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『アッフルガルド』  作者: ikaru_sakae
2/21

part 2

 6666666666666666クレジット


 残高。

 本日四時二十二分時点での口座残高――

 そんなばかな。そんなばかな。


 なんだこれなんだこれなんだこれ!!

 これが報酬? ほんとに報酬? まさかまさかまさか!!

 ひとりあたり二百万クレジットって話だったはずだ。その額だって破格だしぜったいありえない金額だし、ぜんぜん最初から最後まで半信半疑だったけど――

 でも、でも――

 さすがにこれはムチャクチャだ!! ありえない!! ぜったいありえないし!!



 いまいまコンビニ。銀行残高すごいことなってる。。


         いま見た。ビビった。なんだこれ?

 

 やばくない? 犯罪がらみ?

 

         しらねーよ。けど、それっぽいよな。


 ヤバいよ、あたしたち


         おい、とりあえずおちつけ。


 これ、おちついてられる??


         とりあえず待て。

         いまおれ、カトルレナに連絡中――


 やばいよやばいよ!! どうすんのよこれ!!


         うっせー!! いいから落ちつけって――

  

 『チャットアップ』でメッセージ交換すること五分。

 そのあとコンビニを出て地下にもぐり、都営メトロの駅へ。

 市ケ崎までの切符を、ためしにカードで買ってみる。

 三百五十クレジットがさしひかれ、カード残高は――


   6666666666666316 


 やばい。普通に使えてる、このクレジット!!

 嘘じゃないんだ。フェイクマネーじゃないんだ。ほんとにほんとにほんとに――



 市ケ崎の北六番出口から地上に出る。雨はまだ降り続けてる。

 コンビニで買った透明の傘をさし、人気のない大通りを家の方にむかう。この時間になってようやく空が明るくなってくる。黒の金網フェンスで区切られただだっぴろい空き地と、建設が中断して廃墟になった集合住宅と―― あとはよくわかんない資材の置き場、物流企業の倉庫に、廃棄物の集積ピットとか―― この冴えない街の北のはずれの片隅に、いちおうあたしの家がある。市営団地北D4地区B棟の18階。家というか、寝場所というか。ま、なんだっていいんだけど――


「ただいまー。」


 いちおう声に出してみる。

 返事はない。

 思ったとおり姉貴はまだ帰ってない。基本が二時とか三時とかに仕事終わりで、それが延びると平気で五時とか六時とか。口の堅い姉貴は、仕事のことはぜんぜんしゃべらない。基本が無口なキャラなのだ。本人は詳細は言わないけど―― ま、十中八九、風俗系の仕事だ。あの濃ゆい化粧と派手派手したドレスでやれる仕事なんて世の中ほんとに限られてる。

 あー、毎日つかれるー。こんなの続けてたら本気で干物になるなるー。

 それが姉の口ぐせ。

 まあでもそうやって毎日毎晩姉貴が稼いだ貴重なクレジットでここの家賃を払い―― いちおうここにあたしは居候させてもらってる立場。姉の仕事がどうのこうのと文句をつけるポジションにはぜんぜんない。一ミリもそんな立場にない。あたし自身、時々ゲームのあやしい裏仕事でちょこちょこっと小遣い稼いでるだけだし――



         カトルレナから返信あり。

         あっちにも振りこまれてた。やっぱり同額666…

 

 うげげ!! やばいね!! ぜんぜん嬉しくないわこれ!!


         ま、でも いいじゃんとりあえずもらっとけば


 まあそりゃ、もらいますよ。そこはしっかりもらいますけどさ…


         おれ、今日さっそく新しいPC買うわ。

         超新しい高スペックのやつ          


 あたし知らないよ~ なにがどうなっても


         別にどうもならねーって。

         ってか、おれらいま大金持ちだぜ?


 そうだけど。なんかでも、やっぱり気持ち悪いよ――



 そこらじゅうに放り出してある姉貴の下着をまとめてぜんぶひっつかみ、奥の部屋のウォッシャーにつめこむ。これ、誰がどう見ても容量オーバー。(何日分溜めてるんだこれ??)だけどそこは見ないふりをしてムリヤリ蓋をしめる。適当にモードをセットして『洗浄スタート』。

リビングに戻って(このカオス部屋をリビングと呼んでよければ…)、適当に衛星テレビをつける。といっても、特にそれで何かを見るわけじゃない。いつものお手軽BGMがわり――


『ユーロ中央市の最新の状況、なにか新たに入りましたでしょうか?』

『いえ、これまでのところ、新しい情報は入っておりません。』


 なに? こんな早朝からいきなりニュース? 音楽番組じゃなく?


『これまでの情報を整理しますと、本日未明より、ユーロ中央市とその周辺部15自治体との通信が、原因は不明ながら断絶している模様。電話もネット回線もつながらない状況が続いています。空から現地にむかった防災機関のヘリコプターも、現地空域に入った直後から連絡を絶っているとのことで――』


 なになに? 通信が――断絶?


『昨夜から今朝にかけて、現地ではハリケーン接近等の特異な気象事象の報告はなく――』


 妙に深刻なトーンのニュースキャスターの顔を映したカメラは、つぎに、現地の衛星画像に切りかわり―― …って、え?? なにこれ??


『ご覧いただいているのは、ユーロ連邦を上空から映した情報収集衛星からの映像―― いま先ほど入ってきた最新映像です―― 現地はいま午後です。日没をむかえています。東部地域はすでに完全に夜の領域に入っており、中部もまもなく―― ですから本来であれば夜間の都市照明が多数映っているはずの当該地域に―― いま現在、ぽっかりと円形に広がる黒の領域が映されています。この黒の領域は、ユーロ中央市を中心に東西南北に半径およそ140キロあまりにわたって広がっています―― おそらく現地では、大規模な停電が起こっている模様―― 西部フランス州では、州軍の現地派遣も視野に入れて情報の収集をすすめており――』


 冷蔵庫から出してきた胡麻プリンをあけようとした微妙な姿勢のままで、

 あたしは食い入るようにテレビ画面をみつめた。

 画面いっぱいに映し出される、空から見たヨーロッパ。

 星空みたいな光の海のどまんなか、

 そこだけぽっかり、なんだか不自然なほどまんまるく円形に広がる、

 まったく光のない暗い場所。

 これってほんとにただの停電――なの? 

 ぜったいそんな生易しい何かじゃないような――

 理由はわからない、けど―― なにかとても不吉な空気をそこに感じた。

 ひどく嫌な感じの黒。なにか絶対、絶対誰も見ちゃだめなはずの禁断の色を、

 いまそここで誰かに、ムリヤリに見せられているような――


…… …… ……

…… …… ……


「だけどすごかったな。あのユーロ何とか市?」

「中央市。わざわざそれ、何とかって言いかえる方が大変でしょ。」

「どうでもいいだろ名前とか。」

「でもあれ、まだまだどんどん広がってるって。さっき新たにジュネーブ市とも連絡とれなくなったって言ってた。」

「ジュネーブってどこ? ロンドンとか、あそこらへん?」

「アホ。ぜんぜん違うわよ。学校で習わなかった?」

「習わねえよそんなもん。ユーロ連邦。首都ベルリン。それしか知らねーし。」

「嘘ばっかり。歴史とかで出てくるもんジュネーブ。」

「歴史とかどーでもいいし。けど、ほんとに何だろな? ひょっとしてエイリアン来襲とか?」

「は? エイリアン? 意味わかんない。」

「原因全然わかんないんだろ? ほんとに何か映画みたいに――」

「あは。アホじゃないの。ガキだなぁ、発想が。」

「うっせー。ガキとか言うな。」

「けど、なんかすごい避難とかしてるっぽいよね。どっかで暴動も起きてるって言ってた。」

「ま、だけどそんな中、かわらず呑気にこっちで遊べてるおれらってば、これはもう完全勝ち組だよな。」

「こら。怒られるよ、そんなん言ってたら。」

「ははっ。誰にだよ?」


 とかなんとか――

 あたしとアルウルはいつものこっちの遊び場でぶらぶらしょうもない会話をしている。

 王国属領ペドルガル。南の商都バトラ。

 『いかにも』な中世ヨーロッパ的城塞都市。たくさんの塔と、たくさんの教会、それからおっきな貴族の屋敷と、もうちょっとサイズの小さな商人とかの家。それがぜんぶ整然とならんでる。なかなか立派な町だ。建物は全部が石でできてる。階段とか坂もけっこうある。まんなかの市場はいつ見ても活気があってたくさんの果物とか野菜をいっぱい売ってる。昼間に行くと人がいっぱいですごくにぎやか。市場の隅では音楽とかもやってて――


 で、いまここは、そのバトラの町の南のはずれ。きれいなおっきな湖に面した広い原っぱ。ここには修道院だか何だかの廃墟があって、いかにも古い、いい雰囲気。絵葉書とかにものってそうな景色だ。

 いちおうここが、うちのパーティの集合場所。パーティって言っても、あたしとアルウルとカトルレナの三人だけの地味なグループなんだけど。

 いまここ、ゲーム内時間では夕方の設定。夕暮れ雲が湖の上の空をゆっくり流れてる。風はおだやか。ほのかに夏草の香りがする。遠くの農家の煙突から、ゆったりした白い煙があがってる。もうちょっとしたらあっちこっちの空に星がまたたきはじめる。

 で、いまあっちで「グランゴット」っていう山羊っぽい動物モンスターを狩って暇つぶししてるのは―― 今さらあんな雑魚を倒してもお金にもスキルアップにもぜんぜん役立たないんだけど―― 

 あれ、あたしの遊び仲間のアルウル。エルモっていう妖精種族の設定。緑色の髪、カッコよさげな紋章刺繍の入ったベージュのポンチョみたいな服を着て、よさげな皮のロングブーツを履いて走りまわってる。

 アルウルとはリアルには会ったことない。こいつ、あたしの町からもうちょっと、だいぶだいぶ五百キロくらい北に行ったモリタ市っていうところに住んでる自称小学生。

 

 そしてあたしはカナクラ・カナナ。ここのゲームではカナカナーナっていう名前でプレーしてる。種族はユマノール。ゲームに出てくる六つの種族の中では、見た目的にいちばんニンゲンっぽい種族だ。性別は女性で、職業―― 

 これはあんまり言いたくないんだけど、いちおう「ファイアー・ウィッチ」ってことにはなってる。というか、成り行きでそうなってしまった。ファイアーとか、いかにも言葉がしょぼい。だからこの職業名は嫌い。火炎系の魔法ばっかり集中して究めてたら、自然にこの名前になってしまった。

 見た目的には黒系のおかっぱっぽいストレートの髪に、何とかティアラっていう魔法防御を上げるカチューシャ的な髪飾りをつけてる。そしていま着てる服は、去年、『魔法都市インジェニア』で買ったピチッとしたタイトな本格魔女仕様のロングドレス。金属の糸を編みこんだ黒とシルバーの間のシックな色。すごく気にいってる。とっても軽くて着心地もいい。そのわりに防御力も高い。

 悪いところを言えば、太もものところのスリットがちょっぴり大きすぎる。それが唯一の欠点。戦闘とかで走りまわると生足がやたらと見えて恥ずかしい。まあでも、これってそういうゲームだ。いちいち足の露出が多いとか言いだしたら、とてもじゃないけど着れない防具がいっぱいある。目のやりばに困る水着みたいなヤツとか。そういうの平気で着てここで毎日楽しく遊んでる他のプレーヤーたちに比べると、あたしの服のセクシーアピールはだいぶ控え目なほうだろう、とは思う。


 で、ここに去年から、わりとちゃんとした社会人のカトルレナが加わった。

 種族はあたしと同じユマノール。さらさらの長い金髪をところどころ細く三つ編みっぽくして、シルバー系のプレートアーマー、肩につけた長いマントをひるがえしてカッコよくロングソードを振るうその姿は、「戦うお姫さま」っていう言葉がふさわしい――と、あたしはこっそり思っている。ちなみにリアル世界のカトルレナは、あたしの町からだいたい西に八百キロほどはなれたヒノシマ市ってところに住んでる。年齢は25は超えてるって本人は言ってた。


「ごめ~ん。おそくなっちゃった。」


 白い光のビジュアルエフェクトをふりまきながらカトルレナが華麗に転移してきた。

 ところどころ細く三つ編みにした長い金色の髪が夕方の風にさわっと流れる。表情はいつものカトルレナ。すごい美形の女戦士さん。だけどいつもちょっと、なんだか眠たそう。

「おっせーよカトルレナ。すげえ待ったし。」

 なんだか偉そうに言って、アルウルがさっきからムダに口にくわえた長い葉っぱをプッと吐きとばす。

「嘘。たいして待ってないでしょ。あんたも来るのたいがいおそかったよ」

「いちいちうっせーし。」

「事実を言ったまででーす。」


「ね、ふたりとも、もう聞いた?」


 カトルレナが、いきなりわりと真剣な声で言った。

「聞いたって何?」アルウルが山羊モンスターと遊びながら適当に言う。山羊的には全力で突進して突きを入れているつもり―― だけどアルウルとの戦力差がありすぎて、ぜんぜんダメージにならない。「それって入金のこと? それともユーロ何とか市の話? そんなもんもうとっくに、世界のみなさん全人類が――」

「いや、そうじゃない。それとはまたちょっと別の話だよ」

 カトルレナが首を横にふる。

「いま『アッフルガルド』――ここの世界でいまじっさい起きてること。」

「え? 何何? 何かあったの? 耳より情報? またまた新たなスペシャルアルバイト?」

 あたしは座ってた石積みの上からバシッととびおりる。勢いつけすぎて湖の水際まで移動してしまった。すぐさま反転してカトルレナの立ち位置まで戻る。

「じゃ、ふたりはまだ知らないんだ。ね、今すぐワールドマップを見て。それですぐわかる」

「ワールドマップ? 何をいまさら――」


 ティロリロロロロン!!


 なんだかムダに楽しげな電子音が響いた。いままで見えてたペドルガルの牧歌的な夕暮れ風景が遠くにかすんで消えていく。いれかわりで、真っ白なブランクを背景にした三人共有のワールドビューがたちあがる。ちょうどいま自分たちが空を飛ぶ鳥になって世界を見てるような目線。このゲーム世界ぜんぶをはるか上からいちどに見渡して――

「いまこれ、見てるけど――」

 アルウルが興味なさそうに片手でアタマをかく。

「何かある? 別に普通じゃん?」

「南方辺境。拡大してみて。」

「何だよ~ やけにもったいぶるな~。」

 アルウルがめんどくさそうに左手をふった。足の下に広がる色とりどりの世界図をググッと左上方向にズームアップ。


「…なに、これ……」


 あたしたちの足もとで、

 ワールドマップのそこだけが――

 森の緑と湖の青でかたどられた辺境マップの中央右あたり――

「…なんだよこれ? 消えてんの?」

 アルウルがつぶやく。さっきまでの余裕はどこかに消えた。

 

 黒だ。

 黒のブランク。

 そこだけほんとに何もない。何も見えない。

 そこに絶対昨日まであったはずの草原も。

 そこにあった町も、村も、教会も。

 森とかそういうのも、畑も川も、牧場も。

 全部がその、黒の―― 

 ひたすら何もない黒い領域に飲まれて、浸食されて――


「え、だけどこれってまさか…」

 あたしは一瞬、言葉につまる。背筋がひやっと冷たくなった。

「つまりこれ、あれなの? 一緒ってこと? いま、リアルのヨーロッパで起こってるのと?」

「あほか。あっちはリアル世界の話だぜ?」アルウルがバカにした声で言った。「ったくこれだからお子ちゃまは。リアルとバーチャルの区別もつかねえとか――」

「うっさいわよ。あたしよりお子ちゃまのあんたに言われたくないわそれ。」

バシッとアルウルを蹴った―― けど、ギリギリでかわされた。はは。お前の動きは見切ってるぜ!! とか何とか言ってそいつがへらへら笑う。む。なんかすごい腹立つ。

「わたしも―― さいしょの見た目の印象としては、あのニュース映像と似てるなと思った。」

 カトルレナが言った。視線は足もと、全部のカラーを失った暗黒の領域を憂鬱そうに見つめながら。

「ま、とはいえ、いまアルウルの言った通り、これってはやっぱりゲームだからね。いまヨーロッパで現実におこってる出来事は、たぶんこれとは関係ない、とは思う。」

「ほんとに?? ほんとに何も??」

「…たぶん。」

「あ、いますごい自信度さがった。。」

「きっとたまたま、タイミングがちょっとかぶっただけでしょう。」

「ちょっと? すごくかぶってない?」

「や、でもね、それよりもっと気になることがあるんだ。いまここの三人にとっては、そっちがはるかに重要で――」

「はるかに重要?」

 あたしとアルウルが同時に同じ言葉を言った。おい、かぶせるなよ!!とアルウル。あんたがかぶったんでしょ!!とあたし。

「この黒の領域の中心座標―― ここ、さっき気になってまじめに調べてみた―― そしたらこれ、困ったことに、ここってまさに昨日われわれが行った場所そのものなんだ。あの例の、『緑の姫君』の――」

「うげっ!! ってことは、このバグの原因はおれらってこと?」

 アルウルが大きくうしろにのけぞった。

「ほんとの因果関係まではわからない。でも、おそらく何か関連はあるんじゃないかと思うわけ。座標は完全に一致してる。タイミングも――」

「…やべえな。これ、俺ら、本気でぶっこわしちまったってこと? このゲームのシステムを?」

「運営は何か言ってるの?」

「今のところは何も。でも、このあと何か通達があるでしょう」

 カトルレナが肩をすくめる。そのあと、風でねじれていたマントを両手でさっさと直した。

「だってこれだけのバグだもの。最悪、システムリカバリで数日停止とか、それくらいはあっても不思議はないかも、だね」

「カンベンしてくれよ~ 数日プレーできないとか、おれ退屈すぎて死んじまうよ」

「あんたの退屈よりゲームの心配しなさいよ!! あたしらが壊したかもしれないのよ!」

「ほんとにそうかはわかんねーだろ。」

「まあでも、たどられるとやばいよね。」

「たどる? たどるって何?」

 あたしはカトルレナをふりかえる。

「バグの原因をトレースされたら、ってこと。たぶん運営が少し真面目に調べれば必ずこっちのキャラデータに行きつくでしょう。辺境フィールドだもの。昨日あそこに行ったプレーヤーの数なんてたかが知れてるし――」

「やばいやばい!! それはやばいよ!! アカウント停止?? キャラクタ抹消??」

「最悪、サーバー企業に損害をあたえたということで、リアル世界での刑事罰とか賠償とかの話になる可能性もあるよね。いちばん最悪の、最悪の場合。」

「やばいやばいやばい!! それってメチャクチャやばくない??」

「って、こらカナカナ。今ここでそんなビビッてもしょうがねーだろ。ガキかよ?」

「けど、けど、今ここでビビんなかったらいつビビるのよ!!」

…… …… ……

…… …… ……



 なんだかんだで神田坂のダイブカフェを出たのは夜の十二時を過ぎてた。

 会社員むけのオッサン臭い飲み屋ばかりが立ちならぶ一角。『禁夜城』っていう名前のでっかい悪趣味なチェーンの飲み屋の角をまがり、新袋方面にむかうにぎやかな道をてくてく歩いた。道の真ん中で四十くらいのオッサンが地面にうずくまってゲエゲエ吐いてる。それを避けて端っこを歩いたら腐った魚の残飯を踏んだ。ついてない!! こないだ靴、買ったばかりなのに!! その同じ歩道でものすごく化粧の濃い金髪の女が何かあやしいティッシュみたいのを配ってる。さらに歩くと信号の手前で無精ヒゲぼさぼさのメガネの太ったオッサンが「30分! 抜き放題! 追加課金なし!」っていう広告ボードをやる気なさそうに掲げてた。その隣で悪趣味な指輪とブレスレットを15個ぐらいつけた目のすわったおばちゃんが「救済の時は来た!!」っていうタイトルの変な冊子をひたすら無言で配ってる。そのさらにうしろでは二人のホームレスのおやじが路上で楽しく酒盛りしてて―― 


 ま、これ、いつものトウキョウ平常運転だ。いつ見ても汚い街。自分の生まれた所ではあるけど、もう一回自分で選べますよって言われたら、たぶんここの街はスルーしてよその街で生まれるだろうな、とは思う。そのあと御飯ノ水のでっかい交差点で信号待ち。もう日付がかわったあとなのに、タクシーとかそのほかの車で道はけっこう混雑してる。


『――ひきつづき、センナイ支局からの中継です。――東北地方キタモリ市を中心に広がっている広域停電に関する続報です。避難指示のエリアがあらたに広がりました――』


 交差点に面したビルの壁面の大型テレビ。

 いまそこに、NHHの臨時ニュースが映し出されてる。


『――現在避難指示が出ているのは、キタモリ市の全域、トワノ市の全域、ニシモリ郡とツルガ郡の全域―― そして今回あらたに、ミサマ市の西部に新たに避難指示が出ました。住民の方は、ただちに避難行動をはじめてください。また、県境を越えたモリタ市の一部にも、あらたに避難の勧告が出ました。 ――本日未明、政府は東北地方広域停電に関する政府対策室を公式に立ち上げ――  さきほど北部方面の三つの師団に、キタモリ県への派遣に備えた出動待機命令が出されました。これを受けて防衛省では――』


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