3.美しき妖精
翌朝目を覚ましたが時計を見て僕は飛び上がった。
「寝坊した!」
11時を差そうとする時計に冷や汗をかく。授業は10時からだとエイブリーに耳が痛くなるほど言われていたの。しかし昨夜は夜明けまでテアと話し尽くしてしまった。
ならば彼女も寝坊してるのでは?ふとそう思い付き僕の焦りも薄れていった。
ー美しき妖精ー
急ぎ足で研究室へ入ると其処には学生達の冷たい眼差しが向けられる。
そこにはテアの姿もありトウマは顔を歪ませた。
「何だよ、君もてっきり寝坊するのかと」こっそりとテアの隣りに立ち愚痴を零す。そんな僕を見下すように鼻を鳴らしていた。
「私ってこう見えて遅刻が嫌いなの」
こうして嫌味を言う彼女との距離は大分縮まったのではないかと実感する。冗談を言い合える友人なんてシェルターでは持ったことがなかった。
という事となればテアが僕の人生の初めての友達ってことか、そうトウマは自分の新たな心境と向き合いはじめる。
「ちょっと…、遅刻をした上に私語をするなんて私の成績を傷付ける気?」
しかめっ面で忠告するエイブリーの顔はいつになく強張っていた。彼女からは緊張感が伝わってくる。
「別にそんなつもりはないけど、一体これから何が始まるっていうの?」
妙な朝礼をしているマルコムに目を向ける。
彼が何度も口ずさむ“実践”という言葉が気掛かりである。
「成績優秀賞として上位3チームが褒美として実践対象となるのよ」エイブリーの誇らしい表情と裏腹にテアの面倒だと言わんばかりの表情が面白さを増す。
「その実践って退屈なんだよね」
経験者のように語るテアにエイブリーは頬を膨らめせトウマを説得しようと試みる。
「その実践に出られたらそれ以上のご褒美が貰えるの」
嬉しそうに話すエイブリーのうっとりとした眼差しにテアは気に食わぬ雰囲気を醸し出した。
「もしかしてイリヤを誘う気?」腕を組み苛立ちを見せるテアとエイブリーは目から火花が散るほどに睨み合っていた。
しかしトウマはその場を置いて行かれたかのようで2人の間に立ちはだかった。
「さっきからご褒美ご褒美って話が出てるけどちっとも読めない」とトウマが不貞腐れているとまるでその問いかけを待っていたかのようにマルコムの声がマイクを通して答えた。
「今月末に行われるP.A.L(実践・能力・レベル)試験の最優秀チーム上位3チームには毎年11月に行われる“実践”への参加する権利を与えられ、12月のプロムナードへの出場を優先して選出される」
マルコムの言葉はまるで魔法がかっているかのように学生達の歓声が研究室に響き渡る。中には50代手前のオヤジもいるというのにこのはしゃぎようだ。
しかし未だトウマにはどういうものかしっくりと来ていなかったが、エイブリーの赤らむ頰を見てしまった時には胸のざわめきが聞こえた。
ーーそれぞれの研究室へと戻ったトウマは一先ずテアへ尋ねる。
「プロムナードって一体どういうものなんだ?」
その問いが阿呆らしいのか彼女が意地悪なのか。テアは爪を噛みながら鼻を鳴らす。
「何も知らないなんて。翻訳をすれば舞踏会、プロムって聞いたことはない?」
「悪いけどシェルターではそういう習わしはなかったんだよ」
トウマの舌打ちが聞こえるとエイブリーは真剣な眼差しを向けながらプロムナードの説明を施していく。
「男女でペアとなったフォーマルダンスパーティよ!そこにはロマンスが込められているんだから」目を輝かす彼女の想う相手とは想像がつく。
分かってはいるもののムシャクシャする胸にトウマは忠実だった。
「ふざけたパーティだな!立派な大学さんがそんな子供遊びみたいなものに没頭するとは呆れるよ」
頭では分かっていたが心は素直だった。
恐らく自分はエイブリーが好きなんだろう。だが彼女の想い人とは彼奴だ。それか余計に鼻に付く。
ブスッとしたトウマに気がつくテアは何やら思い付いたように口角を上げており、何か言いたげだった。しかしその場は一瞬にして静まり返る。
急に開かれた扉に3人は目を向けた。
そこに立っていたのはマルコムの姿だけだった。
「教授、一体何かあったんでしょうか?」エイブリーの不安げな表情にマルコムは唇を噛み締めた。
「このチームに関してひとつ伝えなければならないことがある。チームは必ず4人で行わなければならないんだが実は少し障害があってだな…」
気まずそうなマルコムの顔を見るのは初めてだ、と言わんばかりにエイブリーに嫌な予感が過る。
「このチームはレオンを入れて4人だが、P.A.L試験対象年齢を超えていない」残念だ、と顔を伏せるマルコムにテアは肩を竦めひと息吐く。
「それはエイブリーも私も承知の上だけど、これから提案する内容が障害なんでしょう?」
テアはマルコムを理解しているような口ぶりだったが、まさにマルコムは丸め込まれたように苦笑いを浮かべトウマを見つめた。
「レオンの代わりに1人このチームに入れようと思うんだけど恐らく君は納得しないだろう」
「え、誰なの?」
そう尋ねた瞬間に再び扉が開かれる。そしてその人物の顔を見た瞬間、トウマの顔がみるみる変わっていった。
「ラドロン、決して私達の足を引っ張ることは許されないぞ」憎たらしいイリヤの言葉にトウマは顔を逸らした。
「こんな奴と手を組めって言うのか?」
「他に候補が居なくてだな…」
しどろもどろとなるマルコムに対しエイブリーは嬉しさを表情で表している。そんな中でも納得していないのはトウマだけではなかった。
「でもイリヤはP.A.L試験を既にパスしているでしょう。そういうのって奇妙な話じゃない?」如何にも歓迎していない様子のテアにイリヤは余裕さを見せる。
「案ずるな、合格者が再試験を受けてはいけないという規定はない」
テアの引き攣る顔を見てイリヤは満足気でエイブリーと言えばもううっとりと溶けてしまいそうだった。妙な空気の中でマルコムは「それじゃあ」とひと声かけ逃げるように去っていく。
「それで首席でパスした先輩さん、試験対策は何か知っているわけ?」
口をへの字に曲げながらイリヤへテアは物は試しと尋ねてみると彼は笑みを浮かべ頷いていた。
「項目は3つに分かれている、第1試験は己の能力について把握すること。第2は実力の披露、そして第3は他チームとの実戦だ」
イリヤの話す内容によると、この試験の結果でそれぞれにレベルを与えられるとのことだ。そのレベルというのは0-5まであるらしい。
つまり僕達は今の段階では0(無知)ということとなる。
「Level3までに上り詰めることが出来れば実践への参加は必然的に決まるのよ」
トウマ以外の3人は既にLevel3を超えているらしく、以前に首席で合格したイリヤはLevel5だとエイブリーは話してくれた。
優秀で顔も整った青年は恐らくモテ男だろう。そう思うとトウマの競争心が燃え上がる。
「ならLevel5を目指せば話は早いな。早く研究をしよう」
手を叩き研究を促すトウマのヤル気にテアは興味深そうだったがイリヤは疎ましく思っていた。
「高望みだな…。まぁ健闘は祈ってやる」皮肉を込め研究室を出て行くイリヤの後をエイブリーが追いかけて行くと、そこはテアとトウマの2人きりとなる。
「彼奴は何をしに来たんだ?首席でパスしたからって偉そうに」
愚痴を漏らすトウマを横目にテアはため息を吐いた。
「彼以外はまだパスをした事がない。だからあれ程憎まれ口を叩いても文句を言われないんだよ」諦めている口ぶりは彼女らしくなかった。
「ならさ、僕達も首席でパスすればいいんじゃない?そうすれば彼奴も文句は言えないだろう?」
純粋なトウマの考えにテアは馬鹿にしたような眼差しを向け笑っていた。あまりにも現実離れした青年の考えは新鮮そのものだったが哀れとも思える。
「まぁ本気で取り組むっていうのは大事だけどさ、あまり本気になり過ぎないことをお勧めするよ」
「なんで?」
「本気で取り組んで来た人たちを見てきたけど、殆どが燃え尽きた灰になっちゃったから」
テアの言っていたことがどれ程トウマに伝わっていたかは誰もわからないことだった。
「じゃあ君は何故此処に来たの?」
何かを諦めてしまっている雰囲気を醸し出す彼女にトウマは苛立った。
「此処に居る意味がないとダメな訳?」すると今度はテアの眉が顰める。全てにおいて全力を見せるこの青年を疎ましく思い始めた。
「そうとは言ってないだろう?ただ君のフワフワとした考えが気に食わない」
此処で今後どうして行きたいのか、彼女の目的が定まっていないように思える。そしてイリヤの言われた通りに生きてきたのに間違いないだろう、そうトウマには感じられた。
するとトウマの意思が伝わったかのようにテアの顔が暗くなる。
震える唇は本音を言いたいと言っていた。
「浮ついた気持ちなんかじゃない…、此処に来れば変われると思った」
「変わるって?」
「レオンが口を開かなくなった訳と失った記憶を少しでも取り戻せると思ったの」
テアが言うにはレオンは3年前のある一部の記憶が消えているそうだ。彼の身に何かが起きた、とテアはずっと感じていた。
「マルコムは恐らくレベルの高いテレパスだと思う。彼に頼めば昔のレオンに戻れると思った」
この時はじめてテアを見た気がした。能力者としてでなく、ただ普通の弟を想う少女として。
ーーその頃、速足で廊下を歩いて行くイリヤの後をエイブリーは必死に追い掛けていた。
いつも以上に苛立っている彼が心配だった。
「イリヤ待って…、そんなに動いたら体に悪いわ」彼のことを心から想う気持ちからそう口走ってしまった。それが禁句だと忘れてしまうほどに。
案の定イリヤの足は止まり体は健気な少女へと向かれると鋭く尖った瞳は真っ直ぐにエイブリーを捉える。
「気に食わぬなら目を閉じればいい、それが出来ないのなら諦めろ」
彼の言葉は刃物のようにいつも胸を傷めつける。それでもエイブリーは放っては置けなかった。
「それが出来たらこんなにも苦労しないのに…」
そう訴える彼女に「またか」とイリヤは嫌気がさした。
「私と同等と思うな、所詮レベルは低能なのだから」言い放つイリヤは再び背を向け去ろうとするも、この日のエイブリーはいつもとは違った。
「なら何故このチームに?私達は常に上を目指して本気で取り組んでいる。遊び半分なのは貴方だけよ!」
「私が遊びでもしていると?」
ピリピリとした関係になるのはこれが初めてだった。エイブリーはこうなることを恐れいつも彼を宥める役目を果たし続けていたが、今日だけは反逆を試みる。
「貴方がチームに入ったのはトウマ君が居るからでしょう?彼はラドロンだもの、貴方の大切な手駒達に手を出されたらさそがし気に食わない話でしょうから」
自分達は常にイリヤの言われた通りにして来た。しかし反抗的なトウマが現れてからこの大学内に変化を齎したとエイブリーは薄々感じていた。
「貴方が変化を嫌う事は知っているわ、仲間を守る為に必要だもの。でも危機は迫っているって皆、本能で感じているの。今こそ変化が必要なんじゃないかって」トウマこそが変化を齎す青年だと率直に述べるエイブリーに対し初めてイリヤは寂しげな表情を見せた。
それは今まで浴びせられたどんな酷い言葉よりもエイブリーの胸を傷めつけた。
「イリヤ…ごめんなさい…」
思わず謝罪する少女の顔を見ることなくイリヤは去って行った。そしてそのまま崩れ落ちるようにエイブリーは膝を付き声を上げて泣いた。
どんなに想っても彼は心を開いてくれない、寧ろ傷付けてしまうのものだと気が付いた。
人を癒す力を持っているのにも関わらず、皮肉なことだと嘆く。
エイブリーが此処に来たのはちょうど2年前。
今よりかはまだ半分以下の学生の数だった。
マルコムが教授となり学生達に能力の指導を熟していく中で既に優等生だったイリヤは優しく自分に手を差し伸べてくれた。そんな彼はもう居ないのだと気付くのが遅すぎた。
昼下がり、漸くエイブリーの気持ちが落ち着き研究室へと向かうと仲良く笑い合いピザを齧る仲間に目を向けた。
「エイブリーの分もあるよ!」
気さくにピザを差し出すトウマにエイブリーは思わず涙が溢れたが次の瞬間には笑っていた。
「ありがとう…」
素直にピザを受け取る彼女を見守りながら2人は微笑んだ。何故目を腫らしているのか、無駄に問いかけずにいつものように自然な彼らの対応がエイブリーには必要だった。
「腹ごしらえもした事だし、そろそろ研究を始めよう」やる気を見せるトウマはテレキネシスについて学び始める。
「いや、もう無理だ」
教科書を開いた瞬間に弱音を吐くトウマの頭をテアは殴った。
「さっきまでの勢いはどうした?」
「だって今まで勉強っていうものをしたことがないからさ」
項垂れるトウマに呆れるテアと代わりエイブリーは優しく教科書を開いてあげる。
「第1試験では貴方についての筆記試験を行うのよ。最低限のことを把握していれば合格するわ」
「最低限って?」
「能力というのは貴方の中にある何かがエネルギー源となって働き掛けている。例えばテアは体内の血液が化学反応して鉄へと変化をするの。貴方は物を動かす時どうしているの?」そう言ってテアを指差すエイブリーの説明は分かりやすいものでトウマにやる気を戻させる。
「力を使う時、いつも集中していた。手を伸ばして動けって念じるんだ」
「私達のエネルギー源は其々に異なっているのよ。テアの様に体内の物質である者もいれば、私達のように心がエネルギー源の者もいる」とエイブリーはボールペンを持つとそのまま芯を自分の腕に刺すと深く傷つけた。
「何をしてい…るの」
彼女を止めようとするもみるみる治癒していく少女の腕にトウマは虜となる。
「私の力は自然治癒力。鍛えて行けば何人、いや何万人もの人たちを同時に治していけるわ」
「それも自分達で研究した内容?」ゴクリと唾を呑むトウマにエイブリーは頷いた。
「安心して、私達が付いているから。それに試験はあと半年もあるのよ」
ゆっくりと研究していけばいいとエイブリーは話していた。
しかしトウマには焦りを感じていた。
チーム内で既に出遅れており、イリヤをギャフンと言わせてやりたいのも確かだ。しかしそれを目指すとなればLevel5を超えていく勢いがなければならない。
ーー
トウマが研究に取り組んでいる間、邪魔をしてはいけないと考えたエイブリーは中庭へと向かおうとしたが誰かがそれを阻んだ。
「ちょっと退いてくださりません?」
引き締まった肉体を見せつけるかのようにワイラーが目の前に立ちはだかる。
「いいや、先ずは俺の話を聞いて貰う」
「嫌よ、きっとろくな話でもないのでしょうから」
「まぁ決め付けるなよ」とエイブリーの腕を掴み引き寄せるワイラーの腕力に恐れを成す。
「いや!放して!」
「いいじゃねぇか、少しくらい。偶には羽目でも外したらどうだ?」
嫌らしい目付きのワイラーにエイブリーは泣きそうになるも、それがワイラーを更に興奮させた。
「聞こえなかったか?放してやれ」
すると彼の声が聞こえエイブリーは振り返った。其処に立っていたのは紛れもなくイリヤの姿だった。
何やら騒がしいと学生達が集い始め、そこは一瞬にして野次馬の溜まり場となりテアも覗きに来ていた。
「こりゃ風紀委員さんが此処で何を?」
意外な人物にワイラーは興味津々だったがイリヤはもう一度問う。
「貴様の耳は籠耳か?」
「ブロンスキーさんよ、今俺たちは忙しいのが分からねぇか?だったらアンタの目は節穴だな」
嘲笑うワイラーにエイブリーは平手打ちをする。するとワイラーの怒りが頂点に達した。
「お前らがそう来るなら文句は言わねぇよ。ほら2人がかりで来いよ、いいやそれはマズイな。ブロンスキー、また心臓発作が起きちまうよな」
その言葉にエイブリーは更に強烈な平手打ちを喰らわした。思わず怯むワイラーだったが指を鳴らし今にも飛びかかりそうな勢いだったが事を聞きつけたマルコムが3人の間に割って入る。
「こんな所で喧嘩をするなら3人とも試験を棄権して貰うぞ。それが嫌ならばその怒りは第3試験まで取っておきなさい」
マルコムの言葉にワイラーは舌打ちをしながら去っていった。
「ほらほら君達もまだ研究時間が2時間も残っているぞ」そう学生達を促して行く中、エイブリーは笑みがこみ上げていた。
「あの…ありがとう」
消え入りそうな声はしっかりとイリヤに届いていた。
「いや、当然のことだ。仲間が傷付けられるのは耐え難い」
無表情で去ろうとするイリヤの腕を掴むエイブリーはプロポーズでもしそうな程緊張している様子をテアは目の当たりとする。
「本当は諦めていたんだけど、やっぱり今伝えたい。私、ずっと貴方が好きだったの。でも貴方には私が必要ないことは分かってるわ。でもこれだけ…これだけは叶えて欲しい。私とプロムナードへ出て貰えない…?」
その言葉にイリヤだけでなくテアも驚いていた。彼の答えが気になるも聞きたくないという気持ちが大きかった。
居ても立っても居られなくなった少女はそそくさに去っていった。
「まさか…、そんな申し出があるとは…」
面を喰らったようなイリヤを見るのもまた初めてだった。次の言葉がどんなものかエイブリーには考えも付かない。しかしイリヤは口を開いた。
「申し訳ない、やはりお前の気持ちを踏み躙ることとなる」
目を閉ざすイリヤにエイブリーは笑いながら首を横に振る。
「いいのよ、その答えも見当がついたもの。私は大丈夫よ、モテるもの」
健気に笑うエイブリーはイリヤから手を離した。
大丈夫、そう口にするも本当は後悔している。何故感情任せに行ってしまったのか、全てを失ってしまった気持ちに陥った。
「…すまない」
謝る彼に「大丈夫」と答えるも今にも泣きそうだった。
ーーテアはすかさずエレベーターに乗り込み、向かった先はワイラー達の研究室だった。
意外にも綺麗に整っている研究室に驚くテアだったが気持ちを入れ替える。
「おいおい今度はお前か?」
もう嫌気がさしたようにウンザリとするワイラーにテアはそっと近寄る。
「別に喧嘩を売りに来た訳じゃないの…、ほら私達昔馴染みでしょう?」
そう言ってワイラーの胸を撫で回すが彼の筋肉質な腕が彼女の銀色に輝く腕を掴みあげた。
「何が目的だ?」
「少し分けてよ、まだ使ってるんでしょ?」
その言葉にワイラーはニヤニヤと笑みを浮かべていった。
「そういう事なら早く言えって」ジーンズのポケットに手を忍ばすとビニールに包まれた真っ白い粉が出てくる。
するとテアは救われたように顔を明るくさせた。
イリヤが研究室へ戻って来たのは夕方頃だった。其処には熱心に研究を続けるトウマに付き添うエイブリーの姿があった。
何故か気まずい気持ちとなり研究室を出て行こうとするがエイブリーが阻んだ。
「イリヤも一緒に如何?トウマ君の能力って意外にも面白いのよ」そう声を掛けられると振り返らざるを得なかった。
憎たらしい顔のトウマに目を細めるがイリヤの心境が少しずつ変わっていた。
「まぁ少しは手伝ってやっても良いか」
そしてテーブルに着くとトウマはニタニタと笑い出す。
「エイブリーの言うことには従順だな」
「煩い能無し、さっさと研究を続けろ」容赦ないところは変わりがないがこの2人の関係が改善されるのであれば気持ちは救われると少女は純粋に思った。