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『アッフルガルド』  作者: ikaru_sakae
5/21

part 5

5/21


「え? え? え? う、う、う、うあああああああ!!!!!」


 いきなり誰かが叫んでる。完全パニックになって取り乱し―― 

 

 目を開けたらいきなり知らない場所だったからあたしもびっくりした。

 カップ麺の空。カップ麺の空。カップ麺の空。

 あとペットボトル。これも大量。あとは白のビニール袋。コンビニとかで普通にもらえるいちばんショボいやつ。あとほかにレトルトカレーのパック。そのほか白いトレーとか。あとほか大量の衣類。ティッシュの箱と多数のガラクタ――

「ちょっとあんた!! 何なのよここ!! 全然まちがった家じゃない!!」

 あとから転移してきたダグの腕をひっつかんで、あたしは全力で怒鳴った。

「どっかのゴミ屋敷じゃないここ!! 住人のヒト、すごく怖がってるし!!」 

「いえ、とくに間違ってはいないと思います。」

 最低限の動作であたしの腕をふるほどき、ダグがドライに言った。

「座標はたしかにここです。ここが目的の場所で間違いありません。」

「でもこれ何? ぜんぜんカトルレナの家じゃなくない?」

「もう少し正統的な日本語で言って頂かないと聞き取りにくいです。」

「ぜんぜんここ、カトルレナの家じゃないだろって言ってるの!!」

「カナナ様が事前にどのような想定をなさっていたのかは知りませんが――」

「とにかくここじゃないわ!! ぜったいここじゃないって!!」

「少し落ちついてカナナ。あまり大声を出さないで。」

 最後に転移してきたヨルドが、うしろからあたしの肩をゆすった。

「まだ未明ですよ。大きい声は近所に聞えます。そうでなくてもあちらの方が、すごく怖がっていらっしゃるし――」


…… …… …… ……

…… …… …… ……


「えーっと、あの、ここってその、ほんとにあの、カトルレナのおうちってことで、その、ほんとによかったの、かな?」


「う、うう―― し、しら…ない。しらない。そんな名前、ぜんぜん、わた、わた、わたしは、知らな――」

 毛布の下でブルブル震えてるそのヒトは―― 

 だけどたしかに、いつものききなれたゲームの中のカトルレナの声に、やっぱりだいぶ似てる感じはして――

「ひょっとしてひょっとして――ほんとにほんとにカトルレナ――なの?」

「ちが、ちがう!! ちがいます!!」毛布が即座に反応した。「しらない!! し、しらないです! わた、わたし、やってませんから!! そ、そん、そんな、アッフルガルドとか、そういうの、ぜったいに――」

「…ってことは、ほんとにほんとにカトルレナ??」

「ちちち、ちが、ちが――」

「…あ、ごめん。いきなり来ちゃった。あたしカナカナーナ。って、もうとっくに声でたぶんバレてる? よね?」

「し、しらない!! そんなヒト、ぜんぜん、知らないですから! わ、わた、わた、わたし、あなたのことも、ア、ア、アルウルのことも、ぜんぜん、誰も、しら、しらない――」


…… …… …… ……

…… …… …… ……


「いやー。びっくりしたよ~。だって、コンピューター関係の会社員って言ってたからさー。」


「…………。。。」

「あの、ごめんね。あたしもほんと、こんな急に連絡なしで来ちゃう予定じゃなかったってわけで―― ほんとに事故みたいなもので――」

「…………。。。」

「あの~、もしもし、カトルレナ?」

「…………。。。」

「ね、よかったら、ちょっと掃除とかそういうの、手伝おうか?」

「…………。。。」

「けどこれ、買い物とかって、どうやってるの? 誰かほか、家族いたりする?」

「……いない。……でも大丈夫。通販。宅配。」

「あー。そうかそうか~ その手があったんだね~ 便利な世の中だね~ここってば」

「…………。。。」

「あの~、カトルレナ?」

「…………。。。」

「もしもーし?」

「…………。。。」


「ん~、だけどすごいね!! 機材はすんごいの揃えてるんだここ!!」


 あたしは素直に感心して言った。ゴミの山の奥の奥、ゴミに埋もれたもうひとつの部屋。そのゴミ部屋のさらに奥。そこだけまるで別世界―― 


 DGA。


 通称『ディーガ』って呼ばれてる没入型ゲーム機材。場所もとるし機材もむちゃくちゃ高価だから普通の家には普通は置いてない。というか、買えない。それが何と、この家には―― 

「おー。こんな高いヤツつかってたんだ~。ゆとりの自宅ダイブってやつか~。やっぱ違うね~社会人ってやつは~」

この頃にはあたしもだいぶ開き直った。ぜんぜん空気読めないヤツのふりして(事実そうなのかも)、ダイブスペースのまわりを勝手に物色。


「あれ? これって、リアルなカトルレナの写真?」


 空のダンボールの山に埋もれるようにして、そのフォトフレームは落ちていた。

 写真の女性は、かるくウェーブのかかった長い髪を自然に流し、水色の上品なワンピースを着てる。うん。美人さんだ。あたしが声から何となく想像してたカトルレナのリアルイメージにすごく近い。写真の場所は、どこか見晴らしの良い高台。季節はたぶん夏。背景には青い海。そして空には白い雲。

「ほうほう? なにげに綺麗なとこだね~。これっていつの写真?」

 女性とならんで、そこはかとなく知的な眼鏡をかけたシックなジャケットの男性。さらにその足もと、すごくかわいげなちびっこ女子がひとり――

「ぽお~ すごいイケメンだね~。誰々? ひょっとして旦那さん? え、けどさっきたしか家族いないって言ってたよね? 何々? あ、ってことは――」


「さ、さわるな!!」


 いきなり体当たりがきた。。あたしはふっとんでゴミの山のまんなかにダイブ。もくもくほこりが立つ。あたしはなんとか立ちあがり―― ゲホゲホッ!  

「げほっ。って、ご、ごめんね~カトルレナ。なんか勝手にさわっちゃって―― でもなにも写真ひとつでそこまで怒らなくても――」

 言いかけて、口をつぐんだ。

 そこにいま、カトルレナ本人がいたから。

 長くのびたぼさぼさの髪。(たぶん)何週間も洗わずに着続けてる色あせたパジャマ。

 リアル・カトルレナは、こっちに背中をむけてうずくまり――

 その、さっきのフォトフレームを固く両手で抱きしめるみたいに持って――


 泣いてる。


 ぶるぶる、ぶるぶる、小さな子どもみたいに震えて。

 そんな寂しいうしろ姿を見てると、さすがのあたしも―― 


「これは何? 人間用の食品?」


「はい、おそらく。」ダグがクールに対応する。「外部包装の材質から、加熱調理を要する半流動食の一種だろうと推察されます。そしてこれはすでに開封して中身を摂取したあとの残骸かと。」

「とても興味深いわね。なかなか良い香りがする。」

「こらそこっ! 残飯をあさるなっ!!」

 あたしは全力でつっこんだ。けど、ヨルドっていう悪魔少女は全然こっちの話はきいてない。またすぐ別のゴミを嬉しそうに手にとってる。

「ふむ、いろいろ面白いものを作るのですね、この世界の人間は。事前情報としては知っていましたが、実地で本物の品物を見るのは貴重な体験です。この世界の平均的家屋の内部をじっさい見るのは初めてです。これも貴重な――」

「…って、ここ、ゴミ屋敷だから!! ぜんぜん平均的家屋じゃないから!!」

「ではこれは? これも食品?」

「いえ。そちらは食品用とではないと思われます。わたくしの物品アーカイブに参照すれば、それは一般に生理用品と呼ばれるもので――」

「…ってこら!! あんたら勝手に女性の部屋をあさるな!! めちゃくちゃ侵害してるだろプライバシー! ほらほら、さっさとそこ、そのソフィーサラから手を放せ!!」

………

………


「だいたいの内容はわかった、と思います――」


 話の最後に彼女は言った。毛布の下から、ぜんぜん顔をこっちに見せないで。

「けど、でもなぜ、わたしたちなんですか? ほかの誰かじゃ、ダメなんですか? もっとほかに適任者がいるはずです。世界を護るとか―― そんな大それた仕事を、わたし、やれる立場にあるとは、ぜんぜん思えない――」

「それそれ! それ、あたしもすごい思ってたの!!」あたしは思わず大賛成。「そもそも、なんであたしたちなの? そりゃ、あたしがお金に目がくらんでその大事な何とかを壊してしまったのは悪かったと思う。たしかに怒られてもしょうがない。けど、それ、その何とかっていう復活アイテムは、べつに他の誰が取りに行ってもいいわけじゃない? 罰ゲームみたいにムリしてあたしらが行くとかじゃなく、もっとちゃんとした、日本最強パーティーみたいな人らに行ってもらえば――」

「それができるなら、わたくしどもも楽に仕事を終えられるでしょう。とてもありがたい話だとは思うのですが、」

 むこうからヨルドが―― 部屋のどこかから発掘してきたクマちゃん人形を大事そうに抱きながらヨルドが―― って、けど、おい、いまこれ、世界が終わるとかそういう話してるんだろ? ぬいぐるみとか、とりあえず下に置いとけ。。

「事実上それは不可能です、技術的にも、時間的にも。」

「なんでムリ? ちゃんと説明してくれなきゃわかんないよ!!」

「理由は簡単。ゲームレコードです。」

 ダグが話にわりこんだ。

「わたくしが昨日採取したゲームレコードによれば―― 『緑の姫君』を最終的に消滅させたプレーヤーは、『ゲーム名:カナカナーナ』。火炎魔法ファイアブレスの連発によって、いちばん最後にダメージを負わせてNPCを消し去った――」

「げっ。でも待って待って待って!! え、だって、あのときはアルウルもカトルレナも一緒に同時に攻撃してたわけで――」

「わずかな時間差ですが、記録上はあなた様が実行者です。」

 ダグが言葉を読み上げた。まるで死刑宣告する裁判官みたいに。

「最終的に時空核を損壊させたのは、カナカナーナこと、カナクラカナナ様。あなたに他なりません。ゲームレコードにしっかりとそう刻まれている以上、その事実はもう今からは改変できない厳正な歴史的事実です。」

「な、なによそれ、歴史とか――」

「もし仮にカナナ様のおっしゃる日本最強パーティーがイベントに参加するとして――」ダグが、何か変な形の電子ブックみたいのをどこからか出してきて、それにちらっと目を落とした。「人材募集・リクルートに要する時間浪費はひとまずすべて無視するという条件のもと―― すべてが迅速に滞りなく運んで彼らがスペシャルステージの最終地点・パレムの泉において復活アイテム『命の水』を入手したとします。これはあくまで非常に安直で極端な仮定ですが――」

「に、日本最強なんでしょ? それくらい普通に――」

「さて、話を続けます。では、その『命の水』を誰に使うのか? もちろん明白です。『緑の姫君』です。それはそうなのですが――」ダグがいちど言葉を切った。「その選択肢が、きちんとそのときそこに表示されるのか? というひとつの問題が残っています。結論から申し上げますと、表示されません。日本最強パーティがどこをどう操作しても―― その選択肢は絶対にその時点で現れません。」

「え? なんで? 普通に出るでしょ?」

「出ません。」

「出るってば。」

「いいえ、出ません。なぜならアイテム使用時に『緑の姫君』の選択肢がじっさい表示される可能性があるのは―― これ自体も、あまり大きな可能性ではなく、ひとつの賭けのようなものなのですが―― 事実上、カナナ様。あなたのゲームキャラクターのみ。それ以外の可能性はありません。」

「え、なんでなんで? そこのとこの意味、ぜんぜんわかんないんだってば!!」

「これだけ言っても、まだわからないのですか?」

 ものすごいバカを見る目でダグがこっち見た。さっきからもうとっくに冷たかった視線の温度が、さらに何度か下にさがる。


「――つまりあれか。カナナの個人レコードにしか記録がないってことか―― なるほどね。話の筋としてはだいたいわかった。」


 毛布の下から、カトルレナ―― リアルの本名は何さんだか、ぜんぜんまだ知らないけれど―― とにかく彼女が、気弱に会話に加わった。

「たしかにそっちのヒトの言う通り、普通のモンスター戦でも、ターゲットして攻撃しただけでは記録にはならないよね。最後に倒して、初めてレコードに記録が残る。」

「え? 何? それがさっきの話とどうつながるの?」

「だからつまり――」毛布の下で、女性が気弱に言葉を選ぶ。「あの『緑の姫君』っていうNPCにつながる記録がちょっとでも残ってるのは、たぶんカナナのキャラデータだけだろうってこと。ほかにはたぶん、どこにも残ってないんでしょう。とっかかりになる記録情報がなければ、そのNPCを選ぶもなにも―― そもそも選択すること自体が不可能だろうし。」

「そういうことです。こちらの方は理解が早くて助かりますね。」

 ダグが嫌味っぽく、ちらっとあたしを見た。ふん、悪かったわね、理解が早くなくて。

「ご存じのように、『命の水』を含めて、ゲーム『アッフルガルド』のスペシャルイベントで得られるプレミアアイテムは―― 基本的にすべて、譲渡も売買も不可。実際にそれを入手したイベント参加者のみが使える仕様となっています。ですから、直接イベントに参加してそれを直接入手する以外、カナナ様が『命の水』を手に入れる方法がありません。それこそが、カナナ様がいまからスペシャルイベントに絶対に参加しなければならない、その明確な理由です。おわかりいただけましたか?」

「じゃ、厳密に言えば、別にわたしは行かなくてもいいってことだよね……」

「あー! こらそこ! なにそこパーティリーダーがいきなり逃げてんの!!」

「――冗談。ちょっと言ってみただけ。」

「嘘、嘘! ぜんぜん冗談っぽくなかったよ!!」

 ……

 ……


「いまからお二人にはダイブに備えて休んでいただくとして――」


 消える間際にヨルドが言った。なにげにしっかり、クマちゃん人形を両手で抱いて。。


「お二人が目覚めて準備ができたころあいに、またここに参ります。おそらくこちらの時間で六~七時間後になるかと思います。」


「もし仮に我々の到着が想定よりもおそくなる場合――」ダグがそのあとを続ける。「そのときは先にお二人で行動をすすめてください。ダイブし、すみやかにスペシャルイベントステージの入り口までの移動を。そしてその場合には、わたくしども悪魔は『アッフルガルド』のどこかの地点より途中参加させて頂きます。そこでのお二人のガイドおよび警護役ということで――」


 そこまで言って、いきなりシュッと消えてしまった。

 何の視覚エフェクトも効果音もなく――



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