part 11
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モアブ砂漠。
砂漠ってきくと単純にいちめんの砂丘とか砂ばっかりの場所を想像しちゃうけど――
ここはけっこう岩が多い。けっこうというか、「非常に多い」と「岩ばかりである」の中間ぐらいだ。 村を出てからわりとかなり歩いてきた―― でっかい赤い岩山にはさまれた渓谷がクネクネ曲がりながらずっとひたすらに続いてる。谷の底の道には乾いた砂が厚く積もってて、なにげにかなり歩きにくい。けっこう足、疲れる。たまーに出現するでっかい岩サソリやサンドバイパーっていうヘビ型モンスター。そういうのをとにかくサクサクやっつけて、ときどき何とかっていう長い名前の砂虫の群れを蹴散らしながら――
先頭を行くのはアルウル。こいつが片っ端からひとりでモンスターをムダにぜんぶ倒していく。たまーに敵の数が多いと二番目を歩くカトルレナがちょっとだけ手伝う。でもそれで確実に終わり。三番目を歩いてるルルコルルっていうヒトはまだ一回もロングソードを振ってない。そしてそのさらにうしろのあたしは、もうほんと暇で暇で――
岩山の上の空は最初は明るかったけど、今はもうだいぶ暗い。かわりに星が、やけに明るく綺麗にまたたき始めた。
「ねえ、まだ着かないの~? その、なんとか神殿っていうのはまだ遠い~?」
「自分でマップ見て確認しろアホ。」
前をいくアウウルがムカつく答えを返してきた。
「なによそれ~。マップ開いて見るのメンドクサイから訊いてるんでしょ~。」
「おまえ一回も戦闘やってないだろ。せめてもうちょっと何か役に立てよ。」
「だけど手伝ったら手伝ったで、おまえ足手まといだからうしろ下がってろ!!とか言うでしょ」
「おお。よくわかってるじゃん。バカなりに学習してるってわけか。」
「あんたにバカバカ言われる筋合いはないわ。」
あたしはそいつに追いついて、そいつのアタマをバシッと叩こうと―― けど、ムカつくことに機敏にアルウルはかわした。だからもう一回こんどはフェイントを入れて股間にガツンと蹴りをいれた。この動きは予想外だったらしくすごく綺麗にヒットした。
「ぐはっ!! って、こら!! いきなりパーティメンバー攻撃すんな!!」
「あんたがバカバカ言うからよ。あたしこれでもけっこう学校の成績いいんだから。数学とか。」
「ウソつけ。ほとんど学校とか行ってないだろ、リアルでは。」
「行ってまーす。ま、ときどき休んだりはするけど。」
「ははっ。週四回ぐらいがときどきかよ?」
「三回とかよ。週二回はちゃんと行ってるし。」
「それはちゃんと行ってるとかいうレベルじゃないだろ。」
「なによ。あんたも休みまくってるくせに。」
「先週一回行った。昼までに帰ったけど――」
「ははは、あははははははっ」
いきなり誰かが大声で笑ったからびっくりした。
何々? いきなり何このリアクション?
笑ったのは彼だ。ルルコルル。
なんだかムダにお腹をかかえて、でっかいリアクションで笑いまくってる。。
「なに? 何か面白い要素あった、今の会話に??」
あたしは意味がわからなくて本気で首をかしげた。
「……あ、いえ、ごめんなさい。つい笑ってしまいました。」
ルルコルルが、涙をふきながら苦しそうに言った。
おい。。泣くほどの何かはぜったい今なかっただろ、ここには――
「とてもおもしろい会話でした。ふたりは仲がいいんですね。」
「はぁ??」「なに言ってんだ??」
「いえ、ごめんなさい。ひとりでちょっと、受けてしまって。すいません。続けていきましょう。まだもうちょっと、先は遠いんでしょう?」
ルルコルルは言って、両手で髪の毛をかきあげ、ひたいに巻いたバンダナの位置を丁寧な手つきで直した。
「おーい! なにそこ、止まってるの? 何かそこ、あった?」
だいぶ前の方でカトルレナが呼んでる。
なんでもねーよ! と言ってアルウルが手をふった。
「なんか調子狂うよなあ、あいつ。」
アルウルがボソッと言って、うしろのルルコルルをちらっと見た。
「なんか変なヒトよね。悪いヒトではなさそうだけど。」あたしも小声でかえした。「でも、あのヒトなにが楽しくて参加したのかなぁ? ぜんぜん遊んでる雰囲気感じないし。」
「なにって、報奨金目当てだろ、そりゃ。」
「けど、ゲームマネーをゲットしたとして、あの人が楽しそうにそれ使って遊んでる図がまったく浮かばないんだけど?」
「ん~、言えてるな、それは。でもま、やろうと思えば闇マーケットで地味にリアルマネーに換金もできなくはないし――」
アルウルは言って、
ザッ!! といきなりダガーをふるった。
バシュウウウウウウ……
キラキラピンクの視覚エフェクト。おそいかかってきた砂虫のビジュアルが一瞬で消えた。前をゆくカトルレナが狩りもらした残りのやつだ。さっきからなにげに砂虫の数が最初より増えてきてる。
バシッ!! ガッ!! ザシュッ!!
いちおう捨てずに残してた小ぶりな片手ランスがいまここで役に立つ。あたし得意の火炎魔法は使わず温存。この先、魔法回復のマナポーションを売ってるNPCの店ってたぶんなさそうだし。
「おまえな~、そんな程度のは一撃で仕留めろよ!!」
「うるさいな~、最終的に倒してるんだからそれでいいでしょ!!」
「みんなよけて!!」
いきなりカトルレナが叫んだのと光が見えたのが同時。
夜の砂漠ステージ全部がいきなり発光して地面が揺れた。
ドオオオオオンンンッ…!!!!
衝撃。光。
なにこれ?? 何かよくわかんないけど――
いきなりビシビシとけっこうなダメージが来てる来てる。
とりあえず防御姿勢で耐える。耐える――
「な、なにこれ? いったい何が――」
目の前の谷の形が完全に変わっていた。
とんでもない規模で岩が削れて、おおきな二つのクレーターが――
「走れ三人とも!! 敵だ!! 上からきてる!」
砂煙のむこうでカトルレナが叫んでる。
「上ってなんだよ?? どこだ? 見えねぇ!!」
アルウルが柄にもなく切迫した声を出した。二本のダガーソードは臨戦態勢。
「ちょっとこれ何? アルウルってば!!」
「なにってなんだよ??」
アルウルが噛みつくように叫びかえす。
「あれよ!! あの岩の上!!」
「なにって敵だろ!! あれがいま撃ってきたんだろ!!」
「そうだけど!! 今ターゲットして名前出たら――」
「出たら何?」
「『ガント』って出た!!」
「は?」
「もう一体も!! あっちは『ヘスキア』!!」
「誰だよそれ!! 知らねーし!!」
「あんた記憶力なさすぎ!! さっきあそこの村であんた戦ったじゃない!!」
「え、何? それってあいつらのこと?」
アルウルが全然わかんない様子で言葉をかえす。
「え? けど、あいつらあそこでDEADって出てたろ?」
「出てたわよ!! 死んでた!!」
「じゃ、だったらなんでまだプレーできてるんだ?」
「知らないわよ!! わかんない!!」
そう。ムリだ。絶対ムリ。この『アッフルガルド』っていうゲーム、一回死んだらそのあとリアル時間で24時間はダイブできない。そういう厳しい仕様になってる――
ドオンンッ!! ドオオオンンッ!!!
また撃ってきた!!
けど、今度は大きく外れた。どうやらあの魔法、こっちが動いてれば命中精度は高くない―― だけどあまりの打撃に谷がえぐれて地形がかわる。バラバラと岩がふってくる。ゲームだから当たってもそんなに痛くはないんだけど―― だけどこの臨場感。。恐怖感がものすごい。
「だけどなにあれ?? なんでいきなり襲撃とか??」
はげしい岩の雨の中、あたしはアルウルにむかって叫んだ。
「逆恨みってこと?? パーティ選考に落ちちゃったからムカついて?」
「知らねーよ!! けどあれ、あいつらまともじゃないぞあれ!!」
「なに、まともじゃないって?」
「フィールドの岩をえぐるとか、そこまでのグラフィックの魔法ってないだろ、このゲーム!!」
「けど、今あれ、実際えぐれたじゃん!!」
「だから言ってんだよ!! まともじゃないって!!」
「まともじゃないなら何なのよ?? チートってこと??」
「しらねーよ!! とにかくヤバいってことだよ! ほら! ムダ口きかずに走れよこら!」
「走ってるよ~。」
ドンッ!!
いきなりまた地面が揺れた。緑色の光エフェクトが広がっていく。
緑の光が―― どんどん外にむかって広がって――
「皆さま、先を急いでください。ここはわたくしが支えます。」
「ダグ??」
そう。ダグだ。化けガラスのフォルムをまとった悪魔さん。アタマの上、五メートルくらいの髙さに静止して、なにか集中して力を使ってる。そこから出てくる緑の光。
バシュッ!! バシュッ!!
敵が撃ってきた魔法弾が、緑の光の壁にあたって四散する。
「間違いありません。サクルタスです。とうとう本気で来ましたね。」
ネコリスのフォルムのヨルドが、あたしの肩にかけのぼってささやいた。
「あれってでも、どうなってるの??」
「どうなってるとは? 質問の意味がわかりませんが?」
ネコリスが首をまわして、つぶらな瞳をこっちに向けた。
「あのヒトたち、最初から全部演技だったってこと? 天使たちが、こっそりあたしたちを騙すために――」
「いいえ。おそらく最初の時点では、彼らは通常の人間のプレーヤーでした。」ヨルドがほっぺたのネコヒゲをぴくぴくさせた。「わたくしとダグが最初に厳しく数値をチェックしましたが、特別不審なところは見当たりませんでした。ですので、途中のある時点から、キャラクターの操作権限を横取りする形でサクルタスが介入してきたのでしょう。考えてみればたしかに上手いやり方です。まったく新たに仮想フォルムを構築するより、はるかにリソースが少なくてすみますから―― さ、でも今は足を止めずに移動を続けてください。この場はダグが支えます。その間に皆さんは神殿の入り口へ。」
「わ、わかった!!」あたしは素直にうなずいた。「カトルレナ!! 行こう今のうちに!!」
「わかった!! 走るよアルウル!!」
「おう!! 何だかわかんねーけど、けっこう頼れる援軍だな。すげえ上位の防御魔法だぞあれ。」
アルウルは言いながら、さっきよりスピードを上げて砂煙をあげて走りはじめた。
「おい、そっちのルルコルルってヒト! あんたも走れ!! 今のうちだ。」
「はい。」
「おーいカナカナ!! おまえおそいぞ! もっと必死こいて走れ!!」
「走ってる~!! これでもけっこう必死なんだから~!!」
ドーンッ… ドーンッ…
うしろのほうで、何だかすごいスケールの音と光と地響きが聞こえてる。今あそこは天使と悪魔で、なにかすごい攻防をやってるっぽい。でもとりあえずそっちは今は見ないことにする。あたしはとにかくひたすら前を向いて走りまくって――
……
……




