郵便配達は二度ベルを鳴らす
「裁判員は被告に質問はありませんか? 」と、裁判長が言った。
裁判員の一人が手を挙げた。
「5番裁判員どうぞ」
「被告は事件があった日、正午過ぎにパチンコから帰ってきてそのまま翌朝まで家にいた。……のですね? 間違いありませんね!? 」と、指名された男が言った。
「間違いない! 何度も、そう言ってきた」“無罪”を主張し続けてきた被告席の男が不機嫌に言った。
「そう、つっけんどんに言わないでくださいよ。裁判員の心証を悪くするだけで、あなたにとって不利になるだけですよ」
「5番裁判員、余計なことは言わないでください」と、裁判長が笑いながら言った。
「はい、すみません。裁判長! 」と、5番裁判員が言った。「私はミステリードラマの見すぎのようです」
「おれは殺っていない。警察は状況証拠だけでおれを逮捕した。決定的証拠はない。そのはずだ、おれは実際に殺っていない。おれは家にいて、テレビを見ながらうとうとしていた。もし、誰かが事件のあった時間におれが家にいなかったことを証明したらおれは罪を認めるよ。でも、そんあことはありえない。おれは家にいた。おれは無罪だ。これは冤罪事件だ」
「ところで、あなたが住むK市L町の郵便配達時間は大体、午後三時くらいです。丁度、事件があった時間です。事件のあった日の午後、郵便配達が田んぼの中の一軒屋に郵便物を届けます。封筒を持ったとき、郵便配達は中身がお札だと直感します。簡易書留で現金を送るのはNGですが、それは、今、問題ではありません。郵便配達はベルを二回押しました。“郵便配達は二度ベルを鳴らす”(※)ですよ」
5番裁判員が笑った。でも、ほとんどの者が何のことか分からなかった。
「誰も出てきませんでした。家の中に人の気配はありませんでした。車庫を見ると車はありませんでした。郵便物のあて先は“頭山怛朗”。被告人、あなたです」
「馬鹿馬鹿しい! 作り話だ! 」と、被告席の男がヒステリックに叫んだ。
「郵便配達は不在連絡票を郵便受けに入れ、次の配達先に向かいました。その日の夕方、あなたは郵便局にやってきて郵便物をひったくるように受け取った。郵便配達はあなたの顔を覚えています。あなた、その郵便配達を覚えていますか? 」
「……。あんたは……」被告・頭山怛朗が硬直した。「あの時の郵便局員……」
「再度、言います。事件のあった日の午後三時三分、時間は郵便局の不在通知票の控えで確認できます……。あなたは自宅にいなかった」
「なんてこと……」
傍聴席で声がした。被告・頭山怛朗の母親だった。
隣の夫が老いた妻の肩を抱いた。
5番裁判員は言った・
「あの簡易書留の差出人は母親でしょう? 母親の愛情が、その愛情が正しいものかどうかは兎も角、母親の愛情があなたの有罪を証明したのです」
※ 郵便配達は二度ベルを鳴らす(原題:The Postman Always Rings Twice)1934年出版。ジェームズ・M・ケインの小説。