part 4
4/21
「光と闇―― 天使と悪魔、二つの勢力は古来からずっと戦い続けてきました。その戦いはこの大宇宙に初めて時空が生まれた時までさかのぼり、そして今もそれは続いています。そしていま、この小世界―― カナナの属する世界は、いままさに終わろうとしています。」
ヨルドを名のるその女の子は語った。ひとつの照れも、ためらいもなく。普通に考えたら絶対正気とは思えない無茶なストーリー。作り話にしても出来が悪すぎて全然笑えない――
「サクルタス―― カナナの世界の言葉で言うところの天使たち―― 彼らはカナナの世界の堕落ぶりはもはや救いがたい水準に達したと判断。よって、世界まるごと消してしまうことを全会一致で決定しました。彼らは大宇宙の創造主の―― 『神』の名のもとに世界を裁く審判者です。彼らはこれまで、ここ以外にも数多くの小世界を彼らの基準によって裁き、咎め、罪を定め、いくつもの世界を終わらせてきました。しかしながら――」
ヨルドが言葉を止め、ちらっと視線を下にうつした。いまここ、百階超の高層ビルの上。見えるのは同じようなたくさんのビル。その足もとにひろがるムダに派手派手した歓楽街の明かり。通りを走るタクシーや深夜バスのライト。さっき破壊された市街地は、別のビルの死角になってここから見えない。でもまだ煙が大きく上がってる。きっとまだ延焼中なんだろうと思う。うるさいくらいのサイレンの音。いろんな緊急車両が走りまわってる。ヘリコプターの数も増え続けてる。
「しかしながら多くの場合、彼ら天使たちの基準はいささか厳しすぎると言いますか―― とにかく非常に採点が辛いのです。わたくしども悪魔とは、堕落や悪行に関する定義が根本的に違うと申しましょうか。たとえばわたくしどもデオルザルドの基準に照らせばまったく何ひとつ問題ない善良な――これはあくまで悪魔の基準に照らして善良ということですが―― そのような善良な世界さえも、天使たちは厳しく断罪しようとしています。わたくしども暗黒界は、なによりも各世界の自主自立と多様な世界文化を尊重するものです。それを破壊しようとする勢力に対しては、これは厳しく立ち向かわざるを得ません。」
「誤解して頂きたくないのは、何もわれわれ悪魔が戦いを好むとか、堕落を推奨しているとか―― そのような話ではなく、我々が関与する戦域はすべからく、その性質において防衛戦争だということ。雑多な小世界の自主自立をまもるため、我々は戦います。これまでわたくしヨルドは千百十四の小世界においてサクルタスと対峙し、それら世界の消失を防ぐために日夜戦ってまいりました。しかしこれまでのところ、戦力的にはつねにどの時空においても天使側が圧倒。わたくしたち悪魔側は常に苦しい戦いを強いられてきました――」
「今のこの小世界の消失が始まったのは、デオザルド標準時の八六六七三九エルグ七七ウォズ―― カナナの世界で言うところの昨日の明け方です。きっかけは時空核の損壊。時空核というのは、神が小世界をつくるときいちばん基礎に位置付ける物象であり、時空基盤と言いかえてもかまいません。それを何者かが、おとといの未明、不注意にも破壊してしまったのです。」
「もともとそれはサクルタスによって意図され、巧妙に誘導された計画ではありましたが―― 軽率にもサクルタスの計略に完全に沿う形で、わざわざここの時空核それ自体をみずから破壊するという愚行を働く者が、残念ながら出てしまいました。そしてそれにともなって、この小世界全体が不安定化、黒化し―― 自己破壊をはじめました。これがいま、カナナの世界で現実に加速度的に進行している事態です。」
「待って待って待って待って待って!!」
「ぜんぜん意味、わからないってば!! その、何? 何が破壊されてどうなったって? もっと普通の十代少女にもわかるように説明してよ!! 全然まったく意味不明!!」
「困りますね。これでもかなり省略して説明したつもりだったのですが――」
「ヨルドさま、」
横にひかえていた背の高い方が口をひらく。
「よければわたくしが続けましょうか? この小世界のきわめて低い知性レベルでも十分に理解できるよう、さらに言葉を簡単にして説明できるかと思いますが――」
「そうですね。では、頼みます。あくまでここの小世界の低レベル知性が理解可能な範囲でね。」
「はい。心得ました。」
「ふん、わるかったわね、小世界の低レベル知性で。」
「では、非常に簡単に要約してみます。カナナ様。あなた昨夜、オンラインゲーム『アッフルガルド』をプレーしたとき、あなた、『白の石の舘』という場所に行きませんでいたか? そしてそこにいた『緑の姫君』という友好的NPCを一方的に攻撃し――」
「げ?? なんでそれバレてるの?? どこからその情報を??」
「つまり、あれがすべての原因です。」
赤髪の女の子が冷たく言い放った。
「あの仮想存在は、カナナ様の世界の時空核と不可分に結びついた象徴的な存在。つまり言ってしまえば、何十億年来この小世界を支え続けてきた時空核そのものだった。それを壊したのです。昨日、カナナ様と、そのご友人方が――」
「え? ちょっと待ってよ!! あれってほんとに、そんなに大事なキャラだったの?? まさかそんな話、ぜんぜんあたし――」
「知らなかったと仰るんですね?」
少女が心底軽蔑したみたいにジロッとこっちをにらむ。温度の低いダークレッドの瞳で。
「しかし、知る・知らないに関係なく、今ここにその結果が出ています。世界は終わりを迎えています。世界はあちこちから同時に消え始めています。原因をつくったのはあなた。最後にそれに攻撃を加えて致命的ダメージを与えたゲームキャラクター名は『カナカナーナ』―― つまりあなたです。もちろんそれ自体は長い時間をかけてサクルタスが巧妙に仕組んだ世界破壊工作の一環であるにしても―― それでもカナナ様、あなたはあまりに軽率・不注意。この国の国語で言うところの、『本気のバカ者』だったということです。あなたと、そのご友人すべからく――」
「ダグ。バカ者はさすがにちょっと言いすぎでしょう?」
背の低い方がそこでなにげにフォローした。
「すいません。言いすぎましたか。では、ここのローカル言語で、何か他にふさわしい言葉は――」
「たとえばそうですね、」
ムラサキ髪の方が、まじめに少し考えながら言った。
「『底なしのドアホウ』。『真性の知恵足らず』。ここの国の国語には、ほかにもいくつもより良い表現が――」
「おい!! より悪いだろそれ! なんかすごい腹立つんだけど!!」
「けど、けど、なんでそんな大事なものが、こんな普通のゲームの中に普通に出てるのよ??だったらもっと奥に隠しとくとか――」
あたしは必至に抗弁する。
「だいたいあれってあのゲーム、リリースから三年とか四年とか、それくらいしかたってないのよ!! なんでそんな新しいヤツに、そんな古くからの世界の芯みたいなヤツがいきなり入ってるのよ!! 意味わかんないし説明つかないじゃない!!」
「時空核を視覚化し、この世界のニンゲンが直接触れられるよう具現化させたのも、おそらくはサクルタスの計画の一部だったのでしょう。つまりあのゲーム―― 『アッフルガルド』そのものが、サクルタスによる監修物―― 世界を裁くための装置だったということです。もちろんあれを企画した会社のニンゲンたちは、まさかそのような破壊装置だとは気づかないまま、今も運営を続けているのだろうとは思いますが。」
「じゃ、ほんとに何? あれがそんなすごいゲームだったってこと?? ほんとにマジメに冗談じゃなく? 本気でリアルとリンクしてて?」
「ほんとにマジメに冗談じゃなく――? 本気でリアルと――?」
赤髪の方がちょっぴり目を細め、なにか不愉快な虫でも見るみたいにこっちを眺めた。そこには好意のかけらはひとつもなかった。
「どうもカナナ様の日本語は、ときどき表現が稚拙すぎてついていくのが難しいですね。なによりそこまで同義語を連続させる必要性が――」
「うっさいわよ! 稚拙で悪かったわね!」
「では、そのいまの表現をお借りするとして。」
赤い目の悪魔少女が、表情ひとつ変えずに言った。すごく冷たく、突き放す感ように。
「はい。いまカナナ様が仰ったとおりです。あれはほんとに―― 『アッフルガルド』は―― ほんとにマジメに冗談じゃなく、そんなすごいゲームだったのです。そして、はい。あのゲームは本気でリアルとリンクしていました。というより、リアル世界のもっとも大事な部分だったと言ってもよいほどのものでした。ですからそれを知らずに壊してしまったカナナ様は、この小世界の人類の黒歴史に残る最大級の大バカ者であると同時に、世界の歴史のいちばん最後に名を刻んだ黙示録的テロリスト、ということになるわけですが――」
…… …… ……
…… …… ……
で、何? そのスペシャルスイベントって何なんだよ?
よくわかんない。
なんかでも、モアブ砂漠の、ロスゴなんとか神殿?
聞いたことねぇなあ。それってかなり古いイベント?
さあ? あとあと、そのダンジョンステージの最後に、何とかの泉――
なんだっけ―― パレムの泉?
なにそれ? 意味わかんねー
とにかく最後、そういう場所があるんだって。
そこ行けば何とかなるかもしれないって言ってる
なんかそこ、ドロップアイテムあるらしいの。命の水とかいう――
あ、それ聞いたことあるな。復活アイテムだろ?
それそれ! それをとにかくゲットしろって言ってる
ゲットしてどうするんだ?
だからそれを、使うんだってば
何に?
その、『何とかの君』に
え、それってつまりNPCに使うってこと?
その、「何とかの君」? 俺らが消しちゃったヤツ?
らしいよ。それで何とか復旧できるっぽいって。
ほかにもいろいろムズカシイこと言ってるけど――
けどそれ、すげえあやしいなあ。
復活アイテムだろ? 命の水?
だからそう言ってるでしょ
そのアイテムで、いっかい消えたNPCを復活?
いやいや、たぶんそんなご都合機能はなかったと思うぞ。
あくまでプレーヤーキャラ用の復活アイテムってことで――
知らないわよ。あたしにそれ言わないで
ほんとに大丈夫か、その話?
俺的にはぜんぜんこれっぽっちも信じられねーんだが。
まあ百万歩譲ってNPCが復活したとして――
それあんた譲りすぎ
おい、しょうもないツッコミ入れるな。時間もったいない
あんたもいちいち反応しなくていいから!!
で、けっきょくそのNPCが復活したら、
それで世界も大丈夫?
めでたくリアル世界も復旧? そういう話?
そうそう。そういう話、そういう話
けどそれ、さすがに世界、ナメすぎじゃねーのかそれ。
そんなしょぼいゲームのなにかで救われる世界ってなんだよ?
そんな適当な作りなのかよここって?
知らないわよ。
たぶんけっこう適当なんでしょ
…… …… ……
…… …… ……
「いちおう、伝えるだけは伝えた。」
あたしは疲れてバタッと倒れた。冷たいビルの屋上。ひやっこいタイルの上。
「カトルレナの方は、ライブチャットつながらなかった。たぶん今もう寝てると思う」
「ライブチャット? それはどのようなものですか?」
「その説明はめんどくさいから省略。」
倒れたままで、あたしは適当に息を吐く。
「とりあえずカトルレナのメッセージログに、書くことだけは書いといた。世界が消える話とか。復活アイテムのこととか。あとなに、パレムの泉? すごくざっくりだけど。あとでたぶん、むこうがダイブするタイミングで読んでくれるだろうとは思う」
「つまり、情報は伝達されたということですね?」
「そゆこと。信じてくれるかどうかは、あくまであっち次第だけど――」
あたしは大きくあくびする。眠い。寒い。冷たい。
「ね、あたしそろそろ戻りたいんだけど。」
「戻る?」
ちびっこい方の子が、可愛らしげに首をかしげた。
「それはつまり、今からまたどこかに移動するということですか?」
「そうよ。家よ家。おうち。さっさと家に帰りたい。そこでぐっすり眠りたい。寝たら、ちょっとは頭すっきりすると思う。今のこんな状態だと、とてもじゃないけどムリ。またダイブしてゲームイベント行くとか―― そんな余力ない。本気で倒れる。」
「カナナが今そこに倒れているのは、それは本気ではないのですか?」
「違う。こんなの倒れてるうちに入らない。倒れるっていうのは、もっと本気でバタッと倒れるやつ。むちゃくちゃもっと本気で倒れる。」
自分でも言ってること、わけわかんない。まあでもいいよ、今はなんでも――
「ヨルド様。ここはひとつ、休養させるしかないようですね。」
赤髪少女がさらっと言い放つ。斜め上からこっちを見ながら。む。休養させるとか、すごい偉そうなんだけど――
「そのようですね―― 時間が惜しいところだけど――」
「ねえ、もういいから、とにかく家に帰して。こんなわけのわかんない――」
「残念ながらムリですねそれは。」
「ムリ? なんで?」
あたしはとびおきた。
そこに立ってるダグっていう子は、なんだかとっても無表情。グネグネしたヘビのデザインの杖を左手に持って、なんだか壁紙でも眺めるみたいにこっちを見てる。
「なぜなら、あそこはもう安全ではありませんから。」
平板な声でダグが言う。売上伝票でも読み上げるみたいに。
「おそらくサクルタスは、カナナ様の住居の位置をすでに把握しています。その可能性は99.996%。今からそこに移動することは、わざわざ攻撃を受けに行くようなもの。賢明な行動とは思えません。もちろんわたくしも、もともとカナナ様ががそれほど賢明な方でないことはすでに理解していますが――」
「あ。またそれ、あたしをバカにして――」
「ダグの言う通りですよカナナ。」
ヨルドがむこうから言った。そっちはダグよりほんのちょっとはフレンドリーな声で―― 屋上の端っこ、落ちるか落ちないかのギリギリの位置。まったく高さを気にしない様子でまっすぐそこに立ってる。夜明けの風がふわっと吹いて、まっくろ黒のコートの裾が揺れ、長い長いムラサキの髪も同時にぶわっと横に揺れた。
「いまそこに戻るのは危険です。賛成できません。眠るなら、どこか別の場所を選びましょう」
「選ぶ? 選ぶってどこを?」
「いくつか選択肢がありますが――」




