part 7
7/21
王国属領ペドルガル。商都バトラの町はずれ。
古い石積みと柱の列が残る修道院跡地。
いつもの集合場所に来てみたら、あたしがいちばんのりだった。
カトルレナはまだ来てない。
時刻は午後。天気は晴天。風はなし。
どこまでものどかな水辺の田園風景。ときどき山羊がメェェェと鳴いてのどかムードに拍車をかける。 だけどまさかいまこの瞬間に、リアル世界がどんどん黒化して消滅していってるなんて――
ピロリロリン!!
ムダに明るげな効果音。
眼の前の空間に「ライブチャット着信」の文字。
右手でそれにさわる。キラキラの視覚効果とともにメッセージ開封。
右から左に流れてくる蛍光オレンジのポップな文字列。
わりい、カナカナ。ちょっと今とりこんでてさ。ダイブできなそう
「え? ちょっと待ちなよ。約束したじゃない。ドタキャンとかありえないから!!」
わりぃ。けど、こっちもわりとヤバくてさ
「何がヤバい? あんた何かしたの?」
やばいんだってば。うちの町にもあれが来ててさ――
「え? なにそれ? 来てるって何?」
だから来てるんだよ!! これ、いま、避難指示ってやつ?
「え?? なによ? それってヤバいんじゃないの??」
だからやばいって言ってんだろ!! バカかおまえ
「あんたとりあえず、ダッシュでそこ、逃げなよっ!!」
だからいま逃げてるんだってばよ。本気でバカだなおまえ
そこでしばらく、メッセージテキストは沈黙。
そのあとしばらく間があって、またオレンジ文字が流れはじめる――
だからとりあえず今ダイブできないってこと。
また逃げた先で時間あれば、どっかのダイブカフ5rb。
tyqy――手qb
dvだn ほぽ00;。・え dふぁmk
・。。。fsfんご――
「ん? なにこれ? 文字が化けてるよ?」
そしてそのままライブチャットは沈黙。
どれだけ待っても、それ以上はアルウルからの着信はなし――
「…すまない。おそくなった。」
なんだかひかえめな声が言った。
ふりかえるとそこにカトルレナがいた。いつもとちょっぴり装備が違う。今日はなんだか新しげなライトブルーの胸当てにベージュ系の旅人服一式っていう軽装―― よく見るとさりげなく髪形も少しかわっている。優雅な三つ編み風のお嬢様っぽい髪形――
「ダイブカフェは、その―― うまく見つかったのかな? 道はわかった?」
居心地悪そうに、こっちに目をあわせずにカトルレナが言う。
「あー、大丈夫大丈夫。ノープロブレムだったよ~」
あたしはバシッと無駄にハイジャンプでカトルレナのそばに着地。
「あー、けどよかった~。カトルレナ復活って感じで~ ちょっぴりホッとたよ~ こっちでも急に無口になってひきこもっちゃったらどうしよっかってけっこう心配してたし~」
「リアルの話は、その―― あんまりこっちでは、したくないな…」
「あ~、ごめんごめん! つまんない話しちゃったね~。あ、でもでも、帰りに何か買ってきて欲しいものとかあれば、今のうちに言っといてくれたら――」
「いいよ買い物とかは。通販でだいたい足りてる。」
恥ずかしそうに首を左右にふって、それからはじめて、ちらっとこっちを見た。
「でもその―― アルウルには、ぜったいそれ、言わないでね―― その―― リアルの話――」
「あ~、それだったら大丈夫大丈夫! 100%秘密はまもりますよ~ このカナカナーナ。そこはばっちり信頼おまかせノープロブレムって感じで――」
そこまで言って、ハッとあたしは思いだす。
そうだ、アルウル!!
あいつの方は、ぜんぜんノープロブレムじゃなかった!!
…… …… …… ……
…… …… …… ……
「…そうか。そんなところにまで広がってるんだ」
草の上にすわってカトルレナがつぶやいた。湖の方を見ている。ディーダ湖。東のデルフィア山岳地方から流れてくる二つの河が、ここ、ペドルガルの平野で大きな湖をつくってる。またここを出ていった河の流れは、平野のあちこちを曲がりながらゆったり流れ―― さいごはたしか西の地方のなんとか海岸っていうところにつながってたはず。
「――にしても、ひどく少ないね、今日。」
カトルレナがポツリと言った。ポップアップさせた何かのウィンドウを見ながら。
「プレーヤー数。ここのフィールド、いま十五人。いつもはこの場所だけでも軽く二百は超えてるのに―――」
「ゲームどころじゃないってことかな? リアル世界の方がやばすぎて?」
「たぶん…」カトルレナが神妙にうなずく。「さっきニュースで、あらたにシカゴとどっか南米の方でも大規模停電って言ってた。」
「マジ?? うわ~、なんかもう、世界中がおかしくなってるね…」
「ねえカナカナーナ、最初にひとつ、提案があるんだけど。」
「なになに? 提案?」
「…つまり、パーティメンバーを増やすってこと?」
「うん。戦力的に、これから行く場所って二人じゃ厳しい。そこのイベントステージ、さっき調べてみたらスモールパーティ限定の上級イベントの扱いになってた。つまり最大参加人数は4人―― いまここにいる二人と、できたらあと二人欲しいところ。」
「ったくアルウルってば、ほんとのいざってときに使えないヤツだよねー。」
「それは仕方ないよ。リアルな世界がいまたいへん―― ん?」
カトルレナが立ち上がって、鋭い視線をむこうにとばした。
「…あれは?」
「どうかしたの?」
「ほら、あそこ。風車小屋のある横。景色がちょっと不自然に途切れて―― ほら! なんか少しあのあたり、カラーも変だよ?」
「ん~ そう言われてみれば――」
言われてみて、あたしも初めて気づいた。遠くの景色のグラフィックが、なんとなくいつもと違う。そういえば湖の対岸の草原は、いつもはもっとビビッドな緑だったはずで――
「あ! 見て見てあっち!!」カトルレナが叫ぶ。「丘の上の城!! あそこの塔、いまひとつ消えた! いきなり黒のブランク!!」
「ん~、なんかやばいね。ここのフィールドまでおかしくなってきてるってことか」
「動こうカナカナ。ここにずっといるのは、たぶんまずい。」
「動くってどこへ??」
「ひとまずカドレア渓谷へ出よう。そこからたしか、モアブ砂漠の南の入り口まで転移できるはず。そこからイベントの開始ポイントまでは、たしかそんなに遠くなかった。」
「けど、けど、メンバー募集は??」
「それも同時にやる。チャットスクエアに情報貼るだけだし。移動しながらでもできなくはないでしょ」
「えー! そんな器用なことあたしムリだよ~!!」
「…わたしはたぶんできる―― うわっ??」
「え? なによなによ?? 今度はどうしたの??」
「ほらそこ足もと!! ブランクになった!! ほらそこ!!」
カトルレナが指さす。ここから5メートルも離れてない地面――
そこがいきなり黒くなって―― じわじわ、じわじわ、その黒がまわりに広がって――
「やばい!! 走ろうカナカナーナ!! こっちだ!!」
「え、え、ちょっと待ってよカトルレナ!」
… … …
「住民のみなさま!! ただちに避難してください!! モリタ市北部地域、ならびにザオウ市と東ザオウ郡の全域に、さきほど避難指示が出ました。荷物は必要最小限にまとめてください! 声をかけあって、ただちに移動してくさい。すみやかに指定の広域避難場所まで移動してください。そこから避難用の緊急バスが出ます。できるかぎり自家用車の使用は避け――」
白い車体の広報車が、スピーカー音量を最大にして走りまわる。その声をかきけすように、いくつもの消防サイレンが。さらには防災ヘリの爆音も――
町の国道は大渋滞。あちこちでクラクションが鳴り響く。歩道は避難民たちの長い列。大きなリュックを背負い、両手で子供の手を引いた母親たち。どこかで赤ん坊がはげしく泣いている。犬もたくさん鳴いている。空には暗い雲がたちこめている。ときどき風にまじって雨が降る。そして北の空には―― その暗い雨雲よりもさらに何倍も暗い、まるで夜そのもののような黒の領域が――
「ちっ、これじゃ追いつかれちまうな。ったく、なんだよこれこの渋滞――」
少年が舌打ちする。白のボディのマウンテンバイク。ここまでスイスイと車列の間をうまくすり抜けてきたが――
「すぐに車から降りなさい!!」
ヘルメットと盾を装備した警官がハンドスピーカで叫んでいる。
「これより先、自家用車両での移動は禁止されている! 全員車から降りて歩きなさい! ここより先の道路は、自治体の避難バスと緊急車両を最優先に――」
――ふざけるな警察!! ――おいそこ、さっさと通らせろ!!
――そうだ!! 車で行かせろ!! なめんじゃねーぞこら!!
――足の悪いおじいちゃんがいるんです!!
バリゲードの前で、人々が口々に叫んでいる。それを制止する警官隊。あちこちでもみあいが起きている。
「なあおっさん、自転車ならいいだろ? 別にとくに迷惑にはならないと思うし――」
「なんだキミは?」
呼ばれた警官が視線を下げた。
「や、だからさ、自転車はOKでしょって言ってんの。」
「キミ、小学生か? 子供は知らないかもしれないが、自転車も交通法では立派な車両で――」
「んなこと知ってるよ。けど、緊急だろ今。車両とかメンドクセーこと言ってんなよ。」
「なんだその口のきき方は?」
「口とかどうだっていいんだよ。逃げなきゃヤバいだろ今!!」
「とにかく指示に従いなさい。車両から降りて、市職員の誘導に従って―― あ! こら!」
機敏に隙間をすり抜けたマウンテンバイク。
あっと言う間に加速し、くだりの坂道をぐんぐんかけてゆく。
「止まりなさーい! そこの自転車、止まりなさ―い!」
「――ったく大人どもは、いざっていうときになってもホントにアホだなぁ。」
全速力で風を切りながら少年がつぶやく。下りの道はカーブしながら川沿いをどこまでも続いていく。風が吹く。雨がだいぶ降ってきた。サイレンを鳴らし、2台のパトカーがむこうからやってくる。けれどそれは少年はには目もとめず、さっさと通り過ぎた。サイレンの音が、雨にけむる谷向こうに遠ざかって――
「やれやれ。しっかし本気でメンドクセーことになってんなこれ!! しょうもないゲームよりはるかにゲームっぽい!!」
一瞬も力をゆるめずにこぎなら、少年が唇の端で笑った。
そういえばあいつは―― 父親は、ちゃんと逃げたんだろうか。
一瞬少年は考えた。考えたが、すぐにその考えをどこかに捨てた。まあでも別に、どっちでもいいか。たいして好きでもなかった。いちおう家族っていう名前でおんなじ家に住んではいたけど―― まあでも、ほとんど他人みたいなものだ。隣町にある会社に寝泊まりしてて、家にもたいして戻ってこなかったし。いつも金だけ置いていって―― そして母親の方は、とっくに離婚して遠くの町に行ってしまってる。そのとき妹も一緒にいなくなった。
「はは。けど、こういうときってむしろあれだなぁ。」
少年が小さく笑いをもらした。ほんとは思いきり大笑いしたいところ、なんとかギリギリこらえてるという感じで――
「家族崩壊してると楽でいいな。護るものなんて、ほんとに何もないし―― おやじより、家に置いてきたゲームのコレクションのが惜しい感じだもんな。はははッ。」
で、だけどこの俺が――
ほんとに家族もどうでもいいし何も護らなくたっていいはずの俺が――
何だかこれから、何かを護りに行くわけだろ?
世界を護る?
ははっ。よしてくれ。さすがに冗談キツイよな。
冗談キツイけど――
少年はペダルをこぐ。ごく。さらに力を入れてこぐ。こぐ。ごぐ。
けど、あいつと遊べなくなるのは――
あのバカと、もう話せなくなるとかは――
それはぜったい、ぜったい、嫌だっつーか――
あのバカすらもいないような、そんなつまらねー世界――
さすがにそれは、この俺にすら、さすがにちょっとつまんなすぎる――
そのままの速度で川にかかる大きな橋をこえた。
そこの三叉路で急停止。
← センナイ空港 26KM
ハマガタ市内 61KM →
――ん~、左、だよな。ま、行けるとこまでこいつで行くか――
少年はふたたびペダルに足をかける。
加速する。加速する。25秒で全速力に到達。そのスピードを維持する。
足の筋肉がもうだいぶ悲鳴をあげているが――




