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『アッフルガルド』  作者: ikaru_sakae
1/21

part 1

1/21

 襲撃の夜。まんまるい月が空高くにある。

 中立交易都市ウィトルマーナの東のはずれ。

 悠々と流れるミルワ河に面して、その館は立っている。

 白い石を丁寧に積み上げて作ったガッシリした外壁。

 大貴族の邸宅と言うほどには豪華じゃない。つつましい田舎領主の家とか、今はすたれてしまった昔の名家の血筋とか―― そういう感じだ。あくまでパッと見の印象だけど。

 静かだ、それにしても。ザブザブという水音だけがここにある音。

 ときどき思いだしたように、町の方で犬が鳴く――


「お、ここだね。」


 前を歩いていたカトルレナが足を止めた。

 右手でなにか、白い石壁の表面をぺたぺたさわっている。

 

 キィィン…


 音がした。小さな音だ。なにかひどく繊細な金属が震えるような。

 カトルレナが触れた壁の一部が白く光る。

 しかしそれも一瞬のこと。

 次の瞬間にはその光は弾けて、何百という光の粉になって散り消えた。

 光が消えたそのあとに――

 ぽっかりと四角く、壁に穴が開いている。

「開いた。ここまでのところは、事前情報のとおり。」

 カトルレナがこちらをふりかえる。灰色のフードにかくれて表情は見えない。

「じゃ、入ろう。ん? どうかしたかの、ふたりとも?」

「っつーかさ、こんな夜中にコソコソ慎重にやる必要あんの? 泥棒じゃねーんだから――」

 あたしの横で、アルウルが小さく舌打ちする。

「あんたねー、ここまで来て今さらブツブツ言ってんじゃないわよ。言うならもっと計画の段階で言いなよ、そういうの。」

 バシバシッ!! とそいつの背中をたたく。

「いってーな!! いちいちたたくなっつーの。」

「ふたりとも、声が大きい! 館の者に気づかれてしまう。」

 鋭い声がとんでくる。カトルレナが白刃のロングソードを抜刀してこっちにむけた。

「ねえ、ほんとに行く気あるの? ないの? ないなら、ここからはわたしひとりで行ってもいいよ?」

「行く行く。行くってばよ。」アルウルがめんどくさそうに手をふった。「おい、それな、あんまり軽々しく剣をむけんなよ。それ当たったら、それはそれなりに痛い―― って、こら!! こらおまえ、オトコオンナ!! あんまり気やすく人の手をひっぱんなって。」

「基本が口数多いのよあんた。いいから行くわよっ。」


 壁のむこうは、深い草におおわれた広い庭だ。草丈はあたしの首くらいまである。いちばんチビのアルウルは、完全に頭まで草にもぐった。

 草の海を左右に分けながら、ゆっくり着実に前進するカトルレナ。左手に持ったロングソードの切っ先が草の上に出て白くキラリと光ってる。あたしも続いて前進。右手に持った銀製のマジックワンドをもう一回しっかりと握りなおす。あたしのうしろで、アルウルが二本のダガーを鞘から引き抜いた。

 やがて草の海は、館の本館の壁の手前で終わった。

 さっき通ってきた外壁と同じ材質の白い石壁。その壁に沿ってしばらく進むと、いちばん奥、ちょうど木立の暗がりになってる部分に、ひとつの扉があった。小さな古い木の扉。メインの扉というよりは、非常用の裏口とか、使用人が使う地味な通用口とか―― 何かそんな感じだ。

 

 ガシッ!! ガシッ!!


 カトルレナが大胆に足で蹴った。

 三回蹴った時点で、意外にあっけなく扉はひらく。

 

 三人同時に踏みこんだ。

 そこは、ひらたく言えば台所――

 舘の厨房みたいな地味なスペースだ。

 舘の住人との遭遇戦も予想して、けっこうピリピリ身構えていたけど――

 

 でも、誰もそこにはいなかった。無人。

 暗い夜の厨房には大きな鍋や水瓶がいくつもならんでる。隅の方には古いでっかいカマドがあった。その横には調理用の薪が山と積み上げられ――


「さ、行こう。走るよ。」


 カトルレナの合図で、夜の調理場を一気に走り抜け、そこから続く長い廊下をひたすら走る。壁には何か所か灯がともり、廊下はうっすら明るい。しかしここにも家の者の気配はない。無人だ。ん、なんだろう。これはちょっと、さすがに護りが甘すぎないか? いいのか、こんな簡単で―― 

「来たね。たぶんこの階段だ。」

 足を止めたカトルレナ。顔の前の空間に小さな地図を浮かべてチェックする。

「えっとたしか、三階の奥だったよな? こっからいちばん上の階?」

「いやいや、四階でしょ。それくらいちゃんと覚えてきて欲しいな。」

「こまっかいなぁ。最上階ってのは正解だから問題ないだろ。」

「いいからさっさと行くわよ」あたしはアルウルの耳をひっぱった。「さっさと行って、さっさと終わらせよう。」

 こんどはあたしが先頭にたった。

 一気に階段をかけのぼる。基本は石の階段だけど―― 中央のところに小奇麗な緑のカーペットが敷かれてる。おかげでぜんぜん足音がたたない。ほんのりやわらかな布の感触をブーツの下に踏んで――

 二階。

 三階。

 三階おどり場。そして四階――


「ここ?」「ここだな」「うん。間違いない」


 あたしたちはいま、その扉の前で立ち止まる。

 左手で慎重に扉を押す。

 開いた。あっけないくらい簡単に。

 部屋の中はほのかに明るかった。 

 石造りの床に、異国模様のカーペット。

 部屋の左に大きな寝台。ふわふわシルクの天蓋がついた、すごく清楚で上品なやつ。

 でも今はそこには誰もねておらず――

 右奥の大きな窓の前に、たぶんそのベッドの持ち主、

 この部屋の主であるひとりの小柄な人影が――


「誰です?」


 声。

 よく通る女性の声だ。

 たぶんとても若い――

 あたしは一瞬たじろいだ。

 なにしろその声があまりにも――

 あまりにも、そう、その――

 綺麗だったから。

 まるで世界にただひとつ残された光のかけらみたいに――


「あんたが、『緑の姫君』だよな?」

 アルウルが、横柄マイペースな質問を投げる。

 同時に、じわじわじわじわ、距離をつめていく。両手のダガーは臨戦態勢。

「その名で呼ぶ者もいます。でも、わたしには正式な名前というものがありません。皆が色々な名で呼びます。姫様、領主さま、緑の奥方――」

 一歩も退かずにそう答えたその人物。見た感じ―― 

 そう、たぶん十三歳くらいの女の子だ。

 まっすぐな長い髪の色は白銀。だけどどういう光りの加減か、ときどきそれが緑に見えたり、でもまたもとの銀色に見え―― ひたいには、宝石をあしらったサークレットをつけてる。ゆったりまとった薄緑のドレス。その足はまったくの裸足。とても形のいい小さな二つの足が、直接石の床を踏んでる。その足のあまりも無垢な白さが――  なんだか不思議に、あたしの心を強く打った。

 なんだろう、この感覚――

 すごく遠い深い夢の中で、もう二度とは会えない大好きな誰かを見るような―― ずっとずっとあこがれていた、いちばん大事で綺麗なものに今ここでほんとに会ったみたいな――

「ま、えっと、なんだ―― あれだよ。おれら特にあんたに、恨みもないし悪意もないし、悪いなぁとは思うんだけど。」

 アルウルが急にとってつけたように、なんだかしらじらしい口調で不明瞭に言った。

「わりぃ。けど、恨みっこなしな。おれらも依頼うけて、軽~いアルバイトミッションとしてちょこっとやるだけ、だからな。だからあんまりこっちを恨んだりしないで――」

「ちょっとあんた!! なにいきなり言い訳してんのよ??」

 あたしはあきれてツッコんだ。

「何がアルバイトミッションよ? そんな単語はじめて聞いたわ。だいたいこれって胸張ってミッションとか言えるような何かじゃないでしょ? すごくあやしい裏のバイトじゃない?」

「うっせーな。いいんだよそんなのはどっちだって――」


「ふたりとも!! 集中!! もう戦闘はじまってるよ!!」


 冷静なのはなんといってもカトルレナ。さすがリーダー。愛用のロングソードを斜めにかまえて臨戦モードだ。その姿を見て、あたしも何だかホッとした。いつもの調子が戻ってくる。マジックワンドを高く掲げて、すぐにも魔法発動できる万全のポーズをとる。

「なぜ、こんなことをするのです?」

 緑のドレスの少女が、じわっとその目をうるませた。

「わたしはここで、しずかに暮らしているだけです。誰にも迷惑をかけず、誰の暮らしにも干渉せず―― なのになぜ、あなたたちはわたしを狙うのですか? いったい誰の命令で?」

 なんだか「いかにも」な良い子のセリフ。「いかにも」だけど―― けど、あたりまえのことをあたりまえに言われると、なんだかズシッと心に響く。こみあげてくる罪悪感。

「なぜとか、そんなの知らないっ」

 あたしは叫んだ。心に一瞬わき起こったフクザツな感情を、ムリヤリ一気にふきとばす。

「ね、いいからやりましょ。あたしたち、このためにここに来たんでしょ?」

「そうだ。」「そのとおり。」

 あとの二人も同意する。前進。相手との距離を確実につめる。


 ゴウッ!!

 バシッ!!

 ザッ、ザッ、ザッ!! 

 

 火炎魔法とロングソード、二本ダガーの高速連撃。

 炎と光と衝撃が同時に室内を蹂躙。その余波をうけてすべての窓が砕け散り――


  ウウウウウウウウウンンンンンン………


 世界が一瞬、

 揺れた。ぐらりと大きく揺れた。

 

 震撼。

 

 うん、たぶんそれがいちばん近い表現だと思う。

 その、とてもよくない感じの震えは――

 まるで悪性のつむじ風のようにここにある全フィールドを一瞬にしてかけめぐり――

 そしてまたすべてが、また、何ごともなかったように――


 そして、

 ここにはもはや、さっきのあの清楚な女の子はいなかった。

 消えた。消え去った。ひとつの痕跡も残さずに――

 そこにあるのは砕けた窓と、焼け焦げたじゅうたんと寝台の残骸、

 それから――


「なんだかすげぇ、あっけなかったな。」

 アルウルが短剣を鞘に戻しながら、しんみりした声で言った。

「でも何か―― 何か変だったよね?」カトルレナが、ロングソードを左手で支えたまま、自分の右手と左手を、なにか納得いかないみたいに交互に見比べた。「なんだか変な感触だった。なにかがおかしかった。あんな変な感じは初めてだ。なんだかちょっと気持ち悪い」

「わかるそれ。あたしも嫌な感じがした。すっごい嫌な感覚。」

 なんだか妙な寒気がして、思わず両手で自分の肩をさわった。風邪のひきはじめみたいな、嫌な寒さの感じ方。ついさっきまでは、ほんとに何ともなかったのに――

「ねえアルウル、あんたこれ、やっぱりヤバい依頼だったんじゃない? あんたが気軽に受けてきたばっかりに――」

「おい。やってからそれ言うなってば。おまえも賛成って言っただろ。今になっておれのせいかよ?」

「ま、それはそうなんだけど――」

「とはいえ、とりあえず、予定してた任務は完了。ここまで三人ともノーダメージ。物理的な損失はまったくなにもない。」

 カトルレナが事務的な口調で、ぼそぼそっとつぶやく。

 そのあとパチンと音をたてて、ロングソードを鞘におさめた。

「ミッションクリア、だね。」

「ね。」「ま、いちおうな。」

 そうだ。いちおうこれで――

 約束の報酬がゲットできる。約束どおり入金されれば――



「失敗。わずかにおそかったですね。」


 同じ時刻、同じ場所。古い館の正門前。

 黒い小柄な人影が言葉を吐いた。その者の視線は、じっと館の上層に注がれている。

 さきほど窓の向こうで光と炎が炸裂、

 窓枠と壁の一部が同時に吹き飛んだ。

 爆発の余波で大屋根の一部が赤の炎に包まれて――

「いかがいたしましょうヨルド様? 介入しますか?」

 そばに控えていたもうひとつの影がささやく。目深にかぶったフードにかくれて表情は見えない。

「いいえ。撤収しましょう。残念ながらもう手おくれです。おまえもいまあの音を聞いたでしょう?」

「はい。遺憾ながら――」

「時をあらためましょう。彼らと接触するのはまた別の場所で。」

「…そのように仰るのであれば――」

 

 ザンッ!!


 一陣の風が立つ。庭の木々が大きく揺れる。その風が消えたあと、もうそこに二つの人影はなかった。 白く冷たい満月がほとんど真上から夜の世界を照らし出し、その無情な白さ中で、古い館の大屋根が火の粉をまきちらしながら大きく崩れた。


 …… …… ……

 …… …… ……


 カードで精算をすませ、煙草の煙のこもったダイブカフェを出る。

 午前四時。雨が降ってる。あたりはまだ暗い。

 うらぶれた路地のところどころ、終夜営業の飲み屋や風俗系の店の明かりがともってる。ゴミが散乱した箇所をさけて道の端っこを歩く。大通りに出る頃には雨の降りは強くなった。


 パーン。


 どこか遠くで銃声がした。どこかで誰かが撃たれたのか、それとも単なる試し撃ち? 

 けどまあ、どっちでもいいし興味もない。治安最悪なこの町ではいつものこと。風の音とかネコの声とかと同じレベルで。

 つぶれかけのコンビニで適当に傘を買う。ついでにサケのおにぎりを2つ買った。コンビニの軒下でそれを食べた。足もとで髭の長いホームレスのおっさんがうらやましそうに見上げてる。でもひたすら無視して美味しくおむすびを頬ばる。いまこれは自分のお金で買った自分の立派な朝ごはん。おむすび喰いたきゃ、ちょっとは働けよオッサン。

 にしても、寒い。なんかだいぶ悪寒がする。

 雨にうたれたせいもあるけど、ゲームの中の妙な感触がまだいまも尾をひいてる。

 なんだったんだろう、あれは? ぜんぜんよくわかんないけど――

 すごく嫌な感じだった。ひどくとても間違った感じ――


――報酬!!


 そうだ。入金。

 ま、さすがにさっきの今では、まだ振りこまれてないか。

 でもま、いちおう念のため――


『十六桁の認証番号、または虹彩認証を選択してください』


 コンビニの隅の銀行端末が、ちょっぴりハスキーな女の声で言った。その指示にしたがい、『虹彩』のところを指で選択。


『あと一歩、画面に近づいてください。画面奥の赤い光点に視線をあわせてください』


「はいは~い。」

 適当に返事して、自動音声の言う通りにする。

 ピッ、という聞きなれた音がして、まもなく認証作業は終わった。


「な、ななななな、なんじゃこりゃああ!!!!!!!」


 思わず声に出てしまった。

 通路のむこうで品出しをしていた店員が不審そうにふりかえる。


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