part 3
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「なにこれ、広域停電って… あれってどこかヨーロッパの話じゃなかったの??」
あたしはそこにつったって、ただただ画面を見ていた。なんだか胸がドキドキした。すごく嫌な感じがした。何度か信号が青にかわり、また赤にかわり―― 人波が大きく移動して、また止まり―― いくつもの車の群れが通り過ぎ、またそれが止まって――
「カナクラ・カナナ。」
いきなりフルネームで呼ばれた。
「よかった。やっと会えましたね。」
スクランブル交差点の中央。
正面にその子がいた。
そこからまっすぐこっちを見つめて。
「え?」
誰? ぜんぜん知らない子だ。
見た感じは十二歳とかそれくらいの女の子。けど、それにしては妙に不釣り合いなダークな黒のロングコートを着てる。季節はまだぜんぜん冬じゃないし。ま、百歩譲ってロングコートはぎりぎりOKとしても――
おでこのところとに、なんだか無駄にカッコよさげな魔法文字みたいな黒のペイント。しかもその子、ありえないくらいの長髪だ。もうちょっとで地面に着きそうな長い長いムラサキの髪。それをものすごくムリヤリな感じで三つ編み四つ編み五つ編みにして、超強引にうしろでしばってる。
「…えっと。。あなた誰?」
あたしはとりあえず、訊くしかなかった。
そしてよく見ると、その子はひとりじゃなかった。
その横にもうひとり。まったく良く似たまっくろのロングコートを着た女の子が立ってる。こっちはだいぶ背が高く、すらっと細くて、見た感じは十五歳ぐらい。髪形に関してだけは、最初の子よりはノーマル系。長いさらさらストレートへアを左右で綺麗にふたつにまとめて―― けど―― その髪色。。まるで血みたいに不吉なダークレッド。全体のニュアンスとしては、やっぱりこっちも狂気入ってる。
「お話があります。今すぐわれわれと同行してください。カナクラ・カナナ様。」
背の高い方がクールな事務的口調で言った。そのあと背の低い方がかけよってきて、いきなり腕をつかんだ。
「もうあまり時間がありません。さ、カナナ、一緒に行きましょう」
「やっ!! ちょっと!! 何するのよ!! そもそも誰よあんたたち??」
「まずは移動しましょう。詳しい説明はそのあとです。」
「ちょっ! やめてってば!! こら、はなせって!!」
「ダグ、そっちを押さえて。逃がしてはダメです。」
「はい。わかりました。」
なんだか不穏なセリフを吐きながら、二人がギュウッっとあたしをつかんだ――
なにこれ!! なんなの、アタマどうかしてるよこの子たち!
バンッ!!
体当たりした。右手を押さえてた力がゆるむ。そのいきおいで体をねじる。左肩を押さえてた力もさっきよりゆるんだ。その隙を見て、全力ダッシュ!!
うしろで二人がまた何か叫んでる。けど、そんなのはもう完全無視。
意味わかんない。意味わかんない。いったい何者なのあれ? ほんとになんだか知らないけど―― まあでも、あんなのと関わるのはお断り。メンドクサすぎる。
とりあえずそのへんの路地や人ごみのなかをムダに適当に走って走って走って――
ようやくさいご、けっこう明るい大通りまで出てホッと一息ついた。
「困りますねカナナ様。あまりむやみに動かれると。」
「そうですよカナナ。ただでさえこのレベルでの実在を長く維持するのは困難なんです。あちこち移動されては――」
まだいた!! さっきの妙な女の子。背の高い方と低い方。赤い髪とムラサキ髪。二人がならんでまっくろくろのロングコートの裾をひるがえし――
「え?? な、なんでまたここにいるのよ!! こら!! しつこいってば!! 手、つかむなって! あんたらいったい何よ!!」
「同行してください。今すぐに。話があります。」
「話なんかない!!」
「あるんです。」
「ないって言ってんの!!」
バシッ!! とそいつのほっぺたをたたく。そっちの、チビの方。
「い、いま、いま、叩きましたね?」そいつがいきなり涙目になった。「わた、わたくしのことを、たた、叩いて――」
叩かれたほっぺたを押さえて、その変なコスプレっ子が本気で涙ぐんでる。
「無礼な!! ヨルド様に手を上げるとは!!」
背の高い赤髪の方ががいきなり激怒モードで言って、左手にもってる長い杖みたいなやつをアタマの上にあげた。
「ダグ、いけません!! いまこのモノに危害を加えることは許しませんよ!!」
「しかしヨルドさま、今のはあまりにも看過しがたく――」
「とにかく攻撃を中止しなさい。これは命令です。」
「ヨルド様がそのように仰るのであれば――」
なんか二人で意味不明な会話してる。って、そもそも、なんでなんでこんな急にメンドクサイことになってるの?? まわりの人たちも足を止めて、なんだか知らないけどヤバそうだなぁっていう冷たい目でこっちをじろじろ見てる。とっさにあたしは―― いまそこ、すぐそこに停まってる発車まぎわの深夜バスに――
ダンッ!!
ほんとにギリギリで飛び乗った。背中の真うしろでドアが閉まる。すぐさまバスが走りだす。
「ふう。。今度こそふりきったな。」
あたしは小さくひとりごと。そこに空いているひとりがけの座席に適当に座った。とりあえずそのまま目を閉じる。ふう。なんだか意味不明な夜だった。なんかすごい疲れた。まあでも、しばらくはこのまま静かにバスに揺られて――
「困りますね、カナクラ・カナナ。あまり短時間にあちこち位置を変わられると。」
「ヨルド様のおっしゃる通りですカナナ様。無用なリソース浪費をさせないでください。」
「なななな、なんでなんでなんで????? ここ、い、い、いまぜったいあんたら、あそこ、歩道に――」
「ねえダグ、カナナはなぜこんなにも驚いているの?」
「通常、こちらの世界の住人は転移というものを行いません。ですから理解不能な異質な現象として恐怖を感じたのでしょう。」
「けれど転移なら、カナナも普段から普通にしてたでしょう? アッフルガルドでは日常的に?」
「あれはまたひとつ階層が異なる下部世界ですから。二つの世界の相関についての理解度が、こちらの住民の間ではあまり高くないため――」
「難しいのですね。わたくしたちの常識が、カナナの世界では――」
「なにしろ辺境時空の最果てに立地する原始文明ですから。」
「けれどなぜ、カナクラ・カナナは――」
「って、カナナカナナってうるさいわ!! いちいち呼びすてるな!! 何でそもそも知ってるのよこっちの名前??」
「カナナのことは全部調べました。ね、ダグ?」
「はい。生まれてから現在に至るまでのすべての行動、日常的な行動パターン。細かくはスリーサイズからほくろの位置まで全部を――」
「げげっ。。なにそれ!! それってばっちりストーカーってこと??」
『あのー、お客さん、車内でもめごとは困りますよ~ しずかにしてくださいよ~』
「う、運転手さん!! こいつらストーカーでーす!! こいつらほんとにヤバいヤツらです!! 今すぐ警察よんでください!! こんなのさっさと補導しちゃってくださーい!!」
「あっ。ちょっと、いいからカナナは抵抗しないでこっちの話を――」
「もうこら、はなせってば!! いちいちさわるなってそこ!!」
「あの、ヨルド様。」
「何? ダグ?」
「きます。」
「くる?」
「サクルタスです。二体。きわめて近くに。」
「まずいわね。」
「まずいです。すでに強度のイーグス反応を感知しました。」
「はやく言いなさい、それ。」
「すみません。報告がおそく――」
「飛びますよ、カナナ!!」
「え? え?」
「くる!」
「くる? くるって何が――」
いきなり視界がぶれる。
いきなり体が―― バスの車体を一気につきぬけ――
街の明かり全部が長く間延びして尾をひいて、さいごは光の束になり――
「え? なになになになになにこれは???」
次の瞬間、
いきなり光が炸裂。
青い光が、直接いきなり網膜を焼くみたいに――
いきなりその青がはじけ――
ずっと下の足もとで――
燃えてる。
何かが燃えてる。
燃えてるのは街だ。
街の一角ぜんぶが、青と白の炎に巻かれて激しく燃えて――
「なかなか大胆ですね。正面から撃ってきました。」
「ええ。しかもあの規模でね。」
「二つの街区が消滅しています。かなりの熱量消費です。」
「確実性を重視したんでしょう。バスだけを狙うと外す可能性が高い――」
さっきの変なふたり組があたしの近くでボソボソそんな会話をしてる。
まるで昨日の天気のことを話すみたいにすごくクールに――
って、
え? え?
あたしはこれ、どこにいるわけ??
「わぁああああああああああああ!!!!!」
いきなり足もとの地面がない!!
空中にいる空中にいる!! なぜだかいきなり空中にいる!!
「いまここで大きな声は出さないでください。慌てなくても大丈夫。この仮設時空は重力の影響をわずかしか受けません。落下の心配はないです。」
落ち着いた声で小柄な方が言った。あたしのすぐ右側に立って―― というか、いまそこに浮いてる。。
「でも、だからといってまったくの独立時空と言うわけではありませんから―― しばらくはあまり大きな声で話さないでください。やつらに感知されてしまいます。」
「やつらって何? あんたらのほかに誰かいるの?」
「サクルタス。いま撃ってきたでしょう? 彼らはあなたを消すつもりです。」
「消す?? 消すって何??」
「ですから! あまり大きな声はダメです。もっともっと小声で!」
「消すって何? それってつまり殺すってこと?? あたしが何で狙われるの??」
だいぶ音量を落としてその子を問い詰めた。
消すって何よ?? 消す??
「カナナを消すのが、なによりいちばん簡単ですから。そうすれば現在進行中の時空破壊は完全に不可逆になり、サクルタスの使命は完遂される。だからカナナが狙われるのです。」
「全ッ然、意味わかんないってば!! ちゃんと日本語でわかるように言ってよ!!」
「ヨルド様は、いまこの時空のきわめて汎用性の低いローカル言語を選んで的確に話しをされたはずですが。」
横でひかえていた背の高い方が話に割って入った。
「おそらくは説明の言葉ではなく、カナナ様の言語理解力の方に問題があるもの思われます」
「なにそれ!! あたしが日本語できないってこと?」
「端的に言えばそうなりますね。」
「くあ!! いますごいバカにした!!」
「バカにされた、の方が妥当な表現では? 受動態の用法は、当地の八歳児でも問題なく理解できる内容と想定されていますが?」
「うう~、くっそムカつく!! 完全にケンカ売ったなそれ!!」
「いいえ。ケンカは売買対象ではありません――」
「二人とも!! ボリュームを落としなさい!!」
小柄な方がキツい視線をこっちに飛ばした。
「見なさい。来ている。とても近い――」
思わずそっちに視線をやった。
見えた。何か白っぽい、青っぽいモノ。
その数は二つ――
あれは人、だろうか?
最高に白い純白をもっともっとさらに純化させたらこうなりました、とでも言うような―― なんだか妙に神々しい青白い光を振りまきながら、二つの影が、音もなく空中を浮遊し――
「こっちを探している。」
小柄な少女がささやく。
「何なのあいつら? 幽霊?」
あたしも最小ボリュームでささやいた。そのよくわからない青白い影は、ふわ、ふわ、と右に行ったり左に行ったり、ときにはだいぶ下の方に行ったりしながら、ときどき止まり、また少しして動き出す。
「そのようなもの、かもしれません。でもたぶん、『天使』の方が近いだろうと思います。カナナの世界の言葉を借りるなら。」
「天使? いま天使って言った?」
「はい。言いました。」
「なんで天使が町を焼いたりするの?? いきなりバスごと吹き飛ばしたり―― それってむしろ悪魔とか、そっち系統がやることじゃない??」
「いいえ。悪魔はそんなことしません。」
「は?」
「悪魔はつねに護る側です。」
「なにそれ? 意味は?」
「ほら、だから現にいま、カナナを護っているでしょう?」
「なに? 何の冗談――」
パッ!! パッ!!
青い光が走った。
さっきの最初の爆発よりは、だいぶひかえ目な光り方。
あたしがそっちをふりかえったとき、もうさっきの青白い二つの影は――
いない。
いなくなってしまった。
そして眼下のトウキョウの街は、まだひたすらに燃え続けてる。
続々とあつまってくる消防車。たくさんのパトカー。
いまでは自衛隊のヘリまでがあたりの空を巡回し――
「わたくしたちは暗黒界デオルザルドからの使者です。わたくしは階級第七位のヨルドオルナルゴリアゼマ。そちてこちらは同六十八位のダグゼルゼビリオカオデリア――」
やたらと長いムラサキの髪、真っ黒ローブのコスプレっ子は――
なんだか年齢ににつかわしくない、やけにクールな紫がかった二つの瞳を、ゆっくりとあたしの方に向けた。
「カナクラ・カナナ。あなたを護りにきました。正確には、あなたと、あなたをとりまくこの世界そのものを。」
…… …… ……
…… …… ……




