1.はじめのキッカケ
誰もが1度ヒーローに憧れを抱いたはずだ。
どんな時でも困った者に手を差し伸べるヒーローは多くの人に指示される運命でありそこが魅力なんだ。
そして多くのヒーローはパワーを身に付けているイメージがある。例えばスーパーマンはどうだろう。彼は怪力であり耐久力にも優れ空も飛べる。
彼こそが地球市民を守る為に奮闘するヒーロー像である。
昔抱いたヒーロー像を捨てきれない大人は多い。だからこそ警察官や消防士、そしてチャリティに勤しむ政治家などになる大人が多い。しかし残念なことにそのヒーロー像は次第に歪み始め自己犠牲ではなく自己顕示に過ぎないエゴイズムの塊だ。
ーはじめのキッカケー
20XX年、世界は大きな壁が出来た。それはもう50年も昔の話らしい。
まぁ僕達からして見れば壁と言うよりは天井だ。
つまり僕はアンダー・シェルターで生まれ育った、ラドロン出身の人間。ここは貧しく今を生きるのが精一杯である。太陽なんて生きてきた19年間に1度も見たことがないさ。ラドロンとして生まれた僕等には見る価値がないのだ。
実際に盗みを働いて生き、その技は誰よりも長けている。
誰にも気付かれずに素早く盗む、それだけじゃない。僕は物を浮かすことができるテレキネシストである。この力を得てから何でも手に入ってきた。
だからこそいつかは太陽を手に入れてやるさ。
パワーを持つのはヒーローだけじゃないんだ。
アンダー・シェルターは鉄の塊で出来ているがジメっとした空気が伝わってくる。恐らく壁の上、ケルトルードでは雨が降っているんだろう。
そんなある日、僕はふと思った。
雨とは一体何なんだ?
太陽も知らなければ雨も知らない。ただの言葉でしかないのだと気が付いた。
無知のまま餓死することを考えると恐ろしかった。どうせなら雨だけでもいい、ひと目観てから死ぬことなら許されるのではないか。そう思ってしまった。
壁を越えることは罪ではない。だがラドロン出身の人間がケルトルードへ行ったところで生きられるはずがなかった。ラドロン達は上界の者たちの差別を恐れたんだ。
そう考えてみればケルトルードの奴等が憎くなる。
僕達のように飢える苦しみを知らない。どうせ少し物が減ったくらいで騒ぐような奴等じゃないだろう。そう思った。
そして僕はその日に腹を決めた。
かの石川五右衛門のように金目のものをちょっとばかり戴いて仲間への土産として持ち帰えれば喜ばれるだろう。闇のヒーローとなってやろうと決めたのだ。その時は純粋に思った。
軽やかな足取りでアンダー・シェルターをどんどんと歩いて行き、ケルトルードへ向かうエレベーターへと目を向けた。
ケルトルードへ向かうのに12万ルートも掛かる。パンひと切れですら500ルート掛かるというのに上の界への片道チケットだけでこんなにも大金を払うとは思ってもみなかった。道理でラドロン達はケルトルードへ行ったことがないわけだと理解する。
それから目線をエレベーターからズラすと無料で上がれるロープで出来た階段が見えた。これなら損なく上へと上がれると思い手を掛けた。
「もう無理だ…」そう嘆いたのは3時間後だった。
まだ半分も来ていない地点で僕の腕は言うことの聞かない堅物のようになるほど筋肉を酷使していた。上を見上げてもまだゴールは見えない。
ここで引き下がるのもまたひと苦労掛かる。ならば上がるしかない、そういう状況へと追い込まれた。しかしもう腕を伸ばす気力が残っていなかった。
ならばと、自分の腕を見つめた。
物を自在に操れるのであれば自分を浮遊させることが出来るのではないか?
やったことは今まででなかったが、こうなったら投げやりとなってしまう自分がいる。
ゆっくりと縄から足を離し、ひと呼吸置く。そして左手を離し右手を離した瞬間凄まじい速さで体が落下していく感覚が伝わった。
風が全身を切るように流れる中で僕は一瞬だけ恐怖を抱いた。死が頭を過ったからだ。しかし僕には力がある。
両手に集中を集め後は祈るだけだ。飛びますように、と。すると床をなぞるような感覚が手のひらにあった。そして床を弾くように力を込めた瞬間、今度は急上昇するのがわかり身が縮み込む。キュウと胃が萎縮している感触だ。
目の前の光景は最早覚えていない。ただ上から下へと物体が流れている映像のようだった。その一瞬、ケルトルードのゲートを越える看板が過って見える。
そのまま急上昇し2分も掛からぬうちに僕はびしょ濡れとなった。初めて味わう雨の感触。
とうとうケルトルードへ着いたのか?
そう思った瞬間、集中力が切れ体は浮遊力を失い再びアンダー・シェルターへ堕ちていくようだった。
僕はその時、死に物狂いでケルトルードにしがみ付く。それは地面だったのか、どこに手を伸ばしたのかは覚えていない。ただ自分が勝手に課した課題を成し遂げようと必死だったのは覚えていた。
漸く落ち着いた僕は何とかケルトルードの地へ足を付けることが出来た。
初めて見る雨は新鮮で、アンダー・シェルターで浴びるシャワーとは偉く違うものだ。繊細な雨つぶを全身に浴びこれが天然のものだと体に覚えさせた。
それから暫くケルトルードの空気を吸い込む。爽やかな空気の美味しさや豊かな自然を目に焼き付けていると、遠くの方に大きな建物が見える。
それはシェルターに似たコンクリートの塊だ。
無人と思えたケルトルードだったが、恐らくその建物の中に人々は雨宿りをしているのだろう。
僕は早速仕事に取り掛かろうと急いだ。
中へ入ると想像以上の人間達が集っており、そこは大昔に存在したショッピングモールのようだった。
たくさんの服や食品が並び、人々は規則正しく整列し商品を購入している。その光景はシェルターではあり得ない光景だった。我先にと手を伸ばす弱肉強食の世界で育った僕からして見ると彼らは余裕を持ち合わせた習慣に苛立ちを覚えるが、これは僕にとっては好都合とも思える。
レジに並ぶ紳士淑女のジャケットに目を向けそっと指先を動かすだけ。すると金品のものがゆっくりと気付かれずに宙を舞う。
金で出来た時計やタブレット。リアルなファーやシルク類、これは闇市で売り飛ばせば1年は楽して暮らせるだろう。
持ってきたバッグがパンパンとなり僕の業務時間は終わりを告げる。しかし人間とは欲深い生き物だ。
まだケルトルードに来てショッピングモールにしか足を運んでいないではないか。ならば他の場所はどういう場所なんだろう。
つけ上がった僕の好奇心が自分自身を危険に晒す。
続いて向かった先は都市の中心部セオリーにたどり着く。其処は公園のようにだだっ広い空間で彼方此方に並ぶ高層ビルの間には無邪気に子供達が駆け、大人たちは優雅にお茶をしている光景が目に入る。
シェルターでは寝る時間を惜しみながら必死で働くラドロンばかりだと言うのにケルトルードの奴らには余るほど時間も余裕もあったのだ。
すると黒に近い紺を全身に纏った男達が巡回している姿を目撃した。彼らは治安当局監視員でケルトルードだけでなくシェルターにも出没する厄介な役職だ。
少しでも奴らの前で妙な真似をしてみろ。ブタ箱行きか、運が良ければ矯正施設に入れられるだろう。
盗品を持ったまま動き回ることは賢いやり方ではないと思った僕は一歩下がった瞬間だった。
走り回っていた子供に気付かずにぶつかりその拍子に後ろから倒れこんだ。その時に持っていた盗品が音を立てながら落ちていき、ポリーズの奴らの目が一瞬にしてこちらに向けられた。
「おい!そこのお前!」
ポリーズの1人が僕を指差し叫び注意を集めた。するとケルトルードの人間達は眉を顰めながら此方を睨みつけているのがわかった。ヒソヒソとこう話しているのがわかる。「アンダーの強奪者」だと。
ポリーズから逃れようと力を発揮しようとするも何故か思うように体が動かなかった。自分の身に何が起きたのか、呆然としてしまったのが運の尽きだ。ポリーズ等に安易に捕らえられた僕は地面に押し付けられてしまった。その光景を市民らは拍手を送っていたのが見えた。
:
ケルトルードの警察署で1時間ほど拘束されている間、テーブルに置かれた空き缶を睨みつけていた。鏡張りの部屋は恐らくポリーズ等が僕を監視しているんだろう。僕を無力だと思っている奴らに思い知らせようと手を動かすもやはり自分の誇る力は何処かに消滅してしまったようだった。
やはりこんな所に来るんじゃなかった、ここに来なければ力を失うこともなかった。そう思うと泣けてくる。
「おやおや、地下の下部君は心が折れてしまったようだ」
どう見てもドーナツ太りの警察官が嘲笑う姿に反抗する気力を失ってしまう。
「居るべき場所に居れば良かったものを。何をしにここに来たのかは知ってる」そう言いながら盗品をテーブルに並べていく警察官はまるで弄ぶような意地悪さがあった。
「馬鹿な環境にいると馬鹿になるらしい」
そう言い放った瞬間、扉が開かれ警察官の顔が強張った。
「またお前たちか…」
嫌々に声を掛ける警察官に対し、先程入ってきた男2人は無反応に僕の前に立つ。1人は中年の黒人で、もう1人は僕と同年代であろう白人の青年だった。
「暫く席を外してくれないかね?」
黒人の男が警察官に声を掛けると嫌味しか言わなかった男が急に言うことを聞いた犬のように部屋を出ていく。
妙だと思った僕は彼らから身を守るように体を仰け反る。
『心配は要らない、我々は君の味方だ』何故か脳裏に響く黒人の声は更に恐怖を煽る。そんな僕を青年は無表情で睨みつける様子だった。
『いいかね、僕らの存在は世の中に知られてはならない存在だ。さっきから君の能力を抑えているのには訳がある』
「じゃあ!力が失った訳じゃないんだな!?」
漸く自信を取り戻した僕は希望を持ったように立ち上がるも咄嗟に青年によって阻まれた。
「安易に口を利くな、ラドロン」
氷のように冷え切った美しい顔が目の前にあると思うと何故か緊張した。彼の差別めいた言葉ですら、それが彼の魅力でもあるとその時は愚かにも思ってしまったのだ。
『これから君をある場所へ連れて行く』
「ある場所って…?」
『君に相応しい所だ』
その言葉を信じるしかなかった。そうしなければ一生、盗賊としてここに裁きを受けるしかなかった。
何故此処から抜け出せたのかは知らない。ただ黙って彼らの後に続くしかなかった。
高級そうな飛行車に乗り込む。ステンレス製の車から見る眺めはこの世に存在しないほど美しいものだと思えた。
雨によって濡らされたケルトルードの街を見下ろしながら僕たちは空中を漂う。すると先ほどの黒人が笑顔を見せながら手を差し伸べた。
「さっきは驚かせてしまって済まない。私はヴィクター・マルコム、WR大学の教授をしている」
「そのなんちゃらって大学の教授さんが僕に何の用?」
マルコムさんの煙草を吹かしながら尋ねると優しく答えてくれる。
「ワイダーネスライズ、つまり志を持った僕たちが立ち上がり大きなことを成し遂げたいと思っている」
「その志って一体何の話?」
「愚問だな、貴様は愚かだ」
すると先程の青年が間に立ちケルトルードの人間のように睨みつけていた。
「失礼、彼はイリヤ・ブロンスキーだ。彼も君同様の能力者なんだ」マルコムさんの言葉が気に食わなかったのかイリヤは冷ややかな眼差しを向けるとその場を離れる。
「君はずっと地下の世界に居たから知らないだろうけど、今は内戦が始まっている。だがそれは人間が知る由も無い戦争である」
「ってことは事実上は無の戦争に加担しろってこと?」
「いいか、能力を持っているのは貴様だけではない。その力をどう扱うかはその者次第」
イリヤの苛立ちを感じつつもマルコムさんは続けた。
「僕たちの力は人間にとっては有害だと思われている。だからこそこの戦争は知られる前に終わらせなければならない」
「ちょっと待ってよ、その戦争って能力者達が勝手に始めたことでしょう?何で僕が手を貸さなきゃならない?」
「実を言うと僕たちの敵は奴らだけではない。僕たちの力を知った者が僕たちを排除して回っている。君は1人で居れば恐らく数年の間で消されてしまうだろう」
「シェルターに居ればそうはならないはず。だって今までは安心安全に生きてきたから」
その答えにマルコムさんは頭を抱えながら笑っていた。それは可笑しいからではない。呆れたからだった。
「今まてまはそうだったかもしれん。だが君はモールで何をした?力を使って泥棒を働いただろう?君の存在を奴らに知られたかも知れん。そうすればシェルターにも危険が及ぶのも時間の問題だ」
適切に話すマルコムさんの言うことは確かなものだ。今までは自分は秀才だと思っていたが、それは僕の検討違いだった。向こう見ずな性格は勇敢だと思っていたが、それこそが愚かなのだと思い知る。
「君は頭がいい、だがこの事に関しては無知だ。それを理解しているだろう?トウマ君」
「何で僕の名前を…?」
「言っただろう?僕も能力者だ」
口角を上げるマルコムさんには余裕があった。それはケルトルードの人間だからではなく経験者の持つ余裕さだった。
頃合いを見計らっていたかのように車は急降下し、目的地へと到着したようだった。
車を降りると僕は目の前の光景に驚いた。
進歩した文明を無視したように煉瓦で構築された大学が目に入ったからだ。歴史を物語る建物の中へ2人が入っていくとすかさず僕は後に続いた。
「ここは一体…」
「先程、彼が言っただろう、WR大学だ」
嫌味を込めるイリヤは僕とは目を合わさず早足で歩いて行ってしまう。肩を竦める僕にマルコムさんは微笑んだ。
「一応は彼も歓迎している」
それは信用できなかった。
それからエレベーターへ乗り込むと地上深くまで潜り込む。耳の中に空気が溜まるような感覚に思わず息を呑んだ。
「これから君を仲間に紹介しようと思う」マルコムさんの声が聞こえるとエレベーターの扉が開かれた。
そこには多くの老若男女が並び待っていたようだった。すると1人の少女が僕の顔を見て鼻を鳴らす。
「大したこと無さそう」
自慢の栗色の髪をかき上げる少女の左腕は銀色に輝く鉄でできていた。
「テア、見た目で判断してはいけない。彼の実力は君以上かも知れん」マルコムさんの言葉にテアは苛立っている様子だったが隣に立っていた少年は面白そうに静かに笑っていた。
「なら証明して、アンタの実力って奴を」
綺麗な顔をしているにも関わらず彼女の口の悪さには親近感が湧いた。
「それもそうだな…、では3分間試合を行おう。先に地面に腰を付けた者が負けだ」
「ちょっと待ってよ、彼女に手をあげろって?」
急な出来事に飲み込めない僕はしどろもどろになる。
「私が女だからって舐めないでよ、それとも怖気付いたわけ?」
嘲笑うテアにイリヤさえ同感と言いたげに笑っていた。
「いいさ、でも後悔しても遅いからな!」
何故か腹が立ちそう言い放ってしまった。
それから間もなくして見ず知らずの人たちに囲まれ、テアと睨み合うこととなった。
「ルールは先程言った通り、先に地面に腰を付けた者が敗北。その為にはどんな手を使っても良い」
マルコムさんの説明を受けながら僕は目の前の少女を見つめた。自信に溢れるテアは細っこい腕を伸ばし骨骨を鳴らしている。
「では、スタート!」
合図にテアは容赦なく襲い掛かってきた。思わず後退りする僕は壁に背中を打ち付けると彼女の腕が目前と迫る。咄嗟に避ける僕だったが、壁は粉々に散った。
見掛けには寄らずに彼女の左腕は怪力を見せる。
「何、アンタの得意技は逃げるだけ?」
テアの挑発に構う余裕がなく彼女の言う通り逃げることしかできなかった。
すると今まで彼女の左腕は普通の形をしていたのに一瞬にして刀のように鋭利に尖った。
「何なの…これ?」
斬り込まれないように逃げ惑う僕だったが彼女は本気で襲ってくる。まるで殺しを楽しむように。
「やっちゃえ!テア」
歓声が聞こえると共に彼女の刀が顔を掠め僕の頬から血が溢れた。
飛び散る血に息を呑む。本気で本気で彼女に殺されるかもしれない。
そう考えた瞬間、僕は手を伸ばしていた。
「…ッ!」
その場が静まり返る。
うっすらと目を開けると刀を向けるものの動かずにいるテアの姿が見えた。
「何…?」
テアの驚く顔を見て僕はこれが自分の力だと把握する。そして次は僕の番だと笑みを浮かべゆっくりと手を動かすとテアの左腕が少しずつ動いた。
ゆっくりと彼女の刀が自分の首筋に向かい動いていく。このまま動かせば彼女の首は斬り落とされるだろう。そう思うと笑みが自然と浮かんだ。
しかし次の瞬間鈍い痛みが脳天に響くと僕の体は崩れ落ちるように地面に倒れ伏した。
「何よ!余計な事しちゃって」
「素直に礼を言えばいいものを」
頭上からテアとイリヤの声が聞こえてくる。
「まぁそうね、止めてくれなきゃ彼を殺してたかも」
そう言い放つテアの声を最後に僕の意識は途絶えた。
:
目を覚ますと僕はベッドに寝かされていた。
「やっとお目覚めかな?」
眼鏡を掛けた日系の男ヒデト・ライヤーズは鎮痛剤を手渡した。素直に受け取りながらひと粒薬を飲むと頭痛の痛みが和らぐようだった。
「さっきの試合を観ていたけど、一瞬だけ君の本性が見えた」
「本性って?」
「初めて人を殺そうと興味が湧いた獣の目をしていた」
ヒデトさんの言葉に反抗できなかった。確かに言う通りだった。
「だからこそ君は此処に居なければ成らない。此処は自分を知る事ができる素晴らしい場所だしね」
「自分を知れる?じゃあ、僕の両親も分かるってこと?」
なんでも知ったような口を利くヒデトさんに腹が立ち僕は大声を張ってしまった。
生まれはアンダー・シェルター、名前はトウマ、年は多分19歳。それくらいしか自分の情報はない。
それでも満足だった。もし、それ以上知りたいと思えばその謎に人生が翻弄されると思ったからだ。
ここに居れば苦しまれる、そう悟った。
「そうか、そういう事か。君は恐れているんだな」
「何に恐れるって言うんだ?」
「自分を知ることにだよ」
ゆっくりと話すヒデトさんは笑いながら眼鏡を掛けなおす。
「僕の力は優れた直観能力だ。複雑な構造がよく理解できる。機械だけでなく、人体や心理などもね」
「だから僕を分析しているんだね」
退屈そうな僕に対しヒデトさんは冷静だった。
「自分を理解すれば弱さに気付かされ、それが強みとなることもある。君の弱さとは飢えだ」
「確かに僕は飢えて来た…。シェルター暮らしがどんなに苦しいものかケルトルードの人間が知るはずもない」
「君が知るべきものは自分だけじゃないみたいだな。世の中をももっと知るべきだ」
そう言いながらカードキーを渡すヒデトさんに僕は信じろ、と言い聞かせた。
このカードキーが何処を開けるものかを知らずにただ大学を彷徨って歩いていると、先程テアの隣に立っていた少年と出会した。
「君は確か…」
そう言い掛けると少年はニッコリと笑いながら僕の手を掴みゆっくりと歩き出す。
物静かな少年の後に続き歩いていくと大きな鉄扉の前で足を止める。手渡されたカードキーの形に合う台に目が止まった。恐らくここを開けるキーなのだと分かるがこの扉を開けて良いことがあるのか疑問だった。
しかし興味もある。
ゆっくりとカードキーを翳すと扉は開かれた。その中には先程集まっていた能力者達が僕を睨みつけているのがわかる。特にテアは殺意を剥き出していた。
「レオンを唆さないで貰える?」
腕を組みながら目の前まで歩いてくるテアにレオンはため息を漏らす。
何やら手話で会話しているようで僕には分からない内容だったが、どうやら姉弟喧嘩をしているようだった。
「分かった…」
すると折れた様子でテアが顔を上げるとふと目が合った。鋭い眼光ではあるもののやはり綺麗な顔をしている。口調が悪いのも許せてしまうのはこの顔だからだろう。
「さっきは悪かった。マルコムが私達をチームにしたらしいから仲良くしろって」
「チーム…?」
「アンタ本当に何も知らないの?」わざとらしく呆れるテアの腕をレオンが叩いていた。
「半期に1度私達はチームを組まされる。そのチームで常に行動を取るの」
「僕がここに残るのは自分を知る為だ、何故この力が芽生えたのか」
「本気でそれだけ?」
僕を弄ぶようにテアは鉄の左腕をチラつかせる。
「本当は力を試したいんじゃ?」
レザージャケットを脱ぎ始めるテアはタンクトップ一枚になり、華奢な体に目が止まる。そのまま向きを変え背中を見せるテアだったが彼女の背中はステンレスに埋め尽くされていた。
すると彼女の出っ張った肩甲骨が音を立てながら更に伸びて行き、みるみる大きな羽の形をしていく。
「スゲェ…」
息を呑む僕にテアは満足気だったがレオンは不貞腐れる。
再び手話で喧嘩する姉弟を他所に黄金に輝くブロンドヘアの少女がやって来た。微笑む彼女の顔は優しく温かみがあった。
「ハイ、貴方が噂の転校生ね」
手を差し伸べる少女の名はエイブリー・ルイス、18歳にしてこの美貌だ。天使のような容姿に豊満な胸はどこか控えめで上品さがある。
「私も貴方と同じチームよ」
彼女の手を取りながら僕はニヤつけずには居られなかった。
ここで漸く新しい人生の楽しみが始まるのだ、と実感した。それは単純な想いからだったかもしれない。でも人は小さなキッカケが無ければ気づかないかものが多い。
そのキッカケに気付く者のみが前へと進めるのだとその時は気が付かなかった。
楽しげに話す僕たちをイリヤは遠くから警戒する眼差しで見つめていたことは誰も知らなかった。