伝説の聖乙女
セルティアは自室にて勉強をしていた。教師は船員の一人で。
いつも何かしらの計画をジャスティと一緒に練るくらいに冷静沈着な男「パウル」だ。
年はジャスティより1つ年下の29歳だ。
「 はぁ・・・ 」
セルティアが力なく溜め息を付くとパウルが心配そうに声をかけてきた。
「 姫様?お体の調子でもおわるいのですか?今日はもうやめておきましょうか 」
そこでやっと自分が今勉強中だという事を思いだしたセルティは心配そうに覗き込んでくるパウルに両手の平を見せるように上げてパタパタと動かして。
全然元気だという行動をしながら謝罪した。
「 ご、ごめんなさい!ちょっと考え事してたの!続けてちょうだい! 」
その行動と言葉にパウルはホッとしたように授業をやり直す。
「 では。姫様。伝説の聖乙女をご存知ですか? 」
「 えぇ。父様と母様が収めていた国の初代国王が聖乙女の親戚だとか家族だとかって話しがあったわよね 」
パウルはセルティアの返事を聞くと持っていた本を閉じ椅子に座った。
「 はぃ。何百年もの昔。今我々がいる海は年中荒れていて。船など一隻もいなかった時代がありました。地獄の海と呼ばれていたんですよ。船など出せず魚もとれない。海に出ようものなら一瞬で海のそこに沈んでしまう。そんな我々人間を心配した天の神は自分の娘を海の神の花嫁とすることで。海の荒れを収めたそうです 」
セルティアはこの話しが何故か昔から好きで。良く母から聞かされていた。久しぶりの話しにただただ、じっと聞き耳をたてていた。
「 天にはもう二人息子がいて。そのうちの一人が地上に降り。初代国王になられたと言い伝えられております。それから100年に一人。この世界にただ一人の少女が神の娘の生まれ変わり「聖乙女」に選ばれ海の神の花嫁になりました。その娘は砂漠で生まれても、遙か遠くの東洋で生まれても最後には必ず海にたどり着き聖乙女に選ばれるそうです 」
そこでやっとセルティアが口を開いた。
「 その話し。母様から良く聞いていたんだけど。そのたびに疑問だったの。海の神ってどこにいるの?どんな人なの? 」
「 それは誰にもわかりません。ただ、噂によれば神は巨大な海蛇の姿をしているとか?この海の底の底のそのまた底に住む、不思議な力を持った巨大な海蛇で。海蛇の傍には人魚がいて。その時が来ると聖乙女を人魚が迎えにくるとか・・・? 」
そこで突然ノック音が聞こえてきた。パウルが「はい」と返事をすると扉が開かれ。開かれた扉の向こう側にいたのはジャスティだった。
「 授業は終わりだ。パウルちょっと来てくれ 」
「 ナイスタイミングですね。それでは姫。今日はもうやめておきましょう。続きは明日のお勉強の時間に 」
そう言いながら持っていた本とセルティの机にある本を閉じ本棚に片付けてくれた。
「 えぇ。パウルありがとう。また聞かせてね 」
そう言い視線を扉の方に移すとジャスティと目が合ってしまった。目が合うとすぐセルティアは目を放し別の方に視線を流す。
そんなセルティアを見ていたパウルは「おや?」と思いながらも口には出さず。
「 それでは。失礼致します 」
と言って部屋を後にした。
セルティの部屋は船長室からつながっている階段でしか行けない。
その階段を上がっている最中にパウルは先ほどの疑問を口にしてみた。
「 ジャスティ 」
「 なんだ 」
パウルはジャスティと年があまり変わらないためか。呼び捨てを許されている船員のうちの一人だ。後許されているのは副船長のジャンのみ。
「 姫様に何かしましたね? 」
『しましたか?』ではなく『しましたね』とパウルは聞いた。その言葉を聞くなりジャスティは船長室へ通じる扉にゴンと頭をぶつけた。
その行動だけで一目瞭然だった。
彼は15歳と言う若さで。海賊の船長となり。その海賊一味を海賊国家ルシーバ国一の海賊にまで伸し上げた男だ。そんな男がたった一言の言葉で扉に頭をぶつけるなど絶対におかしい。
頭をぶつけた後。「別に何もしていない」と、一言言いながら扉を開けた。
パウルはとても勘の良い男だ。セルティアとジャスティが本人達が気付かない間に惹かれ合っていることにいち早く気付いていた。
12年前の国が滅んだ日。ジャスティと一緒に王妃を見つけ。王妃が息を引き取った時後ろで一礼をしたのがパウルだった。
ジャスティはあの時の王妃との約束のため。国のためという思いが強いためにセルティアを好きな気持ちを気付かず押し込んでいる事に気付いていた。
だが。パウルは、いやパウルだけではない。この船の船員全員が願っていた。この二人が結婚して国を再建する事を。
だからこそたまに、本当にたまにパウルや船員はジャスティやセルティアこの二人に釜をかけるような事を言う。
「 そうですか。何もしてないんですね?おかしいですねぇ・・・先ほどの姫様を見るからに・・・まるでジャスティに押し倒されたか・・・キスされたか・・・そういった事をされた女の子のような感じだったものですから 」
と、階段に行くための扉をパタンと締めながらパウルはそう告げてみる。
「 ・・・何かするはずがないだろぅ。彼女は大切な預かり物だ。そしていつか我がルシーバ国の女王となられる立場にある人間だ。一介の海賊ごときの俺が手を出せる相手じゃない 」
「 やれやれ・・・相変わらず。真面目ですね 」
と小さく呟くと。席についたジャスティから睨む様に視線を向けられ。
「 何か言ったか? 」
聞かれたので「いいえ、なにも?」と笑顔で返したパウルだった。
その頃のセルティアは。。。
―――――――――・・・何を目逸らしてんのよ!私!ジャスティが・・・・あんな事するからいけないのよ・・・!!―――――――――――
パウルとジャスティを見送った体制のまま。椅子に座ったまま机に両肘を付き両頬に手を当てそう呟くセルティの顔は、りんごのように真っ赤だった。
「 ・・・よし!!勉強も終わったし!着替えて外に出よっと!!!こう言う時は楽しい事を考えるべきよ! 」
と言いながらクローゼットを開けると。
クローゼットの中の壁を上から下になぞった後コンコンと叩くと、その壁がカランと外れた。外れた壁の中には前にジャスティに着ている事を叱られた服を隠してある。
ものの数分で着替えると。セルティアは船長室に向かう階段を上がり始めた。だがこの階段をまっすぐ上がると当然船長室にぶち当たり、またも叱責を喰らうのは目に見えている。
階段の途中に絵が飾ってあり。絵を外すと穴が開いている。穴から手を入れるとヒモがあり、セルティアはそのヒモを何度も下に引っ張った。
しばらくするとカランと言う音が鳴り。それを聞くなりそこの壁を先ほどのクローゼット同様に外し。中に入ると元の状態に戻し、後ろを振り向くとヒモがあり足元には板がついていた。
その板に乗ってヒモを強く掴むとしだいに板が上に上がって行き。
一番上に付くとそこは船の上だった。
「 姫。勉強は終わったんで? 」
ヒモと板と穴を隠しながらセルティアに質問する。
「 えぇ。疲れちゃったから空気を吸いに来たの 」
この仕掛けの事は勿論ジャスティも気付いてはいるが。塞ごうとも怒ろうともしなかった。それは彼なりの優しさだった。
海の方を向き。赤茶色の腰近くまである長い髪が風に靡くのを手で制しながら、セルティアは目を閉じて大きく息を吸った。
耳を済ませると船員達の話し声が聞こえてきた。話し声を聞いてセルティアはある事を思いだした。
「 そういえば。今夜だっけ?サーガ港に着くのは 」
サーガ港とは。ルシーバ国ほどとは言わないが、それなりの大きさの港町で。町には海賊やら商人やら。色々な人間が行き来する場所だ。
ジャスティ達はそこに1年に1度船を停め情報収集をする。
ヒモと板を隠した後、セルティアの斜め後ろにしゃがんで控えてくれていたジョンがその質問に答えてくれた。
「 はい。今回は姫も降りるんで? 」
そう。1年に1度来て入るものの。
この船に乗った12年前以降、セルティアは船を降りた事がなかった。ジャスティからきつくとめられていたからだ。
サーガ港に着いた時は、いつも船員数名(セルティア見張り兼護衛)と一緒に船にお留守番していた。
止められていた理由はわかっている。
セルティアの両親が治めていたルシーバ国は海賊国家だ。両親は温厚な人達で。国に新しい海賊達が来ると船長を城に招くか自分達から会いに行って挨拶をしていたほどだ。
娘のセルティアが生まれてからは、王妃に抱かれてセルティアも一緒に挨拶に行っていた。
だから、サーガ港にいる海賊に姫が生きている事がばれ。そしてその事がもし、国を滅ぼした者達の耳に入りでもしたら・・・また、命を狙われかねないからだ。
「 わからないわ。でも、私も今年で16歳よ!もう王にだってなれる年になるのだから!今年は絶対に陸に降りてやるわ!! 」
さっきまで見つめていた海をバックに。腰に両手を当て、風で靡く髪をそのままにセルティアはジョンにそう言った。深い青の瞳の奥には一点の光が見えているようだった。
―――――――――――・・・・・・・・・・やれやれ。ジャスティも大変だな。この目をしている時の姫は絶対に成し遂げるからな。じゃ、今回は俺も護衛としてしっかりしねーとな。―――――――――――
ジョンは心の中でそう呟きながら深い溜め息をついたのだった。