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最強老人

 都心から少しばかり離れた所にのどかな情緒がただよう小さな町。そんな町のあるところにある一軒の道場がひっそりと根付いていた。

平屋で木造建築のそれは住居部分と道場部分とに分けられており、床全面が板張りの道場。その道場の中心に一人の老人が立ち尽くしていた。


 その老人は銀色に見間違うほどに鮮やかな白髪に、道場にはあまり似つかわしくないジーンズとTシャツを着こなし、首にはシルバーチェーンのシンプルなネックレスを身に着けている。一見すると今時の若者の様な格好ではあるが、その顔には長い時間を生きてきたことを物語る皺が幾つも刻み込まれていた。


「ふむ。来客か」


 老人がそう呟くと、その数秒後に道場の入り口である扉が勢いよく開く。そこから二人の人物が道場の中へと歩みを進め迷いなく老人の前へとやってきた。


「突然の訪問お許しください。失礼ですが貴殿が『山本源蔵』さまだとお見受けしましたが間違いありませんか?」


 やってきた人物のうちの一人。筋骨隆々で大柄の男が若干緊張した様子で尋ねると、残るもう一人の人物。小柄ながらも鍛え抜かれていると一目で見て分かるほど引き締まった体をしている男も同じく緊張した様子で老人を見つめている。


「うむ。いかにも儂が山本源蔵だが儂に何か御用ですかな?」


 その返答を聞いた途端。子供が憧れのヒーローを見つめるかの如く、憧れと尊敬の混ざった眼で源蔵を見だした二人だったが直ぐに気を引き締め、真剣な表情を作ると小柄な方の男が口を開いた。


「はい。ぜひとも我ら二人をこちらの道場に入門させて頂きたいのです」


「ふむふむ。そうですか。しかし儂は最早息子に道場を譲って隠居しているただの老人。

入門したいのなら息子に直接頼んだ方が良いのではないかな?」


 源蔵は目を細め優しげな微笑みを二人に向ける。しかし二人の表情は一向にほぐれずより一層の緊張感を醸し出している。


「ただの老人とはご謙遜が過ぎます。貴方様は武を極めんとする者ならば知らぬものはいないと言われるほどのお方。道場をご子息に譲られたとはいえ『武神』と称される貴方がただの老人であろう筈がない。

我々はそんな『武神』に憧れ、武の道を突き進みしものゆえ、ご子息に無理を言って貴方様に入門試験をしていただけるようお願いしてまいりました」


「なるほど息子にここに呼び出されたのはそういう事だったのですか。

一応聞いておきますが、この『武人道場』の入門条件をご存じですかな?」


「はい。もちろんです。条件は『最低でも一つの武術で達人であること』ですね?。

私は前田浩司と言います。今までは柔道を鍛錬してきておりました」


「永田弘樹です。自分はボクサーです」


 大柄の方が前田と名乗り、小柄の方が永田と名乗る。源蔵は二人の名前を聞くと感心したように声をもらした。


「お二人の名前は耳に挟んでいます。確かオリンピックの金メダリストに軽量級の世界王者でしたかな?なるほど確かに肩書は申し分ないようだ。では今度は実際に儂と闘ってもらい二人が達人たる力量をお持ちか判断させて頂こうか」


「はい!よろしくお願いします」


 二人は声を揃えて頭を下げたあと顔を見合わせて順番を決めようと話はじめた。


「何を呑気に話しをしておられるのかな?さあ早く二人まとめてかかってきなさい。なに心配はいらんよ。ちゃんと手加減はしてあげよう」


 おのれを強者と自負するプライドが源蔵の発言にピクリを眉を歪ませるが、目の前の老人が只者ではないという事を再認識することで直ぐに武人として気を引き締める。そして三者が適度に距離をとるとそれぞれの武術の構えをとった。


「よろしい。では始めるとしよう」


 源蔵のその言葉を合図に二人の男が一人の老人へと襲いかかった。


 数分後。道場に足をつけて立っているのはたった一人の強者のみだった。残りの二人は床に倒れ込み、苦しそうに唸り声を上げたり、信じられないものを見たかの様な表情で強者の顔を見上げていた。


「ふむ。試験はこれまでといった所かな」


 まるで疲れた様子の見えない強者――源蔵は未だ倒れたままの二人に視線を向ける。


「二人とも若さゆえか、まだ少し鍛え方が甘い所があるようだな」


己の未熟さを指摘され、恥辱と悔しさに表情を歪ませる二人の間に割って入り源蔵は片膝をついて腰を降ろした。


「しかし筋は悪くなく、これからの伸び白も期待できるだろう。また現状の実力でも十分に達人の評価に値するだろう。

よって試験は合格とし、二人の入門を許可する」


 源蔵は呆然とした表情で自身を見つめる二人の肩にそっと手を置く。


「一つの武術にとらわれることなく、真の強さを追い求めし者たちが互いに切磋琢磨し、武の極致に至ることを夢見る時代遅れの集団。

 『武人道場』へようこそ」


 そう言って笑った源蔵の姿は、先ほどまで彼と戦っていた二人からしてみれば別人とも思えるほどの穏やかな様子だった。


 『武人道場』とは。各分野の武術の達人が集いし一種の武の理想郷。

この道場には流派特有の型などいうものは一切存在しない。あるのは達人同士の戦いあいの中で技を、磨き、盗み、閃きあって行くなかで自然と築き上げられていく自分ひとりだけの型。言ってみれば彼ら一人一人が新たな流派の開拓者なのだ。


 そんな一風どころかかなり変わった道場を開いたのが山本源蔵である。彼は若いころから強さを追い求めるばかりに世界の各地に武者修行と称して旅に出ては、強者に挑んで勝ちをもぎ取ってきていた。

 しかも強者とは格闘家だけを示しているわけではない。時には街を牛耳る不良やギャング、マフィアや極道などといった集団だったり。熊やライオンなどといった凶暴な野生動物だったり。終いには戦争中の国に乗り込み一人で両陣営を相手取ったりしていった。


 そんな派手なことをしていれば一般人はともかく、同じ戦いに身を置く者たちに存在が知られない筈がない。当然の様に源蔵のもとには多くの人間が集まって行った。その大半は源蔵をその手で降し名を上げようとするもの。それは何の問題も無かった。挑んで来るのならば戦って蹴散らせばいいだけの話であるし、強者との戦いは寧ろこちらからお願いしたい所であった。

 しかし源蔵が困ったのはそれ以外の少数の人間たちだった。彼らは源蔵の戦いっぷりを目の当たりにしたり、実際に戦ってみてその強さを肌で感じると、源蔵に深く頭を下げて教えを乞うてきたのだ。

 しかし教えてくれと言われても源蔵自身が誰かに戦い方など教わった事が無い為、何を教えればいいのかさえ分からない。


源蔵は特定の武術というものを持っていない。体術や剣や槍の等の近接武器は当然として、弓や銃などの遠距離武器や暗器などの殆どを使いこなせる源蔵であるが、その全ての扱い方は実戦で相手から技を盗み、それに更に自分が使いやすいように改良したり、他の技と組み合わせてきたに過ぎないのだ。

 そんなものを人に教えたところで使いこなせる筈も無い。そこで源蔵は自分が教えることが出来ないなら自分が経験してきたものを同じように経験させてやればいいと考えた。そして生まれたのが『武人道場』だった


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