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アザトース  作者: kojiJR
第1章
2/7

2.鉄の女王

新たな人生を歩み始めてから2日目となった朝。


朝食を摂りにカフェテリアへと向かう途中でエイブリーと出会した。


「おはようテレパスさん」


「それを言うならサイコキネシスだよ」


相変わらず可愛らしい彼女の隣を歩くのは自信を高める効果がある。彼女は友好的で健気だ。決してシェルターには居ない女性だろうと感じた。





ー鉄の女王ー


綺麗に巻かれている金色の髪をかき上げる可愛らしいエイブリーの横顔を見つめていると、意地の悪いクスリ笑いが聞こえてきた。


睨みつけるような眼差しで不敵な笑みを浮かべるテアはやっぱり整った顔立ちをしている。


「サキュパス姉さん早速手を出したの?」


テアは朝から嫌味を込めていたがエイブリーは慣れたようにあしらっていた。


「あら今日も上機嫌のようね」


異様な空気が流れるもそれは決して嫌な空気ではなかった。


そうして3人でカフェテリアへ向かっているとヒソヒソと学生達が噂しているのが分かった。


「なんだ…?」


色眼鏡で見られていることに関して不思議と思っていたがエイブリーは何でもないと、笑いながら席に着つが納得できなかった。


「なぁ、君なら教えてくれるだろ?」


答えてくれるだろうと隣に立つテアに顔を向け尋ねると彼女は苛めっ子のように笑い頷く。


「薄々気が付いていると思うけど、アンタは決して歓迎されている訳じゃない」


「気が付いていたけどその訳は…?」実際聞いてみるとやはり不安だった。


ここに来てまだ1日だと言うのにもう殆どの生徒に嫌われてしまったようだ。まぁ昔から好かれるようなタイプではなかったが、嫌われるようなタイプでもなかった。


歯に物が詰まるような僕を見てエイブリーはテアを睨みつけていた。


「テア止しなさい。貴女が話すことではないのよ」


「アンタが止める必要もないと思うけど」


バチバチと火花が散る中、静かにレオンが顔を見せた。中性的な美しい顔をしている少年は何処と無くテアに似ている。目を閉ざしながらいつものように介入せず林檎を頬張る姿に見入っている間にマルコムさんが2人の喧嘩を止めに来る。


「羨ましいね、編入してから2日で取り合いになる程モテてしまうとは」


冗談を飛ばすマルコムさんにテアは額をバチンと叩かれるとムクれたように顔を背ける。その様子がどうしても可笑しく思え吹き出し笑っていた。


「しかしマルコムさん、今日は何か物足りないですね、何かは思い浮かばないけど」


「そうか?」首を傾げるマルコムさんをじっと見つめたが、何が足りないのかハッキリとしなかった。


「それよりこのチームには慣れそうかな?」


優しく尋ねるマルコムさんとテーブルに付きながら今後について話を始めた。


「ここに居れば自分を知ることが出来るってヒデトさんから聞いたけど、少し疑いつつある」本音を打つけるとマルコムさんは渋っていた。


「必ず捜し物が見つかるとは言えない。だが手掛かりは掴めると信じているんだ。此処に居る殆どは自分というものを知らないんだ」


「でも…それって…」


信用を踏み躙られたような感覚に陥ると上手く言葉が出ず口籠ってしまう。するとマルコムさんはため息を零した。


「確かに自分の出生を知ることも大事だがここでは先ず自身の力をよく知ることを率先して行っているんだ」


そう言いマルコムさんはテアに目掛けて林檎を投げつけると彼女は容易く左腕で真っ二つに切り落とす。


「皆ここに居るのは自分というものを知る為なんだ」それは出生の話をしているのではないとわかったが納得はして居なかった。すると


「納得行かぬなら出ていけばいい。誰も止めはしない」


あの涼し気な声が聞こえてくるとイラっと来る。声がした方へと振り返ればとやはりイリヤが立っており、一瞬だけ彼と目が合う。あの冷え切った眼差しだ。


「教授、仕事はまだ残っておりますので」


そう言い去っていくイリヤの背中をマルコムさんは苦虫を噛むような顔で見つめる。


「やれやれ彼に見つかってしまうとは…」そう嘆くも席を離れるマルコムさんを見て漸く謎が解けたようにスッキリとしていた。


「何か物足りないと思ったら犬っころが居なかったのか。まるで飼い主に忠実なチワワみたいだ」


イリヤに対し嫌味を込めた瞬間、バチンと引っ叩く音が響いた。ジワジワと左頬が痛みだし片手で抑え視線を前へと向ける。すると目の前にはレオンがムッとした表情を浮かべ立っていた。


「何…」


そう言いかけるも逃げるように駆け出すレオンに苛立ちを覚えた。そして弟の後を面倒と言わんばかりに追いかけるテアにも腹が立った。





何が起きたのかサッパリな僕の隣に寂しそうなエイブリーが腰を下ろす。


「始めに言っておけば良かったね…」


「何が?」


優しく冷えたコーラの缶を頰に当てながらエイブリーを見つめていると彼女の暖かな瞳がブルーに変わったように見えた。


「レオンは異常にイリヤを尊敬していてね、それは何故なのかは分からないけれどレオンの前では彼をあまり悪く言わないで貰いたいの」


「何で僕が気を使わなきゃなんない?ここでは協調性を説くけど僕から見れば知ったこっちゃない話だ」


チームだからと誰もが言うけど、ハッキリと言って僕には手を取り合うなんて面倒な話だった。それだけでなく何故気を使って生きなければならないのか分からなかった。


「私ったら貴方を見限っていたようね、残念だわ」


冷たく言い放つエイブリーに何故か胸がざわついた。



:


その頃マルコムの隣を歩くイリヤは珍しく心ここに在らずな様子だった。


「何故そう苛立って居るのか、僕にはすぐわかるぞ?」


「そんな事、貴方にはどうでもいい話かと。それより今回は大きなエネルギーを検出しました、これは間違いなく…」


そう話すイリヤの顔を見てマルコムは神妙な面持ちとなる。


「顔色が悪いな、今朝は顔を見せなかったがもしや発作が起きたのでは?」マルコムさんは青年の腕を掴み心拍時計に目を向けるもイリヤは拒む。


「貴方は仕事の話をしたくない事は十分に承知しました。それならば私はこれで失礼致します」


強引に引き下がろうとするイリヤには苛立ちが募る一方だった。一刻も早く事態を改善したいと思うのは自分だけなのかと疑いが生じる。


するとリストバンドから脈数が上がる音が聞こえて来た。


「イリヤ、今日は体調が優れないことは分かっている。だから休みなさい」全て分かっていたと言わんばかりにマルコムは青年の肩に手を置いた。


「貴方という人は…」


ぐうの音も出ない様子のイリヤに親指を立てるマルコムはしてやったりの顔を浮かべる。


そのまま来た道を戻ろうとしたイリヤの前に涙で頰を濡らすレオンが立っていた。


「一体どうした…?」


そう問いかけるとレオンは反動的に憧れを抱く青年に抱きついた。


何があったのか読めずにいたイリヤはだったが、ただ優しく頭をさすってやる事しかできなかった。


「レオン…待ってって…」


漸く弟の元へと追いついたテアだったがイリヤに抱きつくレオンの安心した顔を見てふぅっと息が漏れた。こうなれば全てイリヤに任せていると気が付くもいつも彼に甘えてしまう自分がいる。


遠くで見守っているとイリヤと目が合い胸が切なく締め付けられる。そしていつもの様に微笑み頷くイリヤはそっと口を開いた。


「おまえを元気づける、言葉があれば。

歌にして希望に輝く、朝を贈ろう。

こんな日が、いつまでも続くように。

夜もまた月の光で 、満たされることを願いながら」


昔から聴くこの歌声に心を落ち着かせるのはレオンだけではなかった。田舎臭い歌詞でもそれは愛着が湧く不思議なものだった。


やっとレオンに笑顔が見えるとイリヤも心が落ち着いた。


「何か問題が?」


「別に大した事じゃないの…、ただうちのチームに問題児がね」


気まずくなると頭を掻きながら事の説明をするテアに対しイリヤの顔つきが変わる。


「あのラドロンが原因か…」


低い声音はイリヤの怒りを表しており必死に宥めるしかなかった。


「これはレオンの問題であって、イリヤが間に入る必要はない」


「何…?」目付きが変わるイリヤには彼女の言葉が真実とは思えなかった。


「イリヤがレオンを甘やかすから癇癪持ちになったんだよ。少しは手を離してあげるのもレオンの為だと思わない?」


「ただの喧嘩であれば口出しはしない。だがラドロンの仕業となれば黙ってはいられないだろう!3年前ラドロンに何をされたか忘れたとは言わせないぞ!」イリヤの怒りは十分に理解しているがその言葉がどんなに残酷なものか、あの事件のことを思い出す度に心が蝕まれていくようだった。


そして怒りによりどんどんとイリヤの脈拍が速まっている。


「分かったから…」宥める方法は折れるしかない、そうわかれば目を閉ざすしかなかった。どちらも頑固であるからこそ衝突は多かった。


その事はイリヤにも理解していたがプライドが許さずただ顔を背けることしか出来なかった。だがふとレオンの視線を感じた。少年の瞳は不安を物語っており、イリヤは顔を逸らす。


「部屋まで…連れて行って、くれないか?」顔色の優れないイリヤにとって願い事をすることが精一杯の謝罪だった。


静かに頷きながらテアは彼の腕を取り無言で長い廊下を歩く。


3年前それはまだ不幸を知らない純粋な少女だったし、レオンは話せていた。だがある日不吉な風が吹き、全てを穢し、全てを奪っていった。


イリヤがラドロンを憎む理由は明白だ。だけどトウマには奴等とは違う臭いがしたのも確かだった。妙な板挟みになったのはテアにとって初めての経験であった。


思い悩む彼女の横顔を目を向けたイリヤは口を開こうとした瞬間、あの無防備な声がする。


「僕はここの生活に馴染もうなんて思わない。ただ自分を知るために…」


トウマは廊下を歩きながら必死に自分の言い分をエイブリーに話していたが思わぬ鉢合わせに顔を引き攣らせた。


嫌な空間だったとここに居た誰もが思ったことだろう。


テアとエイブリーは目を合わせヒシヒシと伝わる緊張感を共有している様子だった。現に睨み合う男達の間には殺意のみ生じていたからだ。


しかしイリヤは顔を逸らし足を進める。


意外なことに置いていかれるテアだったが我に返り彼の後を追っていった。


姿が見えなくなった所でトウマはふと笑い出す。


「尻尾を巻いて逃げたな」


再びイリヤの悪口を言った瞬間にレオンの非難の眼差しが向けられた。またやっちまった、と頭を抱えるトウマにエイブリーも呆れていた。




既に2日目が終わろうとした時、トウマは唯一のアドバイザーの元へと向かった。このままではチームにすら見放されそうだと危機を感じたからだ。


「ねぇ、もうどれくらい此処で分析医をしてるの?」


器具を撫ぞりながら尋ねるトウマの浮かない態度にヒデトも薄々と気が付いていた。


此処に来て間もない青年を歓迎するのは此処の教授であるマルコムのみ。只でさえ新参者は疎まれるというのに、彼のラドロンといった民族のラッテルが足枷となる。


「この能力が芽生えたのは今から20年前、君と同い年くらいだ。その時から此処に居たよ」


「へぇ、じゃあ20年も此処に」


皮肉を込めたつもりだったか想像以上にも長い勤務にトウマは恐れをなした。


「そんな長い間勤めていたら考え方も変わるでしょう?」


「まぁ此れだけ長い間勤務すればマルコムの考え方全てに全て納得したとは言い切れないさ。でも此処に残るのは僕の考えなんだ」


「そんなに此処が居心地いいもん?」


純粋に尋ねる少年の意図には気が付いていたがヒデトはただ微笑みを浮かべただけだった。


「ならさ優秀な分析医に聞くけど、イリヤは僕のことを蔑んでいるけど此処に連れて来た訳が分からない」


「イリヤも難しい奴でね、昔から警戒心が強かった。それは君に対してだけではないんだよ」


「そうとは思えないけど」


イリヤの言葉にはいつも悪意を感じられた。もしこの分析医の言う通りであるならば自分は被害妄想に取り憑かれていることとなる。


「そう思ってしまうのも仕方がない。だって君達は信頼し合っていないんだからね。だからこそ君から心を開くんだ、君らしくね。はじめは身近な友人たちから試してみては?」




ーー


エイブリーと研究室で閉じこもっていたテアだったが、イリヤの放った言葉が頭にこびり付く。


『3年前ラドロンに何をされたか忘れたとは言わせないぞ!』


あの日に起きた惨劇は人生を狂わした。確かな事実ではあるがイリヤがその事を口にするとは思ってもみなかった。


「テア、ずっと黙りなんて貴女らしくない。もしかしてイリヤの容態がそんなにも悪いの?」心配そうなエイブリーは蒼ざめていた。


「ヒデトが言うには心配は要らないって」


「そう、ならいいんだけども…」


安心させる為にもそう言い聞かすがエイブリーは顔を俯かせる。彼女は此処に来てからイリヤに恋い焦がれていることは知っていたし、誰もがお似合いだと公認していた。勿論テアですらこの2人は完璧と思えたが、同時に自分は一体どういう人物なのかを考えさせられる。


そう苦悶に満ちた表情を浮かべながらステンレス製のグラスに手を伸ばした。


グラスに注ぎ込まれた紅茶を覗き込むと、孤独に浮くティーバッグに目が留まる。そこから滲み出る紅茶がステンレスを染めていく姿がまるで自分のように思えた。


「あれ、今日は静かだね」


笑いながら顔を見せるトウマは悪戯好きな少年の面影を思わせる。それは純粋さを物語っていた。


「アンタと関わるつもりはないから」


グイッと紅茶を飲み干すテアを見つめながら席に着くトウマはニヤニヤと笑っていた。


「イリヤの命令に従うってことか。大変だな取り巻きっていうのは」


「取り巻きかんかじゃない!」


癪に触ったのかテアは鋭い眼光で青年を睨みつける。目の前には憎きラドロンが立っていると思えば仕方がないものだ。


冗談を言ったつもりだったトウマはただ驚きを隠せなった。何故こうも彼女は気が立っているのか。


「テア…ごめん、怒らせるつもりは…」


そう告げようとするトウマの前からテアは中指を立て去って行く。


2人きりとなった研究室でトウマは打ち拉がれたようにテーブルに腰を下ろした。ヒデトの助言通りに行ったつもりだったが自分は此処ではハンデが多いと痛感する。


「ねぇ、此処ではラドロンってそんなにも嫌われるものなの?」そう尋ねられるとエイブリーは心が痛んだ。


「私は嫌っては居ないわ」


「それだけじゃ納得は出来ない、此処にいる以上知る必要があると思う」


「それもそうよね、でも私から話していいものか…」


エイブリーが渋るのは彼等の過去を知る唯一の人間だからだった。そんな事を知らない青年にはただのお遊びにしか思えない状況でもある。


「もし気になるのであればテアから直接聞くべきだわ」


「だけどさ、彼女には完全に嫌われているし話してくれるとは思えない」


「なら話してくれるくらいに信用して貰わないとね」


ウインクをしながらトウマの腕を取るとエイブリーは軽い足取りでエレベーターへと向かった。更に地下へと降りる中、エイブリーは笑いを噛み締めるように唇を噛んでいる。


何処へ連れて行かれるのだろうか、そう思っていると何処からか中世ヨーロッパを想わせるリュートが聴こえてきた。


そして扉が開かれると其処にはまるで映画に出てきそうなロマネスク様式な内装で、男女が肩を組合ながら踊っている。エイブリー曰く音楽は変化しつつも酒を交わし踊り明かす歴史があったらしい。所謂トレンドのナイトクラブだ。


その中でも奥の方で盛り上がっているようすが伺える。


「テアが暴れているのかも」彼女の指差す先には長テーブルの上で燕のように踊っているテアに気が付いた。


軽快な音楽に彼女の軽やかな足取りはここの学生達を虜にさせていた。


「嫌だわ、彼処にワイラー達がいる」


しかしエイブリーの目線の先にはビールを片手に大声を上げるマッチョな青年達が集っている。


「彼らは確かに腕の立つ上級生達なんだけど本当にタチが悪いわ…」


そう彼女が教えてくれると1人の一際目立つ細身な青年が指先を弄んだ瞬間にテアの足が狂い思い切っりテーブルから落ちてしまった。


「テア!」


思わず駆け寄るエイブリーを見てワイラー達は腹を抱えて嘲笑っている。すると先程の青年がトウマに気が付いた様子で、不敵な笑みを浮かべながらそっと歩み寄る。


「おやおや、噂のラドロンが此処に何の用かな?」


嘲る言葉遣いはまだイリヤの方が優しいようにも感じられる。カラスのような漆黒の髪は彼の性格を表しているようで、日射しを知らない真っ白な肌は少し不気味でもある。


「貴方達には関係ないでしょ!」


庇ってくれるエイブリーには目もくれず青年は興味深そうにトウマを見つめた。


「ひとつ助言しよう。あまり期待しない方がいいぞ」歪んだ笑みを浮かべながら青年達は再びビールを浴びるように飲み始めた。


「彼はロキよ。いつも人を物のようにからかっているの」テアの手を取りながらエイブリーは憎たらしそうに声を絞り出す。


「アンタ達が此処に来るって何事?あまりにも不似合いだと思わない?」


目を細め嫌味を言うテアはエイブリーの手を振り払い立ち上がったが、その様子にトウマは腑に落ちなかった。


「言っておくけど、君はエイブリーに救われたんだ。少しは礼を言ったらどうだ?」


「止めてよ、ラドロンが私に説教でもするつもりならそれこそお門違いってやつ」彼女の瞳からは憎しみが伝わってくる。


「そうやってずっとラドロンを蔑むのは怖いからだろ!図星だろ?」トウマのセリフにテアだけでなくその場に居た誰も顔が凍り付いていた。


だがテアは背を向けて去ろうとしたがトウマは阻んだ。


「君は馬鹿か?またワイラー達に虐めらたいの?」


「アンタと居るよりマシ」


テアの心が閉ざされたとトウマには確信していた。恐らくこの先も彼女の過去を知ることはできないのだろうと思うと黙っては居られなかった。


「なら言えよ!ラドロンと何があったのかを!」


声を荒げて挑発するも彼女テアは足を止めようとはしなかった。


「君もイリヤも皆弱虫だ!ただの差別主義者だよ!それと比べたらラドロンは誠実だ!」


「犯されたの…!!」


思わず口を開いたテアだったが静まり返るフロアに我に返った。今まで黙っていた事を知られてしまった羞恥心に彼女の全てが崩れ散ってしまうようだった。


「満足…?」


涙目に去って行くテアの背中をトウマはただ見守ることしかできなかった。




テア自身、一刻も早く此処クラブから抜け出したかった。むしゃくしゃした気持ちから切り替える目的で来たがトウマによってドン底へと追いやられてしまったのだ。


エレベーターのボタンを押し独りになることばかりを考えた。そして扉が開かれると希望の光のように蛍光灯が彼女の顔を照らす。


溢れ出そうになる涙を抑えながらエレベーターに乗り込み自室へと向かおうとした瞬間、思わぬ来客が乗り込んだ。


「……」


扉が閉まるとエレベーター内は静まり返る。隣に立つロキにテアは顔を背け気付かれないように涙を拭った。


「今はアンタのお遊びに付き合える程、余裕なんてないから…」


「何?私も上に用があるだけだ」何もなかったかのように笑って答えるロキにテアは呆れていた。


「あっそ…」


再び沈黙が流れると今度は彼から口を開く。


「鉄の女王とまで言われた君も涙を流すとは」意地悪な笑みを見せると扉はタイミング良く開かれ、ロキはエレベーターを降りると優雅にお辞儀をし彼女の前から姿を消した。


1人になると虚無感に陥り、ロキによってプライドが更に傷付かれたと実感したテアの顔付きが鋭くなって行った。




ーー彼女テアが言っていたことが真実であればラドロンを憎む理由が明確であると余儀なくされる。


そう悩むトウマを連れて研究室へと戻るエイブリーもまた心を痛めていた。


「こんな事になるなんて、私ったら酷い加害者ね」と弱音を零す少女は狼狽えている。


「僕が来てから此処は災難続きだろうね」


研究室の扉を開けてやりながらトウマは本音混じりの冗談を言ったつもりがエイブリーを傷付けていた。


「これは私の提案だったもの。今回は私のせいよ」追い討ちを掛けられたように肩を落とすエイブリーだったが目の前に立つ友人テアに目を丸くさせた。


思わず振り返りトウマを見つめると彼もまた豆鉄砲を食らった鳩のようだった。


「ごめん、少しラドロンと2人にして貰える?」


腕を組むテアは警戒しているようにも見えるがエイブリーは友人を信用することを選んだ。


エイブリーが去って行った研究室ではあのラドロンと2人きりとなるも感情がいつもとは違って見える。すると気まずそうにトウマが口に手を置く様子をじっと伺った。


「さっきはごめん、強引に聞く内容ではなかったよ」


そして謝罪を述べるラドロンの青年に少しだけ心を開いてやろうと思えた。


「私こそ…、悪いのはアンタじゃないってわかってる。でもまだ少し抵抗があるのも確かなんだ」


「君を傷付けたのもラドロンだし、僕だって盗みを働いた犯罪者だ。君達の思う通りラドロンは犯罪集団だよ」


椅子に腰を掛けるトウマからは哀愁が漂う。


その様子に憎きラドロンへの感情が薄れていってしまった。


「私はラドロンが憎かった。その憎しみを全てアンタに押し付けようとしていた。でもそれってアンタの言う差別だよ」今までイリヤに押し付けられていた思想が間違っていたとテアの中で確実になるとトウマを本気で信用していい人物なのだと心が言い放つ。


「じゃあさ、僕たちの関係は今以上に良くなっていく?」


「少なくとも私は望んでいるし、マルコムもそう望んで私達をチームにしたはず」


「それなら安心して此処に居られるよ」


それから僕たちは夜更かしをしながら過去を話し続けた。テアはまだ心を完全には開いていないだろうけど大きな前進でもある。それがどんなに喜ばしいことか今なら十分に理解する。


シェルターでは得られなかった感情に少しずつ僕の考えも変わっていった。


未だにマルコムの考えは予想が付かないが今は若者同士楽しめばいいのだと。


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