっても、激しく辺りに火の粉をまき散らしながら紛れ、霧散していくだけ。
(魔法障壁は本来あんなに頑丈じゃないんだぞ!?)
魔物も人も、等しく魔法障壁は張る。だが――あんなの異常だ! 魔力障壁は常にMPを消費し続けるから本来は張り続けられない! しかも張ったまま衝撃受けると、本当なら魔力を激しく消耗する! なのに、なのにMPが変わらないなんてふざけすぎてる!
「……第三陣、突撃!」
伯爵が籠った重低音のような声で命令を飛ばし、騎士隊が突撃する。命令するたびに低く、歯をかみしめた声になっている気がする。そのままランスチャージを行うも……次の瞬間には跳ね飛ばされ、光の尾が深々と突き刺さる。残りの何人かも空中で上向きに前爪によって三枚おろしにされた。
「A級とか、S級とか、生易しいものではない……」
まさに、生きる災害。伝承通りすぎるドラゴン。白竜のときでさえ、被害は大きかったがここまでではなかった……! なんなのだ、なんなのだアレは!?
『先ほどからやかましいぞ、小童ぁ!』
ドラゴンがこちらに向かって吠えた、ひぃ! それを聞いて後ろに逃げたのが、幸せだったのか、不幸だったのか。激しい光と音。耳が痛い――音が小さい。恐る恐る後ろを見ると……同僚の目を見開いた――刺青のような跡のある顔。
「だ……第一騎士団被害甚大!」
「も、もう駄目だぁ……」
第一騎士団が壊滅した。もう無理だー―腰を抜かして尻を地面につけた私ははいずり、少しでも離れようとする。石が服を破き、土にまみれ……見るも惨めな姿になっていく。でも、そんなこと、かまってられない……――
――そして、魔術師は布をはいだ小さな音と共に黒い長方形の鉄塊を見た。
――騎士は、「雷神弓、使用準備完了!」という声を聞いた。
「……発射ぁ!」
伯爵が叫ぶ。そして、轟音と共に赤い飛花が散り、ものすごい速さで何かがドラゴンに跳んだ。直後、今までと違う静電気ではない……耳を貫くような電気の音が聞こえ、「グォォオン!?」というドラゴンの悲痛な声が聞こえた! その後に起こるは、辺り1面に土埃が舞い上がる様。
「や、やったのか!?」
それを見た騎士が言葉を出す。何名か以外の顔に、希望が蘇る。絶望が消えた。断末魔も聞こえた。相手は見えない! 魔術師は想起する。
(噂には聞いていたが……おそらくは国の最強兵器である雷神弓、だろうか?)
そして、騎士は思う。
(あんなのを食らって生きているはずはない! やった、やったんだ!)
歓声が辺りに響いた。だが、ほとんどの者は知らない。それが、つかの間のぬか喜びでしかないことを。
次回更新は3月31日予定です。よろしければ、感想・評価などお願いします。




