涙
その頃のカルタリア国。
城の奥深くの電気もついていない、真っ暗な部屋で。
ウィリアムは椅子に座っていた。右手にはワイングラスを持っている。中には血のように赤いワインが注がれていた。
「 セルティア・・・ 」
そう、一言呟くと。グラスの中のワインを一気に呷った。
頭の中では昼間出会った『ゼン』と名乗った少年が思い描かれていた。
それから数日後...
バタバタ、ガタガタガタ、ドタドタドタドタ。
いつもはしない、大きな音にセルティアは目を覚ました。
「 ん・・・・・・何・・・?何かあったのかな 」
そう一言呟くと。ベッドから出て少年服に着替える。そして、部屋を出て階段を上がって行く。
船長室に入ると、ジャスティは居なかった。船長は何か問題が起きない限りは、船長室内でこれからの航海の計画を練ったりしている。
その船長が居ないという事は、やはり何かあったのだろうか?セルティアはそう、確信し船長室の外につながる扉を開けた。
出てすぐ目に入った光景に驚いた。素っ裸の女性なのか男性なのかわからないくらい綺麗な長い金髪の人が船の真ん中で倒れていたからだ。
体の作り的には男性だろう。
セルティアの存在に、一番最初に気付いたのはジョンだった。
「 姫!!見てはいけません!! 」
そう、叫びながらセルティアの傍まで駆け寄るとすぐさま自分の両手で、セルティアの目を隠した。
「 おい!話しを聞く前に、誰かそいつに何か羽織らせろ!! 」
目を隠したままで、ジョンは船員にそう叫んで命令した。
すると、船員の一人が近くにあったボロ布をその素っ裸の男の上にかけた。男はそれを座ったままで、自分の体に巻き付ける。
ジョンはセルティアから手を放した。
「 何があったの・・・・・・? 」
セルティアはそのままジョンに、小さな声で聞いてみた。
「 はぁ・・・・・・。船員の一人が作業の最中に、桶に乗って気を失って流れてきたあいつを見つけまして。引き上げてやった所です 」
「 なるほどね・・・・・・ 」
そう一言言うと。セルティアは布を羽織った男を、腕を組んで見ているジャスティの傍に歩み寄った。彼の横まで行くと、セルティアも男に視線を向けた。
男は周りをきょろきょろと見回した後、セルティアと視線を合わせ薄く微笑んだ。
「 っつ・・・・・・ 」
人間とは思えない、あまりにも綺麗な顔で微笑まれたセルティアは一歩後ろに下がった。それと同時にジャスティが右手をセルティアの前に守るように出す。
「 お前は誰だ。何故服も着ずに流れていた。どこの国の者だ 」
ジャスティはそう男に聞いた。男は座ったままで、セルティアからジャスティへと視線を変える。
「 えーと・・・ですね。ごめんなさい。わかりません。あ!でもでも!名前は分かりますよ!?ルーアと申します!! 」
そう言うと満面の笑みを見せた。
男の言葉にジャスティは目を少し細めた。そこで、ジョンがセルティアの居ないほうから近づき、耳元でなにやら呟いてくる。
「 記憶喪失かねぇ・・・・・。どうすんだ・・・? 」
「 船長!!こんなやつ海に戻しちまいやしょうよ!!!見てて何か気持ちがわりぃ!! 」
と、船員の一人がそうジャスティに叫ぶ。
するとルーアと名乗った男が慌てて話しだした。
「 そっそんなぁ!!それは困りますー!お願いです!船に置いてくださいよぉ!!歌と踊りくらいなら出来ますからぁ!! 」
「 俺たちは海賊だぞ!!歌と踊りが出来たってどうしようもねぇんだよ!!船長!!シャナ嬢に何かあってもいけねぇんですから!! 」
船員以外の人間が船の上に居る時は、皆セルティアの事を「姫」ではなく「シャナ嬢」と呼ぶ。セルティアの身分がばれないためだ。
ジャスティは顎に手を当て目を閉じる。考えているのだろぅ。だが、セルティアにはわかっていた。彼は優しいので、海に戻す何てひどい事は決してしないだろぅ。考えている所を少しでも船員に見せないと納得しない者が出るかもしれないからだ。
ジャスティはしばらく考えたのち。目を開け腕をまた組む。
「 牢に入れろ。時間がおしい。こいつの事はこれから考える。ジョン、こいつを牢に入れ、服を着せた後俺の部屋に来い。セルティア、お前もだ。あとの者は作業に戻れ! 」
「「「 アイアイサー!! 」」」
ジャスティがそう命令すると。文句をいう事なく船員達は各自作業場に戻って行った。
ルーアは一先ず船に置いてもらえる事になったからか。「良かったー!ありがとうございますぅ~。」とジャスティにのんきにお礼を述べている。
ジャスティとセルティアは船長室に入った。
入るなり、ジャスティは船長椅子に座り。セルティアはソファに寝そべり、長い髪を弄っていた。
「 セルティア 」
「 んー?? 何ー?? ジャスティ 」
名を呼ばれたセルティアは、髪を弄りながら呼び出しに答えた。
「 お前は部屋に戻れ 」
「 は? 何で?? 」
ジャスティに言われた事に納得が行かず。セルティアはソファから飛び起きて、聞き返した。
「 あいつを船に置くかどうかは、俺たちの問題だ。お前は海賊じゃない、ただの預かりもんだ。部屋に行け。あと着替えろ 」
そこまで言われたセルティアは、頬を赤く染め怒鳴った。
「 っつ・・・!!良いわよ!!わかったわよ!!戻れば良いんでしょ!!ジャスティの馬鹿!! 」
と、叫んだと同時に扉を誰かがノックした。ノックしたのち、部屋の主の許しなく扉を開けた。そんな事が出来るのは、この船上でセルティアとジョンだけだ。
「 おぃおぃ。何を騒いでんだ?外まで聞こえ・・・・・っつ! 」
部屋に入るなりジョンはセルティアを見て、目を見開いた。
「 姫!?どうしたんだ!? 」
目を見開いた後。ジョンはセルティアに駆け寄ってくる。
「 は? 」
何を心配されているのかわからずセルティアは一歩後ろに下がる。すると、動いたからか床に一滴の何かがこぼれ落ちた。
そこで初めて。セルティアは泣いている事に気がついた。
「 ・・・あれ?何これ・・・? 」
そう言いながら目を拭う。だが、涙は次から次へと出てきた。
「 ひ、姫・・・? 」
ジョンがそんなセルティアを心配してオロオロする。
「 セルティア。早く行け。話しがいつまでたっても出来ない 」
ジャスティは船長椅子に深く座り、横を向きセルティアに目もくれないままそう言った。
そんなジャスティの態度と言葉に、先ほどまでの怒りが蘇り。涙も止まっていないのに、セルティアは自室に繋がる扉を開けその向こうに姿を消した。