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転生してきた奴殺す。一人残らず殺す。  作者: 軒数
第1章 魔王を倒し、平和をもたらした勇者を殺す。
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第2話 魔女に与える鉄槌

 

 ある日、ある時、ふと誰かが気付いた。

この世界は歪んでいると。この世の理、常識を越えた何かが存在すると。

それは奇跡であった。なんの前触れもなく現れる奇跡。人ならざるもの。

それは、溢れんばかりの才能や、たゆまぬ努力によるものではなく、生まれつきの特性や人格、その世界の信仰によって持たされるものでなかった。


 あるものは、ステータスの割り振りだと宣った。

 あるものは、異世界の知識を用いるのだと宣った。

 あるものは、電子の世界からの転移だと宣った。


 その奇跡は人々に、世界に福音をもたらした。その殆どが善意からの行為であり、この世界に生きる者たちと共生する為に、人々に生活に社会に宗教に改革をもたらした。


 問題はひとつ。ひとつだけ。その奇跡を起こすものは神ではない。人格を持つただ一人の人間。その人間の匙加減、指揮棒の振るう方向、全てその人間個人の行いとして奇跡を顕現させるものであった。

奇跡の恩恵を得た者は幸せであったであろう。大多数の人間がその者を祝福し歓迎し、その恵みに感謝しただろう。



 だが、それではその恩恵に預かれなかった者達はどうなる。彼らの意にそぐわぬ者達。思想を、価値観を、信仰を古く野蛮で非効率なるものと断ぜられた者。才能と努力、技術の積み重ねを一瞬で砕かれた者。家系と伝統、財に土地、綿々と連なり受け継がれてきたものを奪われるしかなかった者。


 奇跡は平気で彼らを、踏み躙っていく。


 奇跡は精錬潔白だ。自らの正義に基づき弱者を救い、強きを挫く。弱々しく助けを求める健気な者達に手を差し伸べ、強く意地汚く生にしがみつく者を容赦なく断ずる。その後ろに何があるかを省みずだ。

そこには確かに生活があった。生きていく上で必要なものがあった。生きていく為のズルを、弱者を虐げ自分が美味しい汁を吸う不正を容認して生きていた。

だが、奇跡はそれを許さない。お前はズルをしている。お前は悪だ。お前はみっともない。お前は劣っていると。正しくあれ、正直であれ、頑張っている者は報われよと。


 神の審判ならば、黙示録の前の裁きならば。自らの愚かさに、その醜さに頭を垂れよう。正義を為してこなかった自分を悔い、世界がより良くなる為に必要であったのだと諦めよう。


 でも、違う。でも奇跡は違う。奇跡は人間が起こしているもので。人を断じているのも奇跡だ。それは違う。この世界にないものをお前は使っている。才能も努力も全てを否定して、奇跡は力を振るう。




 それはズルだ(・・・・・・)




 不正を働いているのは奇跡の方だ。強き力で弱者を虐げているのはお前の方だ。お前はこの世界では正しくない。

 お前は敵だ。災害、疫病、戦争、そんなものよりよっぽどお前は敵だった。お前の振るう力を。お前の裁断を。お前の思想を。お前の存在を。決して許してはいけない。



 だから殺す。



転生者(フォーリーナー)】と呼ばれる別の世界から来た者達を。



 殺す。一人残らず殺す。



 それだけを目的とした。それを為す為に作られた組織。



 それが、秘密結社【魔女に与える鉄槌マレウス・マレフィカルム】であった。




 ────────────





 祭りが開かれていた。

 夜のとばりが下り、子供が寝る時間になっても通りは明るく道なりに設置された街灯が点火しており、その喧騒が止むことはなかった。戦勝祭。勇者が凱旋する祭り。勇者が街に訪れるのは正確には明日の正午、昼の太陽が天高く昇る時であったが、街の祭りはその数日前から始まっており、主賓を明日に備えたこの日ですら、熱気は冷め止まなかった。


 そんな中、街中の喧騒が届かない郊外にある一軒の大きな館。高級な趣きと、広い庭、豪華な門がそびえ立つ、この街の中でも一際大きく目立つ建物。その奥の客間にいくつかの影がある。

 街の活気とは裏腹に静かで重く、乾燥した空気が張り詰める暗い部屋の中、密談を交わす者達がいた。長机に揃って座る者達はこの国の貴族や騎士公、位の高い者であることが伺える。


 そんな彼らに対して一人向かい合わせに立っている者がいた。一際背丈の小さい、しかし重厚な鉄鎧に身を包み、立ち振る舞いに一切の重心のブレが無い女。

赤褐色の肌に燃えるような赤毛、俗にドワーフと呼ばれる種族である女は幼い顔立ちで小柄な身体ながらも堂々と佇んでおり、単に「小人」や「少女」などと言わせぬ気迫を纏っていた。



「それじゃあ、お大臣、アンタはアタシらが勇者様をぶっ殺すのを手伝ってくれるて言うんだね。いいのかい?アンタんとこの王様や姫様、えらくあの勇者様を買ってるようだけど…?」



 ドワーフの女が飄々と物騒な言葉を告げる。外の祭りや今の世界状況を見れば現実味がなく、下らない三文芝居のようだと切り捨てられるようなやり取りが行われる。ドワーフの女が語りかけている相手がこの国の宰相、歴代の王と国を長年支え続けてきた最高位の官職でなければであるが。


「それこそが、私の恐れる事だ。王はあの若者を重用し、彼の語る文言にすっかり取り憑かれている。

 姫に至っては彼の者を慕い、敬っている。そして、此度の戦果だ。まるで彼が既にこの国の次の王であるか如き民の声も聞こえる。彼がいると我々の国は立ち行かなくなっていく」


 その言葉を皮切りに周囲の貴族や騎士達も声を揃えて自らの主張を重ねていく。様々な音が生まれるが要は既得権益の損失と、地位の失脚を恐れるといった旨が大半である。だがこの席の主催、宰相はそれを遮りまた口を開く。



「単に富の再分配、民衆の地位向上だけといった事だけには止まらない。我々の国の在り方。それそのものが崩壊してしまう。そんなやり方ではここはやっていけない。貧民を救うために国そのものが滅んでしまう。そして、彼はそれでいいと思っている」


「一個の国や土地、民族で世界を見ず、大きな和をもって人類を統一しようとしている。しかし、そんな事は不可能だ。我々の積み重ねた歴史が、慣習がそれを許さない。そう簡単に隣人を愛せなどしない。魔族との戦が終わり、次は人間同士が争うだけだ」



 ドワーフの女は。力仕事と腕っ節で生きてきたようなその女は、その智者とはお世辞にも言えないその姿で彼の言葉を呑み込みながら面白そうに笑う。その通りだと、アンタは間違っていないと。そんな肯定的で一瞬挑戦的な目で宰相と目を交わす。



「だが、彼を止める事が出来る者などいない。彼は勇者で、誠実な男だ。大義と呼ぶには大き過ぎる光輝を背負った存在だ。だから、何かしらの方法を考えていた。何とかして彼を止める方法を」


「ああ、だからアンタ達を訪ねたんだよ。アタシ達しかいない。アタシ達しかあいつを止められない。暗殺、策謀そんなものはあいつらに通用しない。なんたって、勇者様なんだ。大陸一の強さとコネクションを手にしている。」



 自信満々に胸を張るドワーフ。だが、列席者の目は半信半疑だ。無理もない。そう、不可能なのだ。勇者を止めようなどしても彼らは現在この世界で最強といっていい。それを止める事などできないと、その口から出たばかりの言葉をどう対処するのか。彼らはドワーフの女を詐欺やホラ吹きの類であると、そう疑っている。



「【魔女に与える鉄槌マレウス・マレフィカルム】、御伽噺だと思っていたよ。勇者や聖者、奇跡を起こす才気ある者だけを食う化物(レムレース)。そんなものを信じろと?」


「そう思ってくれてたなら嬉しいな。御伽噺にしてるんだからね。実在すると知られたら奴らは確実に叩きに来る。

 あいつらの【習性】はよく知っている。記号的に避けないといけないんだ。『悪の組織』なんて記号はもっての外。絶対に避けないといけない。マトモにやり合って勝てる相手じゃないからさ。その為の読んで字の如く。秘密結社なんだよ、私達は」



 飄々と嘯くドワーフに対して、底意地の悪い笑みを浮かべた太った貴族が声をあげる。



「フン!それにしては随分と不用心なんだな、貴様らの秘密というものは!

 ここにいる我々が知ってしまったぞ、お前達が存在するという事を!口に戸は立てられん!貴様らの事がこれから先漏れないという保証はあるまい!二流の暗殺者でももう少し上手く接してくるだろうに!我々の中に密告者や臆病者がいたらどうするつもりだ?」



 失笑や苦笑、侮蔑の声が、響き始める。そう、先程からこのドワーフが言っていることはチグハグだ。決して倒せない相手を殺すと言い、秘密というにはあまりにも甘い言の葉を流し続けている。この会合は無駄であった。下らんホラを聞かされた無意味な時間であったと、白けた空気が漂い始めていた。そんな折、部屋の隅、暗闇の中から突如声が生まれた。



「その時はーーーー、困ります。」



 客間の扉付近、議論を交わしているその正面。視界に映っていたはずなのに気配すら感じさせていなかった輪郭が、暗闇の中から現れた。

 黒いローブに、黒い革鎧、全身のフォルムが膨らんで見えるそれはまるで暗闇に溶け込む死神のような出で立ちであり、その黒装束の頂点には白みがかった金の髪に碧眼、髪に添え付けられた白い花が浮き立つように宙に浮かんでいた。凛として形が整ったその顔は優しく母性を感じさせるものであり、その顔は今現在ハの字に眉を寄せ、先程の貴族に対して向けられている。



「困りますから、やめてくださいね?」



 暗闇から全身をくっきりと現した長身の女は、当然のようにドワーフの横に立ち大臣達に向き直った。赤みの帯びた頬と、首を傾げたその姿は本当に妙齢の女性が悩みを表す仕草そのもので。



「……その、困っちゃいますんで…、やめてくださいね?」



 まるで少しだけ歳が大人びた姉のような存在が、年下の少年に対して「しょうがないなぁ」と、諭す。そんな口調であった。


 呆気に取られ、部屋に生暖かい場違いな空気が満ちる中、宰相が渋い顔を押し隠さず至極真っ当に疑問を吐露する。


「……何者だ?」


「あ…!はい、あの、すみません!挨拶が遅れました!

私、【魔女に与える鉄槌マレウス・マレフィカルム】が【第七の槌 】。エレウス・ロー・エルと申します!」


 見る者に不吉を感じさせ、威圧するその出で立ちとは逆に、ペコペコと頭を何度も下げながら恐縮するその姿は、まるで冒険者に成り立ての経験不足が見て取れる年若い少女のようであった。

 その横、並び立つドワーフの女は額を指で押さえつつ呆れたような不機嫌なような目で背の高いその女を睨めつける。


「……エレ(ねぇ)。……政治やら交渉やらは苦手だからって、今回の指揮はアタシに任せるって。そう言ってたよね?しかもアタシ、今回これ注意するの二度目だよね??大臣と接触する時も、なんだかんだちょっかい出してきたよね?」


「……………いや、そうなんだけどね…。ほら、私、もう明日の準備片付いて、やる事なくなっちゃったから」


「家事手伝いを世話するような言い方しない!!ていうか、邪魔!!端的に、邪魔!!」



 まるで姉妹喧嘩のようなじゃれ合いが、この国の重鎮、主要面子の前で始まる。先程までの厳かな空気は霧散し、豪華絢爛静謐な客間がまるで井戸端のような和気あいあいさを醸し出す。

 それに耐えかねたのか、壮年で体格のいい厳つい大男、この国の騎士団長が体を怒らせ机に大きく手を叩き下ろした。机が軋み響いた大音と共に二人へと叫ぶ。


「貴公らは、我々を馬鹿にしておるのか!!今!我々が!何を話しているのか!!我々は下らん化かし合いを、身の置き合いをしにきたのではない!!国是として、後ろめたき、しかし為せばならん事を決意したのだろう!!それを理解しているのか!!我々はーー」


 更に怒りが収まらないのか、様々な感情が織り混ざったその怒りの矛先が、再び握り拳として机に降り下ろされる



「勇者を殺す算段を話しているのだッーーーー!!」



 再び広がる振動と音を予感して、横にいる騎士団の将らが身をすくませ、大臣らも予期される怒りの発散の余波に顔をしかめ背けた。

 が、しかし、音がピタリと止んだ。机が拳によって叩き割られる音はせず、先程まで烈火の如く紡がれた檄文も突如として音が止んだ。恐る恐るといった様子で、各々が背けた目を拳振り下ろした先、騎士団長の席へと元に戻す。

 そこには、筋骨隆々の全身の力をそこへと焦点あてるが如き拳を、そっと横から掴む細腕が黒い装束からすらりと伸びていた。コップや椀を掴む程度の軽さであてがわれた女の細木のような腕は、しかし丸太のように垂直に立てられたその汗ばむ腕を微動だに動かさせなかった。

 驚愕の目で前を向く騎士団長の目には、いつの間に目の前に現れたのか黒い装束の女がおり、青筋立て顔を赤く染めた騎士団長とは対照的に、その女は柔らかく嬉しそうに目を細めて騎士団長を見つめていた。その目は愛しい殿方を見つめようで、慈愛秘めた母性を感じさせるようで。



「ええ。ええ、そうです。貴方の言う通りです。貴方は立派です。剛の方」


「誰よりも真っ直ぐで、誰よりもこの国の、この世界の本懐を理解しておられる」



 女の手がそっと放される。解放と言うにはおこがましい程の軽さで解かれた自身の手を、その感覚を確かめるように騎士団長は自らの胸に抱く。

 百戦錬磨。この国一番の戦士。どれだけの魔族に追い詰められようと、隣国の名だたる将を前にしても怯んだ事などありはしなかった。あの勇者の、正道を貫かんといって憚らない輝く瞳ですら真正面から見据えるだけの胆力の持ち主である騎士団長は、この一瞬で目の前の女に恐怖を抱いていた。


 ただ触られただけ、ただ振り上げた拳を横から諌められただけ。

 自身の力が及ばぬ悪鬼や、身の丈からは考えられぬ力を発揮する魔女の類などいくらでも相手をしてきた。ドワーフや亜人種、魔族などは言うには及ばず、これから討たんと息巻く勇者もその例に違わず、細身のすらっとした身から岩をも砕く剛力を発していた。だがその種の、自らが敵わぬ敵を前にした恐れや苛立ちなどでは決してない。




「勇者を殺す。ただそれだけの話です」




 再び困ったような笑みを浮かべ、首を傾げる黒装束の女。その笑顔に恐怖を感じるのはおかしい。別にこんな力の見せ付けられ方ははじめてではない。

 敬愛する王と姫様がご覧になる御前試合。全力で振り被った剣の一振り。何十年と剣の修練に明け暮れ、何万と連なる騎士の頂点騎士団長としての期待と責任を背負ったその剣。何百という人間、何千という魔族を斬ってきた事で培われた渾身の一撃。

 それが涼しいしたり顔で、姫様やお付きの女共民衆の喝采を浴びるのがさも当たり前といわんそのしたり顔で、軽く勇者にいなされたのはちょうど一年程前の出来事。その時の悔しさ、惨めさ、悲しさ、怒り、恐怖は、どれもがどれも混じり合ってぐちゃぐちゃの激情に融けてしまった。




「だから、勇者をどうやって殺そうとか。立場とか。裏切ったりとか。そういう困ったことはやめましょう?」




 だが、この女がした事は違う。この女は違う。違う。これは違う。騎士団長は心の中で悲鳴をあげてしまいたくなる。

『こわい』だ。

この感情を知っている。『こわい』。

 かつて幼い頃誰しもが味わった拭いきれない想い。絶対的な存在、大きく暖かいそのものが、こちらを優しく柔らかに正しさへと導くその抗いきれない大きさが、こちらを和やかに圧殺しようとしてくる。

 先程の拳は様々な感情が入り混じっていた。ここにいる誰しもが抱く感情。妬み嫉み恨みつらみ。心の中に確かな石を置く後ろ暗い感情の発露であった。

 そして、それがそっと『理解された』。理解された上で『正しい』と褒められた。


『いいこいいこ』された。それは、すなわちーー。



「勇者を殺します。勇者に与する者も一人残らず殺します。裏切るなら、この場で臆病風吹かせるなら、 」



『わるいこ』はーーーー。







「殺します。一人残らず殺します。」








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