winter meets ×××
なんといえばいいのか。
たぶん。
あの日、あの時、あの場所で起こった事件は、あの娘が俺のことを『白馬の王子様』だって、勘違いするには十分すぎる事件だったようだ。
おそらく。
勘違いとは言ったが彼女にとってのそれは勘違いなんかじゃなく、紛れも無い事実なのであろうけど……――。
迷惑ではない。
だけど。
俺が『白馬の王子様』なんて、小綺麗なものであるはずが、ないと思うんだ。
だって、俺だよ?
《×話:winter meets ×××》
「大丈夫か?」
俺が地面に俯せに倒れた女の子にそう声をかけた。
「……うぅ」
女の子が呻いて、ゆっくりと顔を上げる。
「――だ、誰?」
女の子の視線が俺を捉えた。
俺に向けられるのは、女の子の綺麗で、透き通った、瞳。
俺なんかに向けられるには、勿体ない綺麗な瞳。
俺を――。
――そんな瞳で見ないでくれ……。
※
「先輩?」
「……ん?あー……どうした?」
「もー!どうした?じゃないですよ!私の話ちゃんと聞いてましたか!?」
俺の返事が不満だったようで、藤田は頬を膨らませ、私は怒ってますよとアピールしてきた。
「あー……悪い。まったく聞いてなかった。それでなんの話だっけ?」
「なんですか、その態度は!それが人に許しを乞うときの態度でありますか!?そこに直れです!私が矯正したります!先輩に人に許しを乞うときの態度というものを、教えたりますよ!ええ、それはもう、手取り足取り、一から十まで『もう、やめてぇ〜』と泣いて許しをこいたくなるまで徹底的に教えたります!覚悟しやがってください!」
やっぱり俺の返事に不満があるようで、藤田は熱く語り始めようとする。経験上、これが始まった藤田を相手にしていると昼飯をくいっぱぐれる危険性があると判断したため、俺は敵前逃亡という戦時中の日本でやったら銃殺刑であろう愚行にはしることにした。
だが、しかし、現在の暴走モードの藤田から逃亡するのは並大抵のことじゃない。プッチンプリンのプッチンをぷっちんするのとは、わけが違うのだ。失敗すれば藤田の堪忍袋がぷっちんするであろう。それすなわち藤田の暴走モード(フィーバータイム)に移行することを意味するわけだ。この(フィーバータイム)は非常に危険だ。以前、俺が藤田をからかいすぎたことがあった。お茶目も度が過ぎればただの嫌がらせだ。その時に(フィーバータイム)に派生したのだが……口に出すのも恐ろしいことが待ち受けていた。ああ、恐ろしい。そんなわけで、藤田の(フィーバータイム)を味わった俺はその後遺症なのか、それともその日の放課後、世界征服を目論む悪の組織に命を狙われたからなのか……なんと!その日のフォーエバープッチンタイム(夕食後つまりアフターディナーに俺が毎日必ずプッチンする時間)にこの俺がプッチンプリンのプッチンをぷっちんしそこなったのである!これは大変由々しき自体であった。この俺『
日本海のプッチラー(自称)』とまで崇められた、この俺が!プッチンをしそこない、ぷっちん出来なかったといった、今世紀最大の汚点を残したのである。秋葉原の通り魔だとか、地下鉄サリン事件だとか、茨城の読み方が『いばらき』だとか、そんな大事件が霞んで見える程に先日の『2009プッチンミス事件』は後世に末永く語り継がれるであろう大事件だったのだ。それを引き起こした根源たるのは他でもない(フィーバータイム)なのだ。恐るべし(フィーバータイム)だ。
つまり、結局、俺が言いたいのは(フィーバータイム)への移行は大変危険だから、きおつけろってことだ。今宵のフィーバープッチンタイム――ゴホン!失礼、フォーエバープッチンタイムのためにも藤田の(フィーバータイム)への移行はさせてはならない。『日本海のプッチラー(死語)』である俺が二度もプッチンミスをするわけにはいかんのだ。日本中のプッチラーの多分、おそらく、なんとなく、頂点に君臨するであろう、この俺が!そんな、ていたらくでは他の者に示しがつかない。
どれ、話を戻すと俺は暴走モードに突入した面倒臭い藤田から逃げたいわけである。だが、逃亡に失敗した場合、おそらく藤田は暴走モード(フィーバータイム)に移行するだろう。それ、すなわち俺のプッチラー生命に関わる大問題だ。故に、いかに上手く逃亡するかが今回のミッション。
「先輩」
「ん、どうした?」
「考えていることが口から全部漏れてますよ?」
「それはつまり、藤田は俺が今、何を考えていたか把握してるわけか。そうか藤田はエスパーだったんだな。エスパーすげぇ!」
「先輩、忠告しておきます。逃げたら今後一生プッチンできない体にしたりますからね」
藤田はそんな恐ろしいことを満面の笑みで俺に告げるのだった。
※
「もう、やめてぇ〜」
俺は泣きながら藤田に許しを乞うていた。勿論、床に額を擦りながら土下座中だ。
「いや、先輩。私、まだなんにもしてないですよ?」
「あれ、そうなのか?『※』があったからてっきり『※』の間にそれはもう口に出すのも憚るような壮絶なピーをされたのかと思ったんだが……そうか俺はまだなんにもされてなかったのか。ところで藤田そろそろ昼飯を食べに行かないか?」
「なに話をずらそうとしてるんですか。駄目です。その手には乗りません。先輩はこれからじっくり、みっちり、ねっとり、お説教ですよ」
「今日は薄ら寒いし、学食でおでんでも食べに行かないか?きっとあったまるぞ。なんなら今日は俺が奢るが?」
「だーめーでーすー」
むぅ……やはり、一筋縄ではいかないようだ。
ふと、そこで俺はあることを思い出した。がさごそと鞄の中を漁ると出てきたのは一通の花柄のかわいらしい封筒。
「なんですかそのきゃぴきゃぴした封筒は?」
「んー……?あーっと……たぶん、ラブレター?」
「ふ、ふぁぁい!?」
藤田が素っ頓狂な声をあげた。心なしか、いつもの2割り増しで声がでかかった。
「うるせぇ、ばか」
「あ、すいません……――じゃなくて!ちょっと、それ!見せてください!」
藤田は俺の手から光の速さで花柄のかわいらしい、きゃぴきゃぴした封筒を引ったくると、すかさずその花柄の(中略)封筒から、これまた花柄の(中略)便箋を引っ張り出し、文面に目を走らせる。
するとどうだろうか。ぷっちんしたはいいが、たまたま愚妹がいなかったため、ぷっちんしたプッチンプリンを食べる人物がおらず、そのまま、そのぷっちん後のプッチンプリンを2、3週間ほったらかしにした時の腐ったプッチンプリンみたいな顔色になっていく。
補足。俺はプッチンプリンのプッチンをぷっちんするのは好きだが、プッチンプリンは嫌いだ。あんな糞甘くて、触れたら、脆くも、崩れさってしまいそうな、危うく、はかなく、か弱い物体なんて俺は食べ物とは認めない。つまり、俺はぷっちんはするが、プッチンプリンは食べない。ぷっちん後のプッチンプリンを食べるのはいつも俺の愚妹だ。
あと、訂正。流石に『腐ったプッチンプリンのような顔色』には無理があった。だから、訂正。顔色は普通に真っ青。
「せ、先輩……?」
壊れた機械のようにぎりぎりと藤田が顔を上げる。その声は裏返っていた。
「どうした?」
「こ、これは悪戯です!おふざけです!まがい物です!だから、ここに『ずっと前から好きでした。昼休みに体育館裏まで来て下さい』って書いてありますけど、絶対に逝っちゃいけません!絶対なにかの間違いです!逝ったら、最後、そこには恐持てのお兄さん達17人が待ち受けていて、身ぐるみ剥がされちゃいますよ!?」
何故か、あたふたとあわてふためく藤田。
「あー……それはそれで面白そうだな。そんなわけで、ちょっと行ってくる」
「いやー!だめー!逝っちゃ駄目です!先輩!」
いつもの5割り増しで声のでかくなる藤田。藤田はなにをこんなに焦っているのだろうか?
「でもなー」
「わかりました!今日は薄ら寒いですし、学食におでんを食べに行きましょう!きっと、あったまります!なんなら今日は私が奢ったりますよ!?だから、絶対、逝っちゃ駄目です!」
必死になって俺を引き留めようとする藤田。すでにお説教がどうの、こうのは、どうでもよくなったようだ。らっきー。
「藤田」
「は、はい……?」
俺が声をかけると藤田はビクリと身体を震わせ、引き攣った笑いを浮かべた。
「学食に行くぞ」
「せ、先輩ッ!」
俺の一言に引き攣った笑いから一転して、藤田の表情が、俺がぷっちんを成功させた時のようにパーッと明るくなった。はて?なにがそんなに嬉しかったのだろうか?
「でも、その前に俺は体育館裏に行ってから、行くから、先に行って場所取りよろしくな。それじゃ、あとで!」
言うが速いか俺は走り出した。
「せ、先輩ッ……!?そんなッ!だめーいかないれー!」
そんな藤田の悲痛な叫びが俺のいない教室に響いた。
そういえば……藤田が冒頭で俺に話していたことは、なんだったんだろうか?
※
「うーむ……やっぱり、おまえらか」
案の定、俺を体育館裏に呼び出したのは、先日、一悶着あった、例の世界征服を目論む悪の組織の構成員のやつらだった。
それを前にして俺は心の中で、藤田に……――。
――今日は一緒におでんを食べるのは無理そうだ。すまん……――と謝ったのだった。