part 13
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暗い。
暗い。
真っ暗だ。何も見えない。
闇。完全な闇があたしを包んでる。
「って、ひゃ?? なにこれこの、」
「痛い痛い痛い!! 誰だてめ、どこ蹴ってんだ!!」
「ってあんた誰よ!! その声ってひょっとしてバカのアルウル??」
「そのバカ声は最底辺バカのカナカナか??」
「ぎゃっ?? って、あんたどさくさまぎれにどこ触ってんのよ!!」
「いてっ!! いままた蹴っただろおまえ!!」
「蹴ったわよ!! あんたみたいなヘンタイは――」
「それな、おまえがそこ乗っかってるからメンドクサイことになってるんだよ。さっさと俺の上から――」
「ぎゃあ!! また触った!!」
「重いっつってんだよ!! おりろ!!」
「なにすんのよヘンタイ!!」「おまえこそいい加減にしろバカ!!」
「はいは~い。もうそのへんでいいからスト~ップ。」
聞きなれた声と同時に光がともった。
オレンジの光。眩しくて目がちくちくした。
「ふたりとも、もうそのへんにしといたら?」
カトルレナが、光の輪の中心にいた。
暗闇ダンジョン用の大型カンテラを片手にもってる。
「ふたりが仲がいいのはよくわかったけど。ほかの人のいるところであんまりベタベタしないで欲しいな。こっちがちょっと気恥ずかしい――」
「う、うっせーぞてめ、カトルレナ!!」「ぜんぜん仲良くなーい!!」
バシュッ!! シャシャッッ!!
ダガー連撃と火炎魔法。
二人で一斉に全力攻撃を加えた――
けど、それを機敏にかわしたカトルレナ。ヒラッと跳んで暗闇の別地点に優雅に着地。
「あれ? だけどあのヒトは?」
「誰?」
「あの、もうひとりのヒト。旅人さん。」
「ああ、あいつか。どこ行ったんだろうな? ひょっとしてあいつひとりだけこっちに入り損ねたとかじゃ――」
「ここにいますよ。」
声。
ザクザク、っと石を踏む堅い足音ととともに、ルルコルルが光の輪の中に姿をあらわした。
のんきな足どりであたしのそばまできて、そこの石の上に普通にすわった。
「おまえなぁ。もうちょっと何だろう、存在感出せとまでは言わないけど――」アルウルが不満そうに口をへの字に曲げる。「だけどそれ、さすがに目立たなさすぎだろ。さっきの戦闘でもぜんぜん何もしてなかったし――」
「すいません。いろいろこのゲーム世界の状況に不慣れなもので。」
ルルコルルが礼儀正しくぺこっとお辞儀した。
「先ほどは、どういう形で皆さんを支援したらいいのか、それをずっと考えていたのですが。最終的に考えがまとまる前に状況が急変してしまって――」
「考えすぎなんだよそれ! もうちょっと機敏に敵に反応して欲しいもんだな。あんた新入りだけどうちのパーティじゃいちおう最強レベルだろ? もうちょっと戦力を見せてくれよ。外道チーターの本領ってものを。」
「ま、いいじゃない。ひとまず全員無事ってことで。」
カトルレナが言って、なんとなく不毛な男子たちの会話をそこできれいにうちきった。
「けど、なんでここ、こんな暗いの?」
あたしはここにきて初めて、そのとても素朴かつ基本的な点に思い至った。
「ここってほんとにスペシャルステージ? たしか攻略サイトには、カンテラもトーチも光魔法も不要って大きく書いてあった気がするんだけど――」
「それな。たしかに書いてあった。」アルウルが同意する。「ダンジョンだけど、基本的に明るいフィールドだから視界の心配ありませんって。どの記事も全部言ってた。」
「まあでも、結果、暗いよねここ。」
カトルレナがカンテラを頭より上に持ち上げて左右に軽くふる。
「きっとこれもバグの影響かな。困るね、こういう予想外のが続くと――」
「あれ?」
あたしはもうひとつ、さらに基本的なことにあらたに気がついてしまう。
「あのヒトは? あのヒトはここに来なかった? 来れなかった?」
「だから来てるだろ。ルルコルルはそこに。」
「そうじゃなくて。あと一人―― いや、二人か。」
「ああ、そういえば。」「いないね、どこにも。」「見当たりませんね。」
「…………」
「え?」「なに?」
「今何か、誰かしゃべった?」
「……、………、…、……。」
「うわっ!! なんかいる!! 耳もと!!」
あたしは全力であとずさった――
なにかいる! なにかがあたしの肩の上に――
「わたくしです。ヨルドです。認識して頂けましたか?」
「に、認識ってあんたそれ――」
あたしの左肩の上。左の耳のすぐそば。
なにかちっさな、羽根のはえた虫みたいなものが――
いや、でもそれ、虫じゃなくて、ものすごいミニサイズ、スペシャルスモールなヒトの形。。
「なんで?? これってあなた、それ、ほんとにヨルドなの??」
「ヨルドです。さっきから言ってるでしょう。」
キラキラの粉をふりまきながらゆるっと飛翔。優雅な8の字軌道を二度ほど描いてふたたびあたしの肩に着地。
「でもなんでそれなのよ?? なんでそんなちっちゃくなっちゃってるわけ??」
あたしは右の人差し指で、左肩のそれをつんつん、つつく。
「リソースの関係です。」カゲロウみたいな半透明の羽根をふるわせて、ヨルドが小声でささやく。「さきほどの防戦でのエナジー消費が予想以上に大きかったものですから。さっきまでのあの動物のフォルムを維持しつづけるのは今後は困難と判断しました。」
「けどけど、もうひとりは?」
「もうひとり?」
ヨルドが可愛げに、極小の首を左にかたむけてあたしを見つめる。
「あともうひとりの方。あの子、もしかして死んじゃった?」
「ダグについては、さきほどわたくしがこちらに回収しました。」
「回収?」
「はい。ダグという存在機能すべてを一時凍結し、圧縮、最低限の情報量まで縮めてすべてこちらに移動させました。ですから大丈夫です。死んだというわけではありません。」
「…回収とか凍結とか、意味、ぜんぜんわかんないけど――」あたしは首を横にふる。「まあでも、死んでないっていうのは、そうなのよね?」
「はい。あなた方の世界のいかなる定義においても、ダグはまだ死んではいません。」
「よかったー。あそこで本気でボロボロになってたから、てっきりあのままダメだったかとちょっっぴり心配しちゃったよー。」
「ちょっぴりかよ。ヒトひとりが死ぬときの心配がそれか?」
アルウルが横で小バカにしたみたいに笑った。あたしは答えるかわりに右の肘で思いきりそいつのみぞおちをアタック。綺麗にヒット。アルウルがゲホゲホむせた。
「じゃ、とりあえず行こうか。あんまり時間もなさそうだし――」
カトルレナが、いつものクールな声で言う。攻略サイトのコピーを顔の前に浮かべながら。
… … …
いちばん先頭がカトルレナ、二番手にアルウル、
そっからちょっぴり距離をおいてあたしとルルコルル。
この順番で、カンテラの光に照らされた迷宮ステージを奥にすすむ。ヨルドの姿は小さすぎて見えないけど、たま~に前の方でキラキラッと金色の光がまたたく。おそらく前でカトルレナを先導してるんだろうと思われる。
いま歩いてる道は―― 道というよりは――
言っちゃえば、すごく古い線路みたいなやつだ。もともとはトロッコとかその手の鉱山車両を走らすための軌道なんだろう。でも見た感じはもう長く使ってなくて、あっちこっちで枕木が折れてたりなくなったりしてる。たまーに線路自体もブチッと切れてる。崩落した岩が道を半分塞いでる箇所もあるし―― ま、なんやかや障害があって、普通に歩きやすい場所ではぜんぜんない。
にしても――
静かだ。ぜんぜん音がしない。妙に寒くてしんとしてる。ためしにBGM設定を変えてみようと思ったんだけど、なにか設定ウィンドウが固まっちゃってて、BGMのところをどれだけ触ってもモードが切り替わらない。これもひょっとしたらバグの影響なのか――
ザリッ、ザクッ、
線路につもった石をふむ足音以外、ここには音ってものがない。あとはときどき、ピチョン、ピチョンと水滴の音がする以外には。
そしてここ、寒い。ちょっとこれ、さすがに寒すぎるんじゃない?
なんでここ、こんな寒いんだろう。だってこのゲーム、基本がゲームだけに、極端に寒いとか熱いとか、フィールドの体感温度が極端にひどい場所って、これまで行ったかぎりではひとつもなかった。先月行った極北のなんとかっていう氷ばかりのステージでも、じっさいここよりあったかかった。ひょっとしてこれもバグの影響?
「にしたって、ここ静かだね~。」
長すぎる沈黙がちょっぴり気まずかったから――
あたしはすぐ横を歩くルルコルルに無駄に話をふってみた。
「ええ。とても静かです。」ルルコルルはちらっとこっちをふりむいて、唇の端でちょっと笑った。「カナカナーナさんは、静かなのは嫌いですか?」
「あ、いや別に、嫌いとかじゃないけどさ~。なんかちょっと変な感じかなぁと思って。」
「変?」
「うん。だってここってばスペシャルイベントステージってやつでしょう。もっとイベントっぽく、音楽も盛り上がってモンスターもわんさかいて賑やか~なステージをだいたい思い浮かべてたけど――」
あたしたちはいま、わりと広い空洞みたいな場所にさしかかっている。カンテラの光の届く範囲が限られてるから、じっさいどれくらい広い場所なのかはよくわかんない。道がわりの線路がここで何本かに分岐して、ところどころ、古い壊れたトロッコがそのまま打ち捨ててある。アタマの上の方でなにかキイキイいってるのは、たぶんあれ、コウモリか何かだろう。
「なんか拍子抜けというかさ。わざわざ新メンバーまでつのってドキドキで来てみたけど、まだここに入ってから一回も戦闘ないし――」
「戦闘がないと退屈ですか?」
「いや、まあべつに、楽っちゃ楽でいいんだけどさ~。まあでもなんか、ヘンテコな感じはするよね。旅のクライマックスって感じがまったくなくてさ。」
「そうですね。おっしゃることは少しわかります。もともとこれはゲームとして作られて、本来もう少し娯楽的要素に満ちた世界なわけですから。」
「あはっ。いまそれ、なに? 娯楽的要素って言った?」
「あ、はい。言いました。」
「あたしそういう単語をリアルに誰かが日常会話で話すのはじめて聞いたよ!!」
「何か変でしたか?」
「ん~、変っていうかさ。なんかでも、おかしいって言えばそうかな。」
「カナカナーナさんの方は、どちらかと言うと口語的な表現を好んで使いますね。」
「…それって嫌味?」
「いえ。とても興味ぶかいです。」
ルルコルルが、無邪気な感じでフフフッと笑った。
「日本語というのは、なかなかに奥が深い。じつに多様な表現があるものだなと感心します。」
「…ははは。。」
あたしはしかたなく苦笑する。『多様な表現』ときたよ――
「まあでもぶっちゃけ、ルルコルルはそれ、たぶん、もうちょっと別のとこで日本語勉強したほうがよかったんじゃない? 誰だか知らないけど、習った先生があんまりよくなかったかも」
「わたしの日本語はダメですか?」
「ダメじゃないけど。まあでもちょっと堅苦しいかな。ふだん日本人ってそういう言葉あんまりしゃべってないと思う。」
「なるほど。では今からカナカナーナさんが、より実用的な日本語をわたしに教えてください」
「あたし?? え、ダメダメダメ!!」あたしは慌てて否定する。「あたしなんかに習ったら、それこそもっとムチャクチャな日本語になっちゃうよ!! 絶対マネとかしちゃダメだかんね。」
「はい。わかりましただかんね。」
「は?? 何??」
「いえ。ちょっとマネしてみました。でも今のはたぶん、正しい用法ではなかったようですね?」
「もういいからつまんないマネとか禁止禁止!!」
「はい。これからはマネとか禁止禁止!! です」
「もう! よしなよそういうの!! あ、もうちょい急ごうか。なんか二人、だいぶ前からおくれちゃってるし!!」
「はい。了解しちゃってるし!!」
「だ~か~ら!! そういうのやめなってば!!」
「ははは。冗談です。もう言いません。」
ルルコルルは言って、なんだか楽しそうに笑った。
… … …
「なんだこれ。こんなの攻略マップにはなかったよ――」
カトルレナがその手前で足をとめた。
その場所――
「なにこれ! こんなのほんとに歩けるの??」
あたしもそこで立ちすくんだ。
そこから先、足もとの地面がもういきなりまったくない。なんで崩落したのか、これもバグなのか、理由は全然わかんないけど――
とんでもなくでっかい谷間みたいな。そして暗いから、向こうがわがどうなってるのかまったくわからない。その暗闇をつっきって、道がわりの線路だけが―― なんの支えもない宙ぶらりんの線路が、なんだかとっても頼りなげに、作りそこねの吊り橋みたいに、いまそこにぶらん、と適当に渡されていて――
「おそらくこれも、世界崩壊の影響かと推測されます。」ヨルドが空中で声を響かせた。「少し先まで飛んで見てきましたが―― 線路そのものは、ずっと先まで途切れずに問題なく続いています。ですのでこれはあくまでゲームグラフィックの不具合。足場の強度や安全性にはとくに問題ないでしょう。」
「問題ないでしょう? それってほんとに大丈夫なのかよ?? なんか俺的にはぜんぜん信用できないんだけど?」
「あ、なんですそれは? アルウルさん、あなたまさか、悪魔であるこのわたくしを信頼できないと仰るんですか?」
「…ま、そりゃ、普通はしないだろうな。。」
……
……
「ねえ見て、あそこ!!」
あたしは叫んだ。
足もとに広がる暗闇のずっとずっと下のほう――
ぼんやり何か、黄色っぽい光のかたまりすうっと音もなく流れてる。
「おい、あれってなんか普通のビルに見えないか?」
アルウルが指さす。
ん、たしかに。たぶんほんとにビルだ。どこにでもある、都会のビルのグラフィック。
たくさんの窓、平板な壁。都心によくあるオフィスビル。
「おおすごい。あっち見て。街だね。リアルな街のグラフィック。」
「あ、見て!! あっちにもうひとかたまりある!!」
「おお。あっちにも流れてるな。すげえ。なんかいっぱい増えてる!!」
「なになに? これもつまりバグってこと?」
「ま、たぶんバグなんだろうな。どう見てもゲームとしてまともには見えない。」
「けど、これってなんだか変じゃない? 今までのバグとはタイプが違う。」
カトルレナが首をひねった。なんだかマジメな顔で足場に膝をついてそっちを見てる。
「タイプ? タイプって何?」
「明らかにゲーム世界の景色じゃないよね、これは。なんだかこれ、リアル世界の3D写真をそのままこっちに流してきたみたいに見えるよ。」
「みなさん、どうしてここで止まっているのですか?」
ヨルドの声がして――
小さな金の光の粒が、アルウルの肩の上で静止した。
「なにか重要な話ですか? いったいなぜ、いまこのポイントで?」
「なんかもう、これ、ゲームとしてヤバいところまで来ちゃってんじゃないかなって。それを言ってたんだよ。」アルウルが鼻をすすりながら言った。「なあヨルド、じっさいリアルの方はどうなんだ? あの何とか現象は、今どんな感じだ? ゲームサーバーのある建物とか、ほんとにちゃんとまだ大丈夫なのか?」
「…………」
「おい。こら。こっちの話きいてる?」
「…………」
「何か言えってばよ。なんでいきなり無視だよ?」
「無視したわけではありません。」
「じゃ、なんで黙ったんだ?」
「真実を告げて良いものかどうか、少し迷ったからです。」
アルウルの肩の上の金の光が、ちょっとだけ明るくともり、またちょっと暗くなる。
「迷った? なんで?」
「話をする前に、ひとつみなさんに訊いておきたいのですが、」
ヨルドが、わりとよく響く声で言った。
奈落の縁にしゃがんだカトルレナ、腕を組んでそこに立ってるルルコルル、
そしてここにいるあたし、それからその横のアルウル――
ここにいるメンバー全員が、ちょっぴり不思議そうにヨルドを見つめた。
「皆さん、ほんとうに事実を知りたいですか? そしてわたくしは伝えるべきなのでしょうか? たとえその真実が、どれだけ過酷なものだったとしても?」




