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『アッフルガルド』  作者: ikaru_sakae
14/21

part 14

14/21

 … … …  


「今から三分ほど前―― 正確には、みなさま方の世界時間で二分四十三秒とゼロ六秒前のことですが―― みなさまの首都トウキョウは完全に機能を停止し、その後、消失しました。」

 ヨルドは言った。とてもあっさりとした声で。

「周辺のヨコハナ市、チマ市、カイタマ市、コウツ市、オラワワ市、イサナヅ市―― そのほか首都圏内の主要四十六都市も、すべて同時に消失しました。トウキョウ消失に巻きこまれた人口は、概算で二千七百七万五千と四百と推定されます。そしてこれ以外にも隣接する七十九市町がほぼ同時に消失していますので、それらすべてをあわせたカントウ諸県の人口損失は三千二百万を少し上回る程度と推定されます。」

「…程度って―― それ、おい――」

「それってつまり―― トウキョウはもう、ほんとに無いってこと?」

 震える声で、あたしは言った。

「はい。そうです。なくなりました。」

「じゃ、そこにいた姉貴―― あたしの姉さんは―― どう、なったの?」

「残念ながらわたくしにも、特定個人の安否情報を収集するほどの余力はありません。ですからあくまでひとつの推論として申し上げますと――」ヨルドが事務的な口調で答える。「よほど特別な幸運にめぐまれた例外事象―― 簡単に言えば、奇跡がそこで起こっていない限り―― おそらくカナナのお姉様も、都市消失に巻きこまれたと考えるのが合理的でしょう。」

「それってもう―― 死んだってこと?」

 かさかさに乾いた声で、あたしは言った。

「はい、おそらくは。――と、このように申し上げるのは、非常に酷なことだとは理解していますが―― わたくしはあまり、カナナに嘘を言える立場にはありませんので――」

 だれもみんな誰ひとり、何も言えなかった。

 ただもうひたすら、黙るしかなかった。


 … … …  


「今から五十一分ほど前に急激に加速した黒化現象は、世界規模での広がりをみせ―― 現時点までに、中国連邦の首都圏および人口集積地のシャンナン州、エンヤン市とグホン市を含めた沿岸都市群の97%、ロシマ連邦の首都圏とサンペトロ副首都圏の大部分、南アジアインディナ連邦の全域、黒海連邦共和国のすべて、アタビア連邦首長国の七つの都市圏のすべて――  またユーロ連邦では、最後にのこったブリタニア州の主要都市ロンドンとの通信が、さきほど一分前に完全に断絶しました。同時に、太西洋をへだてた北アメリカでは、百六十一の主要都市と、二千百二十九の小自治体が、もうすでに消失、存在を停止したものと推定。南米のリオ大都市圏では、市街で混乱と暴動がひろがって多数の死者が出ている模様。またアムリカ大陸、オセオニア大陸と周辺諸島部は、すでに完全に消失が完了したものと推定。いかなる人間活動も、もうそこでは観測されていません――」

 淡々と読み上げられるヨルドの報告。消失、全滅、通信断絶、混乱、暴動、騒乱、壊滅。 

「ただひとつ、比較的ポジティブな情報としましては―― 本ゲームの最重要サーバークラスタが立地している台南民国の首都周辺は、現在まだ十分な都市機能をとどめていること―― この地域が消失するまでの残り時間は、最短で七十二分、最長で百七分程度と推定。ですからこの点は我々にとって非常に幸運な材料として作用すると思います」

「おい。ふざけんな… そんなののどこが幸運だ――」

 アルウルがうめいた。けれどその声にはぜんぜん力がない――

「――さいごにみなさまの日本地域の詳細をいくつか追加いたします。現時点において、国土面積に占める消失地域の割合は八十七パーセント。1分間におよそ0.4%の割合で、この面積は今も増大しつづけています。カナナとカトルレナさんが現在滞在しているヒノシマ県ヒノシマ市、および、アルウルさんが滞在されているオキワナ県ナナ市の二都市に関しては、現在のところ、まだ都市機能の存在が確認されています。この二地点に関してのみ、今後もひきつづき九十分から九十六分程度、今のままの状態を維持できるだろうと計算されています。」

「け、計算ってなんだよ―― なんでそこだけ無事なんだ?」

「理由は明確。この二地点は、わたくしども暗黒界が、最重要防衛拠点として能動的に防衛を続けているからです。」

「能動的に防衛? なんだそりゃ?」

「今から二十六分前―― 近隣時空を回遊していた暗黒界所属の四つの別動隊に、この二都市の拠点防衛支援をわたくしヨルドが要請し、この要請は即座に許諾されました。」

「じっさいどうなってるの? ヒノシマのあたりでは? 何がほんとに起こってるの?」

 カトルレナが震える小声できいた。

「おそらく具体的な詳細は、お知りににならない方がよいだろうとは思います。不要な恐怖心をかきたてる結果しか生まないと思いますので。」ヨルドがさらっと答えた。「現在みなさまが利用されているダイブスペースの周辺地域はきわめて重点的にわたくしの同胞の悪魔部隊が死守を続けています。ひとまずは安全と言ってよいでしょう。しかしそれも、今後の九十分間に限っては。という前提のお話ですが――」

 ……

 ……



 誰も何も話さなかった。いつもはつまんない冗談ばっかり言ってるアルウルも―― いつもだったらメンバー全員のアイテムストックとか戦闘の方針とか、ゲームの細かいところまでチェックしたがるカトルレナも―― いつもアルウルにからんでバカアホ言ってるあたしも―― あとついでにルルコルルも――

 気の遠くなるほど長い長い吊り橋みたいな場所をなんとかなんとか渡りきり――

 あたしたちはまた、わりとちゃんとした足場のあるところにたどり着いた。ここから先もあいかわらず、古びた線路の道が続いてる。

 ここにきてもまだ、みんなやっぱり無言だった。誰も何も言わない。というか、言えない。

 足取りは重く、ダンジョンの中はさっきよりさらに温度が下がってる。吐く息が白い。足もとから冷気がくる。かなり際どい崖ギリギリを線路が通ってる箇所もあって、そういうところはけっこうわりと緊張しながら通った。線路が分岐して別れてるところでは、カトルレナが攻略マップを出してきて無言で道を確認し――

「見て!! なにかいる、あそこ!!」

 カトルレナが短く叫んだ。

 ドドドッという地響き。なにかでっかい影が通路のむこうからもう全力で突進してきてる。

 あたしは反射的にマジックワンドを高くかまえ、『ファイアブレス』のスペルを詠唱。赤の炎がほとばしる。その押し寄せてくるごっつい何かが、瞬時に炎のベールに包まれた。続けてあたしはもう一発、こんどはさらに上位の魔法を発動――

 ……

 ……


「イヴォドゥ・ゴアっていう名前になってるね。たしかこれ『イーガの砦』で出てたサンドゴーレムの、もう2ランクぐらい強いヤツだ。」


 カトルレナが戦闘レコードを見ながらひとりごとみたいにしゃべった。

「――けど、そんなのここのステージの登場モンスターリストにはぜんぜん入ってない。これもたぶんバグかな。じっさいのイヴォドゥ・ゴアって、さっきのあれよりは、もっとずっと上のレベルのモンスターだったと思うし――」

 カトルレナはモンスターアーカイブのページをひらいてまだブツブツ言ってる。

「そう言えば、その前に出てきた目玉のヤツも、イビルアイ・ロードって名まえのわりにはめちゃくちゃよわかったな。」ダガーをブンブン適当に振ってアルウルが言う。「ロードってつくやつは、たいていもうちょっとは手こずるんだけど。ぜんぜんつまんなかったな。素振りの練習にもならねーって言うか。」

「まあでも、楽でいいじゃない。逆にバグってめちゃくちゃ強くなってるとかだと、やばいでしょう。」

 モンスターアーカイブをうしろからのぞき見しながら、あたしも久しぶりに言葉をしゃべった。そうやって言葉にしてみると、なんかちょっと、ホッとしたというか―― ああ、あたしもまだ消えたりしてなくてちゃんと生きてるんだな。っていう、変に素朴な感想が浮かんだ。

「カナカナはさぁ、おまえいっつもそれだなぁ。」

「それって何?」

「『まあでも、楽でいいじゃない』。何百回そのセリフきいたか」

「む。そんなにいつも言ってないでしょ。」

「楽すること以外、おまえなーんも考えてないだろ?」

「そんなことない。あんたにそんなこと言われる筋合いはないわ。」

「うぉ??」

 あたしの蹴りをまともにくらってアルウルがよろめく。そっちは足場のない奈落――

「あ、危ない!!」

 あたしはとっさに手をのばす。アルウルがそれを何とかつかむ。ひっぱる。踏みとどまる。

「う~、やばかったやばかったー!」

「お、おまえな~、場所とか考えて行動しろよ!! おれ今死ぬところだったぜ??」

「ごめ~ん! もうやりませ~ん。。」

 ……

 ……


 まあでも、そして、ようやくついに―――

 『エレベータ跡』っていう場所まできた。

 かなり大きな広場みたいな場所で、線路が全部で二十本くらいに枝分かれしている。それぞれの線路が、さいごはまっすぐむこうの壁に行き当たり―― そして壁にはでっかいボロボロに錆びた鉄扉が横一列にザザッとならんでる。線路と同じ数の、全部で二十くらいの扉。線路はさいご、そこに引きこまれて終わってる。

 なるほど、これがエレベーター… 

 ここってたぶんヒトだけじゃなく、鉱石つんだトロッコごと昇降させる装置なんだろう。でもこれ、『エレベーター跡』っていうだけあって、今はほんとには機能してないっぽい。壊れて扉がとれちゃってる箇所とか、半びらきのままで固まって放置されてるヤツもけっこうある。

「なんかここ、やばいくらい寒いね。おしっこ行きたくなっちゃった.」

 あたしは震えながら言った。吐く息が、もうほんとに白い。

「ねえ、これって一回ログアウトしてトイレ行ったらダメ? まじめにちょっと、トイレ行きたい.」

「ま、べつにいいんじゃね? ちょっとくらいだったら問題ないだろ。ここで待っててやるよ。」

 アルウルがつまらなそうに言って、顔の前に浮かべた攻略マップに目をむける。

「じゃ、わたしもちょっと行ってこようかな。」

 カトルレナが寒そうに息を吐きながら言った。

 あたしはかるく左手をふる。

 空中に緑表示のタスクバーが立ちあがる。

 上から六番目の『ユーティリティー』を選択。そこのいちばん下、『ログアウト』のボタン。いつものようにそれを左手の指で――


「いけません!!」

 バシュッ!! バシュッ!!


 いきなり魔法きた!!

 ピンポイントのショックボルトが左手をたたく。そのせいで間違えて「ウィンドウ・テンプレート」っていうボタンが押されて全然関係のない『どのウィンドウ・テンプレートを選びますか?』の表示が空中に出てしまった。。

「あ、あんたいきなり、なにすんのよ??」

 ヨルドの方をふりむく。ヨルドはちょっと上のほうで空中静止して、なにかピリピリしたマジな金色オーラを発している。

「ログアウトはいけません。いまもどるのは非常に危険です。」

「危険って何? ちょっとトイレ行くだけでしょ??」

「今行くと、ログアウトしたが最後、二度とこちらに戻れなくなる可能性が高いのです。」ヨルドがあたしの肩まで降りてきた。「接続回線自体がきわめて不安定です。ゲームサーバの基幹システムが多数のダメージを受けていつダウンしてもおかしくない状況。いまここでログアウトは無謀です。ステージクリアまでは、接続を継続しなければなりません。」

「言うことはわからなくはない… けど、じゃ、トイレはどうすれば??」

「そうよ! さっきからずっと我慢してて、けっこうもうつらいんだから!!」 

 あたしもカトルレナと一緒になって反論。

 だけどヨルドはこう言った。とても淡々としたドライな声で――

「それは我慢して頂くしかありませんね。もし仮に我慢できずに○○するようなことがあったとしても―― けれどそれは、ちょくせつお二人の命に関わるほどの何かではないですよね?」

「あんたね!! 乙女には命より大事なことの二つや三つくらいいくらでもあんのよ!! トイレのことは、ばっちりその一つなんだから!!」

「あまり理性的な発言とは思えませんが――」

「理性とかどうでもいい!! とにかくトイレは大事って言ってんの!!」

「まあでも、まあ待て、カナカナよ。」

 アルウルが横から背中をポンッと叩いた。

「なによ? いま大事な話してんのよ!!」

「いいから聴けよ。」

「だから何?」

「いや、だからさ、その、トイレの話――」

「トイレの何?」

「や、だからさ。これってゲームなわけだろ? 別にそのカナカナのキャラクタが、リアルにここでトイレするわけじゃない。だろ?」

「あたり前でしょ!! そんなゲームあったら嫌だわ!!」

「だからさ、その―― じっさいゲームに参加してる他のメンバーには、リアルでお前がどこで何してようが、じっさい何もわかりゃしないじゃん。おまえが半分よだれたらして半狂乱でゲームしてようが、何かを漏らしてやってようが―― やってる本人以外には、ぜんぜん知るよしもないわけで。だろ?」

「何よ! じゃ、このままここで漏らせってこと??」

「や、べつに絶対そうしろと言ってるわけじゃ――」

「ここってリアルだとダイブカフェなわけだよ?? そこで漏らして、出るときどうすんのよ?? 清算のときとか?? 恥ずかしすぎて店員さんの顔見れないよ!! ま、そりゃ、カトルレナはいいかもしれないよ、自宅の部屋にダイブスペースあってさ。そこなら多少何しても誰にもバレないし――」

「よくないって!! 家でも嫌だよ、そんなのは! なに言ってんのカナカナは!!」


 ピシッッ…


「何?」「なんだ??」

 その場の全員が動きを止める。


 ビシッッ…


 また、同じ音。一回目より大きい。音と同時に足もとの地面も、まわりの空気も全部が同時に震える。

「なんだ? 地震?」「なんだろう、」

「わかんないけど――なんかやばい感じするね…」


 バシュッ!!


「あ??」「な――??」


 アルウルが地面に膝をつく。

 貫通した!!! 斜め上からの熱線魔法。まるで散弾銃みたいに何十本もの熱線が同時に降ってきて―― そのひとつがまともに貫通した!! アルウルの肩の下!! HPゲージが一気に減っていきなり赤色表示に――


「みなさん!! 防御姿勢を!!」


 パリーーンッッッ


 金属の板をムリヤリ叩き割るような嫌な音がして、頭上の闇がはじけとぶ。

 そこにあった闇が、まるでもろい黒のガラスみたいにバラバラに砕けて飛び散った。

 そのむこうから冴えわたる青のギラギラした光が一気にこっちに押しよせてきた。クールを通りこして残酷なくらい青い光。 その光の渦の中を、またあいつらが―― あのバケモノ――サクルタス。いきなり頭上にひらけた青光りする空間の彼方から、流星みたいにこっちにぐんぐん降りてくる。

「なに?? なんで?? ここって一パーティー単位のイベントステージなんでしょ?? 他のパーティーは同時にはぜったい入れない仕様じゃ――」

「みなさん!! もっと一か所に集まってください!! 防御壁を構築します!!」

 ヨルドが叫んで、同時に緑に発光した。


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